薬師ののんびり旅紀行 十一話
船旅が三時間ほどだから、何かできることはないかと私は船室で、異空間の中を覗いていた。
「なに、またなにか作るの」
「うん。売れるものは多いにこしたことはないからね。一時間もあればポーションくらいなら作れるだろうし。……よし、清水もヤズモ草もある、と。じゃあ私はこれからポーション作りをするから」
「はあ。わかったよ。あまり無理はしないようにね。ここは船だから、船酔いするかもしれないし。初めてなんでしょ船は」
「あら、大丈夫よ。馬車の揺れだって平気だったんだから」
と、思っていたのだけど。
「う、うええ~。気持ち悪い」
「ほら言わんこっちゃない。船が初めてで作業に集中するなんて、これから船酔いしますって言ってるようなものだよ。はい、水」
「ありがと。……ぷは。これは早急に、酔い止めを作ったほうがいいかもしれないわね」
「それでまた更に酔う気? 今回は大人しく医務室でお世話になったほうがいいと思うよ」
「そうね。そこで酔い止めの材料を聞いておいたほうがいいわね。ありがとう。さっそく行ってくるわ」
「言ってる意味が通じてないよ、まったく」
あら、ちゃあんと通じてるわよ。ただ照れくさくてこうしてるだけで。ありがとうね。
さて、じゃあ私は医務室へ行きましょうか。
「すみません、船酔いをしてしまって……。酔い止めになにかいいのはありますか?」
「ああ、それならば、このお茶がいいわよ」
「この茶色いお茶ですか?」
「ええ。桂皮と蒼朮とアマ草を煮たものなのだけど、乗り物酔いや、二日酔いに効くのよ。あなたはすでに酔っているから、効き目はそこまでじゃないけど、でも楽にはなると思うわよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。そっか、桂皮と蒼朮にアマ草がいいのかあ。まあ、アマ草は中和草ですしね。うわ、独特な味ですね。これに甘草を入れたら桂皮もあるし、甘くて美味しくなるかも。苦味も少しあるかもだけど。やり方次第よね」
「あら、あなた薬に詳しいのね」
「あ、はい。私、薬師なんです。今は見聞を広める旅をしていまして」
「そうなの。私も若い頃はいろいろな所へ行ったものよ。そこで旅をしている時にこの船の船員に出会ってね」
「わ、それで恋人になったんですか」
「ええ。実は来月結婚をするのよ」
「それはおめでとうございます!」
「ありがとう。あなたも素敵な彼がいるみたいだし、頑張ってね」
「え、あ、う。……はい」
どこかで二人でいるのを目撃されてたみたい。私は真っ赤になって、お茶を飲み干した。
それからも女性医師と話をしていたら、いつの間にか気分も良くなっていて、さすが、女医さん。私はお礼を言って医務室を退出した。
よし、必要な材料も聞いたし、さっそく酔い止めをつくろう。
お茶かあ。お茶もいいけど、そのうち丸薬でも作れるようになりたいわね。そのほうが持ち運びに便利だし、唾液だけでも飲めるからね。
「ただいま。あれ、アグニ、寝ちゃってるの?」
個室へと戻ると、アグニはすやすや寝入ってた。
いつもは少しきつめの目をしているけど、目を瞑っているとまだ年相応であどけなさが残っていて、なんだか可愛い。
私はつい、ベッド脇にしゃがみ込んで頬杖をつき、アグニの寝顔を見入ってしまう。
「……綺麗な顔だな」
ついぼそっと声に出してしまう。
私は自分の容姿は綺麗じゃないって自覚してるけど、だからといって自分を嫌いなわけでもない。どちらかというと、可もなく不可もなくな私の顔は、見る人によっては平凡で、存在感の薄い顔をしているんだそうな。
でも、それでもシンメトリーに近い顔してるんだし、あんただった美人のうちにはいるんだよって、おばあちゃんが慰めてくれたけど。
でも、いいの。
いつか、私の顔を、じゃない。私自身を気に入ってくれる人が現れて、それで素敵な恋ができたら、そうしたらとても素敵なことだと思うから。
だから、それまでは今の私のまま突っ走ろうと思う。
それでいいよね、おばあちゃん。
「さて、じゃあ、始めますか」
私は異空間から桂皮と蒼朮を取り出すと、木製薬研でごりごりすり潰していく。桂皮の匂いが個室に充満していって甘ったるい。
小麦粉と砂糖と混ぜて焼くと、シナモンクッキーが作れるのよね。今度宿屋で泊まった時にオーブンでも借りて作ろうかな。
すり潰した後にはそのあとに更にさらさらにするために、いつものようにすり鉢、乳鉢と変えながらすり潰していく。
そうしてアマ草も足して甘草も足すと、私オリジナルの酔い止めの出来上がり。
米粒大に小さくして、これも乾燥させて小瓶に詰める。
ただ、乾燥させるには外に出ないといけないのがなんともね。本でも読めれば暇つぶしにもなるんでしょうけれど、そんなことしたら一気に吐き気がくるだろうし、そんな自殺行為はしたくないわ。
仕方ないからトレーにばら撒いて甲板に出て涼むことにした。それならまだましなはず。さっきお茶も飲んだしね。ああ、どうせならばお茶も作って持ってくればよかったわ。失敗。
そうして甲板で涼んで二時間。網で素材を挟んでいるから風に飛ばされる心配もない。
どうやらトレーの上の酔い止めの丸薬もいい感じに乾燥したみたい。
私は小瓶に全部入れると異空間へとしまう。
アグニもそろそろ起きてるかもしれないから個室へ戻ろうかしら?
「あ、ここにいたんだね、ユーリィ」
「あら、アグニ。もう起きたの?」
「ああ。ぐっすり。おかげで乗合馬車での疲れも吹っ飛んだよ」
「それはよかったわね。今度は疲労回復の薬でも作ろうかしら」
「おいおい。ユーリィの頭の中は薬のことばかりだな」
「そうかしら。それ以外のこともちゃんと考えてはいるのよ」
「たとえば?」
「そうねえ。たとえば……たとえばライドにはみそ焼きの魚の串焼きはあるのかしら、とか、宿屋で今度オーブンを借りてシナモンクッキーを作ろうかな、とか」
「ぶふっ。どっちも食べ物じゃないか。それ以外でなにかないのかな」
「そりゃあるわよ。……でも、教えない」
「教えてよ」
「いやよ。だって、それを教えたら恥ずかしいのだもの」
「なにそれ、もっと気になるじゃないか」
「だめよ。だめったらだめ。これだけはだめだの。でも、いつか教えるから、その時まで我慢してね」
「いつか教えてくれるなら、今でもかまわないだろうに。まあいいさ。その時を待つことにするさ。あまり問い詰めて教えてもらえなくなるのもいやだしね」
私とアグニは甲板の上で近づいてくる陸地を並んで見る。まだ踏んだことのない新しい大地だ。その大地に足をつけて歩き出せばいろいろな街や王都にもいける。
私の知らない知識にも出会えるだろうし、もちろん人との出会いだってある。
これから先どんなことが待ち受けているのか、私は楽しみで仕方がなかった。
それに、これは医務室の女医さんに聞いたことなんだけど、ハイツリーブ国には迷宮があるんですって。
私、まだ行ったことがないのよね。アグニなら行ったことはあるんでしょうけど、なにかお宝があるかもしれないし、行ってみたい場所の候補に入れてあるの。
まずは、ここから東のリングスに乗合馬車で向かって、それから北へ行くか、そのまま東に行って王都に行くか、そこで決めようかな。