薬師ののんびり旅紀行 十三話
あれから数時間寝た私は、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
ように取り繕っていた。
起きたらアグニが私の手を握ってベッドに突っ伏して眠っていたのだ。
これにはまいった。恥ずかしくて死にそうだった。
だから。
今日は早めに寝るねと、さっさと就寝したフリをして、でも頭では寝付けないで、もんもんと考え事をしている。
初めて気づいてしまったこの気持ちに、気づかないフリをして今まで通りにやり過ごしていくなんて芸当、私には無理だった。
恋愛初心者の私には、そんなことができるわけがなかったのだ。
ああ。
薬剤の知識だけじゃなくて、もっと他にもいろいろ教わっておけばよかった。
今更後悔しても遅いけど、私はおばあちゃんからの最終試験よりも難題な問題に直面していた。
「ユーリィ。ほら、無理はしないで口を開けて」
「だっ、大丈夫だから。自分で食べられるし、薬だって飲めるから」
「病人は大人しくされるがままになること、いいかい。無理して倒れられたほうが困るんだ。だから今は僕の言う通りにしてて」
「……はい」
それから病人食を食べることとなって。
私はされるがままにアグニに餌付けをされる雛状態になる。
駄目だ。勝てない。だってアグニの言っていることは正論なんだもの。私だってもしアグニが私と同じ状況になったら同じことするもの。
しかも、男性な分、女性とは違って、半裸にして体を拭くなんてことなどもするはず。
アグニの半裸……。
うあああ。
「ちょっと、ユーリィ大丈夫か? 顔が熱いぞ。何かの奇病なんじゃ……」
「そ、そうだよ。奇病だよもうこれ。だから私一人にして」
「そんなことできるわけないだろう。それでユーリィがどうにかなりにでもしたら、僕はどうすればいいんだ」
「大丈夫だってば。私は大丈夫だから、お願いアグニ。一人にして」
「いやだ。するもんか。もう誰も一人にはしないって決めたんだ! 僕は、僕はもう誰も失いたくはないんだよっ!」
そう言って、アグニが私をとても強い力で抱きしめた。かしゃんと食器が床に落ちて音を立てる。
あまりにも強いその力で息がしずらくて苦しくなってくる。
く、苦しい。
ほんとうに苦しくなってきたからもうそろそろ勘弁して……。
「う……。く、くるしい」
「大丈夫かユーリィ!?」
ばっと体を勢い良く離されて今度はがくんがくんと揺さぶられる。
う、気持ち悪い。
せっかく食べ終わったところなのに、今度は戻しそう……。
「き、気持ち悪い……」
「気持ち悪い!? こ、これに吐いて。大丈夫。僕がついてるから」
いえ。
逆にアグニが居るほうが吐けないし、大丈夫じゃありません。
私はだんだん冷静になってきた。
こうもひどい? 扱いを受けていると、なんだかむかむかしてくるのはなぜだろう。
すーはーすーはー。
私は深~く深呼吸をする。
そして。
「うるさーい! そこへなおれ! ぎゅうぎゅうきつく抱きしめたら苦しくなるし、がくがく揺さぶったら食べたばかりなんだから、気持ちも悪くなるに決まっているでしょう! そんなこともわからないの! まったくもう。危うくアグニに吐きかけるところだったわよ」
「……じ、じゃあ、もう大丈夫なんだね? どこも悪くないんだね」
「ん? そうよ。アグニになにかれさるほうが悪くなるわよ。看病自体はとても有り難いのだけども」
「そっか、よかった。……よかった」
あれ。なんか、様子が、変?
「どうしたの、アグニ。具合、悪いの?」
「……た……んだ」
「え、なに?」
「流行り病だったんだ。俺の両親。夜、俺だけただの風邪で寝てて。数日前から、村中流行病で。その晩のうちに皆……。朝起きたら、皆死んで……。父さんも、母さんも……皆」
「あ……。アグニ……」
だから。
だからあんなに必死だったんだ。私がいなくなってしまうかって心配で、だからずっと一緒に着いててくれたんだね。
ご飯も食べさせてくれて。
眠るときも手を離さないでいてくれて。
そこまで心細くさせてしまっていたのに私は、私のちっぽけな感情でアグニを傷つけてしまった。
ごめんなさい、アグニ。
ごめんなさい。
なんてことをしてしまったのだろう。
私は急いでアグニに言い聞かせる。
「ごめんね、アグニ。私はもう大丈夫だから、心配しなくてもいいのよ。もう元気になったから。治ったから」
「そう、なのか。本当に」
「うん。だから、大丈夫。いなくなったりしない。ほら、私の手、温かいでしょう」
「ああ。ほんとだ。温かい」
「だから大丈夫。明日はリングスに向けて出発しなくちゃ。だってもう元気なんだもの。そうしたら北に向かって、ソールに向かおう。王都は最後のお楽しみでね」
「わかった。明日はソールだね。ならもう寝なくちゃ。もう遅い時間だ」
「うん。おやすみ。アグニ」
「おやすみ。ユーリィ」
私はこの気持ちを今度こそ封印する。
私のせいで傷つけてしまったのに、自分の気持ちを打ち明けて押し付けることなんてできないよ。
だから、アグニの心の傷が少しでも楽になるように、私でリハビリというか、練習をしてもらいたいと思う。
誰かと別れる時に、それはもちろん死に別れじゃないけど、パーティーの解散とかで分かれる時とかで、一人に戻るのに慣れてもらうように。
ん?
慣れてもらうように?
それってなにか違くないかな。一人に慣れちゃ駄目なんだよ。
だから、私で人といることに慣れてもらって、それで他にも仲間を作って知り合いを増やしていく。
今までのアグニは一人ぼっちだから、今まで一人でやってきたから、また一人になるのが怖いんだ。
うん。この方法ならば上手くいくかもしれないね。
まずは仲間を探さないといけないかな。明日、乗合馬車に行く前に、冒険者ギルドに寄って、誰かいないか探してみようか。
それが多分、一番いいんだよね。私だけじゃ駄目なんだ。
……ということは。
私は、明日からは羞恥に耐えてアグニを構い倒せばいいんだ、よね? きっとそう。
そうしたら人との触れ合いにも慣れていって、心にバリケードを作らずにいろんな人と分かり合えると思うんだ。これって良い考えじゃない?
よし、そういうことなら。明日からは私の恥じは捨てて頑張ってみせようじゃないの。
待っててね、アグニ。
私、頑張るから。だから、アグニも頑張ってね!
うん。これで一安心だよ。良い考えが浮かんで本当に良かった。やっと人心地ついて寝られるよ。
明日の天気は良いといいな。雨だとせっかくのやる気が少し削がれちゃいそうだもの。
どうか、アグニのために明日の天気は晴れでありますように。
おやすみなさい。
そう願って私は眠りについた。隣のベッドですやすやと寝息を立てているアグニがいることに安心をして。アグニが隣にいることに、いつの間にか私も安心感を覚えてしまっていたみたい。
これも持ちつ持たれつ、なのかな。
このまま良い関係のまま旅ができたら嬉しい。私はそう思った。