薬師ののんびり旅紀行 十話
ミートス港行きの乗合馬車に乗って二日。
計二十四時間馬車を走らせることになっている。
残りの二十四時間は小休止と就寝に当てられる。乗合馬車大体こんな感じで進んでいるの。
その小休止の間に出没した雄鹿をアグニが弓で射止めて、数日間乗り合わせた人々のシチューになってお腹を満たしてくれた。だけどシチューを作ったのはどこかのお姉さんだった。
いや、美味しかったよ? 私が作りたかったけどさ。
私はその雄鹿の角を貰って、薬の材料にすることにした。
休憩時間に金槌である程度の大きさに砕いて、すり鉢でさらに砕き、最後に乳鉢でさらさらにする。
すり鉢じゃなくて、木製薬研の方がよかったかな?
でもももうやっちゃった後だし、今度やりやすい方でやればいっか。
さらさらの粉末状になったら、今度は乾燥させたアマ草とヤズモ草をすり潰しておく。
無属性の魔力を何も籠めていない石を、金槌で粉砕して、木製ではなく鉄製薬研でさらに砕く。そうしてすり鉢に移して更に粉末状にして、乳鉢でさらさらにする。
そうして鹿の角とアマ草、ヤズモ草、無属性の魔力石の粉末を混ぜ合わせて、聖水、私特製の原液をちょろちょろ入れながら、ベタつかずに固められるくらいになるまで捏ねる。
こうして捏ね終わった塊は、米粒ほどの小さな丸薬にして、天日干しをしたら完成。
ちなみに、配合は企業秘密。教えたら商売にならないからね。
私はこの工程を小休止、就寝前とひたすた無心にやっていたので、誰とも話さずに、というか、アグニが話しかけてきてたけど、右から左でほとんど聞いてなかった。
薬を作っている間って、本当に楽しい。そして自分の作った薬で誰かが助かったり、感謝されるのがすごく嬉しい。
だから、薬師は私の天職だと思っている。
こうしてミートスまでの旅路を薬作りに没頭していた私は、いつの間にか次の小休止の後に目的地に到着するそうだとのことなので、ひどく驚いたものである。
そんな私をじと目で見ていたアグニ。
だって、薬剤作りって本当に楽しいのだもの、大目にみてよ。
しかも、この薬は万能薬なんだからね。一粒五〇万セルはするんだから。
まあ、これを買うのも王侯貴族で、そういった場合はすでにお抱え医師がいたりして、売ろうとしても必要ないって門前払いなんだけどね。
だから、そういう時は、冒険者ギルドで依頼を出しておくのが普通なのよ。
依頼書には“万能薬、一粒五〇万セルで販売中。詳細は冒険者ギルドにて”こんな感じで書いておくの。誰が依頼人かわからないようにね。そうして、ギルド員に仲介してもらって販売するようにしているの。
でないと、悪人なんかに目をつけられたら、捕まって薬を作るだけの人間にされてしまうからね。
希少価値のある薬を作ることのできる薬師は、それこそ希少だから、存在しているだけで価値があるのよ。
でも私は、王侯貴族はあくまでも資金稼ぎの相手であって、本当は貧しい民にこそ必要なんだと思っている。
だって、民がいるから王侯貴族は生きていけるのよ。
食べているご飯は誰が作っているの? シェフだ、とか言ったら怒るからね。
土を肥やして耕して。種を撒いて苗を育てて。受粉させたり間引いたり、雑草の手入れなりなんだりして、身を雨風から守るようにシートをかぶせたり、寝ずの番をしたり。
そうして大事に育ててやっと収穫したものを、納めさせたりお金でかっただけじゃない。
だから、私は王侯貴族よりも民の方が偉いと思っているのよ。
おばあちゃんはその昔、王宮にも仕えていたことがあったみたいだけど、そんな理由から、だから私は王宮に仕えるのはお断りかな。
と。
話が随分と長くなってしまったわね。アグニがまたこちらを見ているわ。
私は万能薬を小瓶に詰めると異空間に大事にしまった。
軽く一〇〇粒以上はできたから、これだけで一財産よ。
「随分集中していたね。僕はすっかり乗り合わせた人たちと仲良くなったよ」
「そうみたいね。綺麗なお姉さんのご飯は美味しかったでしょう」
「あれ、妬いてるの。そんな、妬かなくても僕は君の事しか守らないのに」
「はいはい。それも興味があるうちだけでしょ。私は仕事をしながら旅をしているんだから。あなたもそうでしょうけど、私の場合は作りながらだってことも忘れないでね」
「わかってるよ。はい、これ。地鶏のスープ。温まるよ。それで最後の分だからね」
「ありがとう。これってお肌にとてもいいのよね。薬膳スープなんだから。でも、薬草をもっと入れたほうが体にはいいわね」
「はいはい。文句はそこのお姉さんに言ってね。僕は配給係りをしてるだけだから」
「あ、ごめんなさい。職業柄、つい」
「いいのよ。あなたとても一生懸命に作っていたもの。私もなにか手に職をつけないといけないわね」
「お姉さんは旅をしてるんですか?」
「ええ。お針子の仕事を王都でしていたんだけど、ちょっとヘマしちゃってね。これから知り合いのお針子仲間に会いにいくところなのよ。仕事の紹介をしてもらえないかと思ってね」
「そうなんですか。見つかるといいですね。あ、これ美味しい。味付けは質素だけど、素材の旨みがよく出てて。お姉さん、料理人の才能もあるんじゃないですか」
「そうかしら。ふふ、ありがとう。そっちのほうでも探してみるわね」
「ぜひそうしてみてください」
その後、そのお姉さんがミートス港の食堂で働くことになったことは私は知らない。
「この定期船に乗ればいいのね」
「そうだね。あと二〇分で出発らしいから、定期船の券を定期船所で売ってるから買いに行こう」
「ええ。新しい国なんて初めてだから、わくわくするわ」
「あと二〇分だから、焼き魚だけでも食べていこう」
「あ、それなら私、あそこにある串焼きのがいいな。塩焼きですごく美味しそうよ」
私とアグニは連れ立って定期船所の中に入ると、受付でミートス港からハイツリーブ国ライド港へ行く定期船の券を発行してもらう。
身分証明に私は商業ギルドタグ、アグニは冒険者ギルドタグを見せて。
鮮血のアグニって、やっぱり有名だったみたいで「ほう、君があの……」って、発券所のおじさんが言ってたわ。
ふうん。アグニってやっぱり強いのかしらね。
レンブルトンの大蜥蜴の時も、乗合馬車での鹿の狩猟でも、私はどちらもこの目で見ていないから、どのくらい強いのかさっぱりわからないのよね。
いつかその強さを見ることができるのかしら。
券を購入した私たちは、塩焼き魚の串焼きを買って食べる。身は簡単に解れて塩だけの味付けなのに、すごくおいしい。ほろほろ解れるから小骨を喉に詰まらせる心配もないし、皮が少し焦げているのも美味しい。
塩焼きの隣には、みそ焼きのがあったけど、それを食べるには時間が足りない。今回は残念だけど、多分ライドでも売ってるだろうし、そっちの美味しそうなものを食べよう。
私とアグニは定期船に乗ると、少ししてから汽笛が鳴って、船が静かに動き出した。
およそ三時間ほどの短い船旅よ。