薬師ののんびり旅紀行 一話
薬関係の製作方法は、作者が考えたものですので、実際にある素材もありますが、真似をしないようにお願い致します。
私の名前はユーリィ・アスコット。
15才で成人したばかりの女の子よ。
どうして自己紹介なんてしているのかですって?
実は私ね、今日、これから、旅に出るのよ!
だから、私の旅路は逐次日記に書いておこうと思ってね。こうして自己紹介から始めているわけよ。
藁をたくさん積んだ荷馬車に乗せてもらいながらこの日記を書いているのだけど、一人旅ってけっこう大変なようでいて、気は楽なのよね。
だって、預かる命は自分のだけだし、なにをするにも自分の思い通りだし、責任だって自分のしたことだけじゃない、負うのは。
護衛術だって一応はそれなりに使える私には、この旅で危険な所にさえ行かなければ、大体はなんとかなると思うのよね。
それに、この世界には、御伽噺にあるような魔物なんて地上にはいないし。とはいっても迷宮には魔物はいるのだけどね。だからかよわい女の子でも一人旅ができるのよ。
まあでも、女の子の一人旅はけっこう珍しかったりするんだけどね。
けどそんなことはどうでもいいの。
で、冒険者ギルドもあるにはあるけど、国に匹敵するような、そこまで強い権力はないわ。はるか昔には、そんな時代もあったようだけど。
そういえば、どうして私が旅をしているか、その理由はまだだったわね。
実は、私は昨日までおばあちゃんと一緒に暮らしていたんだけど、そのおばあちゃんは村の薬師だったの。私は弟子でもあったのよ。
でね、もう私も成人したし、世界を見て回って、どこか自分に合った場所で薬師として生計を立ててみなさいって、最終試験のようなものを出されたのよね。
だから、こうして旅を始めたってわけ。
いつかこの日記も、薬師として有名になったら、ユーリィ・アスコットの旅紀行って名前で本にして売ろうかなって考えているの。売れそうじゃない?
あ、そうそう。
今向かっているのは、レンブルトンっていう街なんだけど、私の住んでいたハリッツの村から一〇キロメートルほど離れた場所にある小さめの街なの。とはいっても、ハリッツ村よりはずっと大きいのだけどね。
もう荷馬車に乗せてもらって一時間半は経つから、そろそろ着くんじゃないかしら。歩きでも同じくらいの時間だけど、どっちが楽かって言えば、そりゃあ乗る方が楽よね。人間、楽できる時に楽しておかないと、大変なことが起きた時に全力が出せないものなのよ。
「おじょうちゃん、そろそろレンブルトンが見えてくるはずじゃよ」
「わ、ほんとう。どれどれ……。あ、あれね! 橙色の屋根の塔が見えるわ」
「そうじゃよ。あれが街のシンボルの時計塔じゃ」
そうこうしている間にも、どんどんレンブルトンの街は近づいてくる。
私は急いで荷物を背負うと、おじいちゃんに挨拶をする。
「おじいちゃん、ありがとう! これ、お礼」
「いやいや、いいんじゃよ。お穣ちゃんはこれから旅に出るんじゃろ。路銀は少しでも多いほうがええ。使えるときに使う。その時までとっておきなされ」
「ありがと。じゃあ、おじいちゃんも、元気でね」
そう言って私は浮いたお金でお菓子でも買おうかなと思ったけど、すぐに頭をぶんぶん振ってやめることにした。
せっかくおじいちゃんが無駄にしないようにって言ってくれて分のお金だもん。お菓子は魅力的だけど、まだまだ旅は始まったばかりなんだから、節約していかないとね。
そう思い直しながら、レンブルトンの街で自作の薬を売ろうと考えていると、目の前で追いかけっこをしていた男の子と女の子がいた。それをなんとなく見ていたら。
どてん、と、女の子が転んでしまった。
「いたあーい」
「ばっかでーい! 転んでやんの!」
「ふぇーん」
目の前で繰り広げられるその囃し立てに、私は少しむっとして男の子に詰め寄った。
「ちょっと! 女の子が転んで泣いてんのよ! 男だったら、まずは大丈夫か、の一言でしょ!」
「それを言うなら君もそうだろう。大丈夫かい、立てる? 怪我したところ、見せてごらん」
「うえーん。ここ痛いの」
「うん。このくらいなら大丈夫。まずは水できれいにしないとね。そうしたらお兄ちゃんがお薬を買ってきてあげるから、それ塗ろうか」
「うん」
いきなり出てきたこの男の子。年は私と同じくらいかしら。あっという間に女の子を泣き止ませてしまったわ。
というか、そうよ。私ったら。
「ごめんなさい。女の子のほうが先だったわね」
「いや。それよりも、ここでこの子見ていてくれるかい。薬を買ってくるよ」
私のことを見もせずに、そう言って赤い髪の男の子は立ち上がる。
あ、でも待ってよ。薬ならここにある。
「待って。薬なら私が持っているわ」
「君が?」
「ええ。私、旅の薬師なの」
私は背嚢の中に小分けにしてある小袋の中から、止血止めと化膿止めの軟膏を取り出す。
これを塗り込めば、明日には傷は塞がって治っているはず。
おばあちゃんから太鼓判を押された私の薬たもの。大丈夫よ。
「これ塗ればもう大丈夫だからね。痛いの治るからね」
「うん」
そうして黙って患部に薬を塗られている女の子。まだ触ると痛いだろうに、我慢して偉いわね。
「はい。これでもう大丈夫よ。明日になったら治ってるからね」
軽く包帯を巻いて縛っておしまい。
ふうと一息ついた私は、そうだ、とはいのうからまた取り出した。
「これ、飴よ。私がつくったの。はちみつ飴。喉にも良いし、とっても美味しいんだから。ほら、あなたもどうぞ」
「あ、ありがと。姉ちゃん」
さっきから黙って事の成り行きを見守っていた、女の子を囃し立ててた男の子にも、私特製のはちみつ飴を手渡す。
「これからは、女の子には優しくしなさいよ」
「うん。ごめんなアリカ」
「ううん。お兄ちゃん、いこ!」
「姉ちゃん、兄ちゃん、ありがとな!」
兄弟だったのかな。二人は今度が手を繋いで仲良く走っていった。よかった。
と、そうだ。
「はい、これ」
「僕にもくれるのかい」
「ええ。あなたが最初に女の子を気遣ったんだもの。私がするべきだったのに。だからお礼とお詫び。美味しいんだから、受け取ってよね」
「ありがとう。……うん。うまいね」
「でしょう。じゃ、私はもう行くわね。ばいばい」
私は五つ入りのはちみつ飴はもう、この一袋分は売れないからと、自分でも一つ頬張る。うん、甘くて美味しいわ。残りの一つも道中にでも舐めながら行きましょう。
それと、止血止めと化膿止めの軟膏も開けてしまったから、これも自分用ね。
その後、私は雑貨屋さんに行って、自作の薬を数点売ることができた。家の分のも冒険者が買って行ってしまったんだって。
なにかあったのかしら。
私はそんな疑問はいつしか頭の隅に追いやってしまって、空腹を訴えるお腹を静めるために、酒場へと入ることにした。