薬師ののんびり旅紀行 十八話
そうしてまた二日をかけて、私とアグニはソールダースへとやってきた。だけど、この二日間は決して無駄じゃなかった。だってこの二日間がなかったら、今の私たちの関係にはなれなかったから。
だからってわけじゃないけど、私とアグニの二人は、同じ道を再度歩きながらも笑顔で会話をして、楽しみながら進んでこれた。まるで、街の中で恋人達がうを繋いでデートしているように。
「結構、順番待ちしなくてもすんなり入れそうね」
「ああ。こことは別の入り口が向こうにもあるからね。あっちは地下五階より下の階に直結で行ける魔法陣があるんだ。実入りを多く望む冒険者は向こうにいくのがほとんどだからね。俺たちは素材集めだから、初心者コースの地下一階からで十分さ」
「そうなんだ。私は迷宮に入るのって初めてだから、少しどきどきしてる」
順番に並んで迷宮に入るのを待っている間も全然退屈しない。一緒にいるだけで心地よくて、まるで頑丈な砦に守られてるような安心感もある。
アグニって、こんなに頼りがいのある人だったんだ。それは私の気持ちがかわったからなのかな。
アグニのことを好きで、アグニも私のことを好きで。
お互いを大事にし合っていると、こんな感覚を覚えるのかもしれないわね。初めてのことだから、それが正解なんだってことは、私にはなんともいえないんだけど。
列が少しずつ進んで行く、もう少しで私たちの番だ。
入ってから約三時間は私たちと他の一緒になった冒険者達との時間になる。
三時間交代で進むから、一日には入れる人数もだいたいは決まっているけれど、私たちの入る地下一階からはあまり……とういうか、ほとんど人気がないから、私のような薬師や、その依頼で素材を採りに来た冒険者の初心者くらいしかいない。
罠もない初心者に優しすぎる階だから、ソールダースの地下四階までは、眠っていても通り過ぎることができる安全地帯だと言われている。
だからか、私たちへ向けられる視線は、あまりよいものでもない。
下卑た言葉をかけてくる者がいたり、もちろん視線なんかもそんな感じのを受ける場合もある。
まあ、そんな視線を寄越した瞬間に、アグニの殺気交じりの視線で射殺すように見られて、すぐに目を逸らすわけだけどもね。そういった輩は。
「ヒカリゴケはこっちの黒い布袋に入れてね。本当はその場で調合するのが一番いいんだけど、三時間じゃ、解呪水まで作る時間はないから。今回は持ち帰って作ることにするわ」
「蝙蝠の生き血はこっちの瓶だね。何瓶いるんだ?」
「そうね、何度も取りに来るのも面倒だし、在庫も多めに持っておきたいから、ざっと一〇〇瓶くらいかしら。大丈夫、空瓶はあるから」
「ひゃ、ひゃく? そ、そうなんだ。わかった。頑張るよ」
「うんと蝙蝠を絞らないといけないからね。あと、煙がこもってしまうから、燃やせないのがいやよねえ。死体処理するにもさ。しかたないから穴を掘って埋めるようにするけど」
「わかった。蝙蝠の方はなるべく俺がやるようにするよ。ヒカリゴケのほうは任せた」
「お願いね。私も採取、頑張るわ」
そうして待つこと三時間。
話は尽きずにいたもんだから、喉が渇いてきたわ。私とアグニは水筒の水を飲んで喉を潤す。ふう。喉、からからだったわね。
番札をもらって、私とアグニは他の数名の初心者らしい冒険者達と一緒に迷宮の中へと入っていく。
ここから先は自己責任。
冒険者ギルドや商業ギルドに入っていれば、ある程度の補償があったりする時もあるけれど、さすがに迷宮の中でのことまでは補償されない。
中での冒険者同士の揉め事、追いはぎ、魔物との戦いでの死傷。なんでもかんでも自己責任。
当たり前よね。自分の為に入って、自分の利益を得るんだから。だから、最小から最大のリスクも負って入るのも当然なのよ。小さな怪我から死ぬことまで、ね。
だから、ここから先は。
ううん。ここにくるまでだって、家の中にだって強盗が来る時代だもの。本当に安全な場所なんてないんだから、私は気を引き締めて行かないといけないんだ。
なんだかこのソールダースに来て、やっと旅の心構えができてきたのかもしれない。それまではなんだか旅行気分だったから。
私は両頬を軽くぱんと叩いて気合を入れる。
「ようし。採りまくるわよお」
「くす。気合入ってるね。まあ、そこまで気負わなくても一緒に入った人たちは、きっとどんどん階を降りて奥へと進んで行くから、獲物の取り合いもないだろうね」
「いかにも初心者ですって言ってるような装備だったものね。大丈夫かしらあの人たち。私の商品、売るべきだったかな。資金稼ぎのために」
「商魂逞しいのはいいけど、迷宮に入る前は止めておいた方がいいよ。何せ、一緒に入るなら尚更。もっと持っているだろうって、揉め事を呼び込むことにもなり得るからね」
「なるほど。じゃあ、私はあそこにいるような、入り口付近で商売してる人みたいに、迷宮の中に素材採りを自分で行かない方がいいのかもしれないわね。というか、採りに行くのを見られるのが駄目ってことなんでしょ?」
「そういうこと」
なるほどねえ。勉強になるわ。
アグニの言う通り、一緒に入っていった初心者冒険者達は、どんどん弱い魔物を無視して奥へ奥へと進んでいったみたい。
弱い魔物でも、私にとってはそうでもないから、戦いの経験を積むにはいいんだけどねえ。
そう思いながら、私は短剣でぶすぶす小猪を刺しては倒して、時魔法の指輪を使って異空間を出現させるとぽいぽい投げ込んでいく。
この中だと入れた時の状態で時が止まるから、投げ込んでいっても平気なのよね。この小猪の肉はあとでシチューにしたり、干し肉にしたり、または精肉店に売ったりするために保存しておくのよ。
そうしてしばらく進んだ後。
壁のぽっかり空いた暗がりにようやく目的の物を見つけた。
「あった。ヒカリゴケ」
暗がりの中で淡くぽうっと緑に光るヒカリゴケ。
それはとっても綺麗で幻想的だった。
だけど。
「お仕事、お仕事」
私は全て採取してしまわないように、彼方此方の壁に空いた暗がりから少しずつ採取していく。
そうしてしばらくヒカリゴケの採取に勤しんでた私。気づいたら随分な量を入手できていた。うん。これだけあれば、たくさんつくれるわね。
あとは、蝙蝠の生き血のみ。
アグニの様子を見ると、癇癪玉を天井にぶつけて、大きな音で驚いた蝙蝠をどんどん切り伏せていっては、一箇所に集めていた。
その集めていた場所には油紙のシートが下に広げられていて、液体が洩れないようにされていた。考えたわね。じゃあ、私も手伝おうっと。
「私、絞って瓶に入れていくね」
「ああ。ひとまずはこんだけあれば一〇〇瓶はいくんじゃないかな。俺は穴を掘ってくる」
「うん」
時魔法の指輪をまた使って異空間に瓶を並べていく。ひたすらその作業をしていって、番札からポンっと音がしたのが聞こえた。
「どうやら時間切れみたいだね。十分な量が取れたみたいだし、目的は果たせたかな」
「うん。そうね、ありがとうアグニ。すごく助かったよ。帰ったらまた作業しないとだけど、ひとまずはお疲れ様」
こうして迷宮での素材集めは無事に終了することができた。さあ、帰って時間があれば、少しでも作業をしておかないとね。