薬師ののんびり旅紀行 二話
「おじちゃん、カシューナッツと野菜炒めと、パンにリンゴのジュースちょうだい」
「あいよ。座って待ってておくれ」
私は酒場に入るとすぐに空いてるカウンターに座って、おじさんに注文を言う。少し早い昼食だ。今はまだお昼前だもんね。
昼間は食堂、夜は酒場ってのはどこでも同じよね。もちろん、昼から酒を飲んでる人もいるけれど。
私はいいとこのお嬢様ってわけでもないし、村でも酒場はあったから、ある程度の酔っ払いのあしらい方は心得ているの。
こういうところはまずは堂々と入って注文をさっさと済ませて、料理が運ばれてきたら、すぐに食べてお勘定を済ませればいいのよ。
あんまりもたもたしていると、酔っ払いに絡まれるしね。今は飲んでる人はいなそうだし、大丈夫だろうから、少しゆっくりしてくけれど。
今日はここで一拍するつもりはないから、次のアルデンスの街に行く予定。乗合馬車はさっきここに来る前に確認したら、あと一時間くらいだったから、時間的には余裕でしょうね。
「はいよ、おまち」
「わ、美味しそう。いただきます! ……美味しい!」
村では出会えなかった味わいに、感動を覚えつつ、私は出された料理を勢いよくかきこんでいく。少しはしたないかしら。でも、食べれる時に食べておかないと、旅なんてできないからね。気にしない気にしない。
ああ、美味しかった。もぐもぐ頬張って、最後のパンをリンゴのジュースで流し込むと、私はふうと息をつく。
「おじさん、これ代金ね。美味しかったわ」
「あいよ。またきておくれ」
席を立って酒場を出て行こうとすると、奥の席にいた冒険者っぽい人たちの話し声が耳に入った。
「なんでも大蜥蜴が出たらしいぞ」
「大蜥蜴っていやあ、群れをなして畑を荒らし放題にするやつらじゃないか」
「だが、俺たちじゃ大蜥蜴にはかなわん。ルドのやつが足をやられたばかりだ」
「隣街のアルデンスなら、ここよりも大きな街だから、少しは戦えるやつらもいるかもしれんが」
「だが、呼びに行っている間に畑をこれ以上荒らされでもしたら食っていけん」
大蜥蜴、ね。
たしか、体長三メートルはあって、大きさの割りには動きが俊敏な肉食系爬虫類だったわよね。
そんなのに出会ったら、私なんて丸呑みにされる気がする。
それがこんな田舎に出るなんて。なにかあったって、このことだったんだわ。
「おじさん。私、アルデンスにこれからいくんだけど、冒険者を呼びに行けばいいのよね? それくらいならしてもいいわよ。私もこの辺りに住んでいるから、大蜥蜴なんて出られちゃおちおち外にも出られないもの」
「いいのかい、お穣ちゃん」
「ええ。だって、アルデンスには乗合馬車で行くし、それもあと少しで発車だもの。向こうの冒険者ギルドに言いに行けばいいのでしょ」
「おお、ありがたい。じゃあよろしく頼むよ。おれはダンスっていう。そうだな……これを、この手紙をギルドへ届けてくれれば大丈夫なはずだ」
「わかったわ。任せてちょうだい」
「頼んだ」
おそらく、おじさんたちがこの街を拠点にしている冒険者なのでしょうね。だけど、そのおじさんたちたけじゃ手に負えないから、こうして私が手紙を持って行くことになったのだわ。
発着場についた私は、手紙を大事に懐にしまいこんで、アルデンス行きの乗り合い馬車に乗り込む。
畑がこれ以上荒らされたらって言ってたから、急がないとね。
だって、この辺一帯の畑は、当然この辺一帯に住んでいる人たちの糧になるんだもの。おばあちゃんにまでご飯が行き届かなかったたら困るわ。
「あれ、君はさっきの」
「え? あ。あなたはさっきの」
「飴、ありがとう。美味しかったよ」
「それはよかったわ」
乗り合い馬車の隣の席は、さっき会った赤い髪の男の子だった。
よく見てみると、男の子は旅人の格好をしてて帯剣してる。剣士なのかしら。
「なんだか不安そうな顔をしているね。どうかしたの」
「え、私そんな顔してた?」
あらいやだ。顔に出てしまってたようね。そういえば、おばあちゃんにはよく、あんたは顔に思っていることが出やすいから気をつけるんだよって、言われてたっけ。
両親がどこかへ行っちゃったから、おばあちゃんが一人で私を育ててくれて、お母さん代わりをしてくれてたのよね。
私の両親かあ。いったい私を放っておいて、どこへいったのかしら。もし見つけたら、がつんと言ってやらないと気がすまないわよね。
「どうしたの、大丈夫?」
「え、あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
しまった。話の途中だった。これもおばあちゃんに言われてたんだ。話の途中で思考に耽る癖はやめなさいって。
「実はね……」
私はさっきの酒場での話を男の子に話た。手紙を預かってて、アルデンスの街まで行くことも。
そういうと、男の子は真剣な顔をして乗り合い馬車を飛び降りちゃった。もうすぐ出発なのになにしてるのかしら。
「僕はその畑に行ってくる。君はアルデンスまで手紙を届けるの、よろしく頼むよ」
そう言って駆け出す男の子。
ああ、ちょっと待ってよ。なんで急にこんなことになるわけ?
「待って! これ、使って!」
私は自作のポーションを三本渡す。どのくらい必要かわからなかったけど、多分三本もあれば、なにかあっても逃げながら飲むことはできるはずよね。
「ありがとう!」
赤い髪の男の子は私のポーションを受け取ってそう言うと、畑の方へと走って行ってしまった。それを見送っていると、乗合馬車が動き出す。
だけど、ひとりで大丈夫かしら。もしかしたら止めた方がよかった?
心配だけど、酒場のおじさんたちもまた向かうようなことを言っていたし、きっと大丈夫よね。
私にできることは、この手紙を冒険者ギルドへと届けることなんだから。
ポクポクガラガラ進んで行く乗合馬車。
私は一人内心焦りつつ、早くアルデンスの街へ着いて、と、ひたすら祈っていた。
どうか、あの赤い髪の男の子が無事でいますように。そう思いながら。
だって、あの赤い髪のように、体まで真っ赤になってしまったらと思うと、怖くてカタカタ震えてしまうのよ。どうか、無事でいますように。
私は創造と戦いの神、アラリスに祈った。
「あの男の子が無事にいますように」
うん。これで、きっと大丈夫。ただの気休めだけど、しないよりままし、よね。
どうか、行かせたことを後悔することがないように。