薬師ののんびり旅紀行 十二話
「はふ、ほいひい。……これ、すごく美味しいわ」
「みそタレが焦げてて香ばしいね。魚にもみその味が滲みてるし」
「ああ、ご飯が食べたい。これは白米と一緒に食べることがあって然るべきよ」
「違いない」
ライドでさっそくみそ焼きの魚の串焼きを頬張って、私とアグニは港街の中を練り歩く。威勢の良い声が辺りを飛び交っていて、海鮮市場の活気が私の気持ちを楽しくさせる。
まるでお祭りにいるみたい。
のんびり歩いていくと海鮮市場から自由市場へと次第に変わってく。ここにも掘り出し物の素材があるかしら?
私は市場に雑多に置かれている敷物の上の商品を見定めていく。
「わ、これってラピスラズリの原石よね。加工したものはないのかしら?」
「そうだね……、あ。そこにあるの、そうじゃないか」
「あ、ほんと。このペンダントいいわね」
「ラピスラズリが好きなの?」
「好きっていうか、効果として頭脳明晰になるから、なにか良いアイディアが湧いて、画期的な薬が作れるかもしれないって思って」
「そ、そう」
「うん。でね、喉の痛みにも良いらしいから、これ粉末にして風薬に加えたらどんな風になるのか、興味ない?」
「いや、ないかな」
「そう? 私はあるんだけど。だけど、鉱物だから、止めておいたほうがいいわね。まあ、アクセサリーとして身に着けておくくらいはいいかもしれないわ。私のこの服装に合いそうだし」
「合うよ。水色のワンピースに白いレースをあしらった綺麗な服だしね。もちろん着ている君にもとてもよく似合うと思うよ。とても爽やかだ」
「そ、そうかしら。じゃあ、これ買っちゃおうかな」
アグニにそう言われれば悪い気はしない。よし、奮発して買っちゃおう。万能薬だって、他の薬の在庫だってまだまだあるんだし、売ればいくらでも取り戻せるもの。
「おや、彼氏に買ってもらわないのかい」
「へっ?」
店主に急にそう言われてついちらとアグニを見てしまった。
これは違うのよ。催促してるわけじゃないのだから! それに、なによ。別にアグニはか、彼氏なんかじゃないんだからね!
「おじさん、いくら」
「二〇,〇〇〇セルだよ」
「はい」
「おう。あんがとよ。穣ちゃん。良い彼氏じゃねえか。大事にしろよ。あんちゃんも、可愛い彼女を大事にするんだぞ」
「ああ。もちろんそのつもり。さ、行こうかユーリィ」
「う、うん」
手を握られてその場から去る私とアグニ。繋いだ手は汗で少し濡れている。もしかしなくてもこれは私の汗よね。
「あ、あの!」
「なに? ああ、そうだね。後ろ向いて」
「え? ええ」
私はお礼を言おうと思ったんだけど、アグニはそう言うと私の両肩を掴んでくるりと方向転換させる。なにかしら。そう思っていたら。
胸元に少しの軽量感。
目線を下に落とすとそこには先ほどのラピスラズリのペンダントがつやつやと光っていた。
なんだか恥ずかしい。すごく。
「こっち向いて、ユーリィ」
「う、うん」
やだ。恥ずかしいから。今振り向いたら絶対顔が赤いから!
だけど、私は声に導かれるままにアグニを見た。
「うん。似合ってる。可愛いよ」
「……っうう」
にゃあああっ!
私、どうにかなっちゃいそうだわ。
だって、だって! こういったことって、免疫ないんだもの!
自分で言っててなんだか少し悲しくなったけど、ないものは仕方がない。私は恥ずかしくて俯いてしまう。
「顔を上げてよく見せてよ」
「う、だって、恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ。見るのは僕だけだから。ほら、ね?」
そういってアグニはマントで私とアグニを囲った。
心臓が止まるかと思った。
どきどきと激しく脈打つ心臓の音がアグニに聞こえてしまいそう。
しかもなんだかくらくらしてきた。
そう思ったら。
「ちょ、ユーリィ!?」
私の視界は真っ暗になった。
「う……、うん」
「ユーリィ?」
うっすらと目を開けると心配そうに私の顔を覗き込むアグニの顔があった。
「近い!」
ごん!
思わず避けようとして、なぜかアグニに頭突きをかましてしまった私は、うう、と呻いて額を押さえる。
アグニももろに食らってしまったようで、額を押さえてた。
「ご、ごめん」
「いや、いいよ。それよりも、具合はどう? 急に倒れたからさ」
「え? あ、うん。もう大丈夫。なんだかわからないけど急に真っ暗になっちゃって。貧血かな」
「今日は大事をとって休んでたほうがいいね。宿はもうとってあるから。ここがその部屋ね。僕はおかみさんに言って水桶をもらってくるよ」
「うん。ありがとう」
「いいって。気にしないでゆっくり休んで」
あああ。
私。
わからないって言ったけどわかってる。
私、本当にアグニのことが好きになっちゃったんだ。
どうしよう。だって、私、アグニのことほとんどなにも知らないんだよ。しかもまだ出会って数日で。これって一目惚れっていうのかな。どうなんだろう。
私、誰かを好きになったことがないからわからない。
だって、異性を好きになるって、私がおばあちゃんを大好きなのとは違うんでしょう?
そのくらいなら私にもわかるよ。そこまで鈍感じゃない。
だけど。
だけど、私、これからどうすればいいんだろう。
気持ちを自覚した上で上手く今まで通りに付き合っていけるのかな。
でも気持ちがバレて旅が上手くいかなくなってさようなら、なんてことにはなりたくない。それだけは嫌。
だって私のことももっと知ってもらいたいし、アグニのことも知りたい。それからじゃないと答えなんてでない。
そうよ。
答えなんて今すぐ出るわけないじゃない。
だからこのままでいいんだ。もう少し、お互いのことを少しずつ知っていってから、また少しずつ自分を出していって、受け入れてもらえたら、それだけで。
ううん。受け入れてもらえて、私もアグニのことを受け入れられたら、その時は。
その時は。
「ユーリィ、起きてる?」
「うん。起きてる」
扉をノックする音が聞こえてアグニが水桶を持って部屋に入ってきた。
「これで体拭いて。少し汗掻いてるみたいだいから。熱はないようだけど頬が赤い。無理はしないで、食事も病人食作ってもらうことにしたから、ここに持ってくるよ」
「ありがとう。ごめんね、迷惑かけて」
「それはいいよ。迷惑なんてお互いかけてかけられて。持ちつ持たれつなんだから。そのための旅のパートナーなんだからさ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、邪魔になるといけないし、僕は下にいるから。何かあれば床を杖でつついて」
「わかった」
「じゃあ、おやすみ。ユーリィ」
「おやすみ。アグニ」
アグニは私の頬を撫でてから頭をぽんぽんして出て行った。
きっと私また顔真っ赤だ。
病人じゃないのに気を使わせてしまったし。明日にはいつもの調子を取り戻して、なんでもないように過ごさないと。
私はそう自分に言い聞かせてひとまずこの気持ちを封印することに努めた。