8.~王女様と図書塔の双子(弟編)~
「お待ちしておりました。
地下書庫を案内しますアルディ・シュトラーセと申します」
優雅に一礼したのは、午前に会ったアウイルとそっくりな顔をした青年だ。
しかし、顔のつくりは同じでもアウイルとは浮かべる表情がまったく違う。神経質そうな表情を浮かべ、常にキッチリとした雰囲気だったアウイルと比べ、こちらは優しげな雰囲気をしている。
このシュトラーセ侯爵家の双子の弟アルディは、犬の情報によると『侯爵家の双子の弟』『有能ではある』『楽天的で後ろ向き』だそうだ。
……楽天的と後ろ向きって両立するのだろうか。
またしても不安になる情報だが、今さら言っても仕方ない。
私はアルディに案内してもらうことにした。
「では案内してちょうだい」
「はい。かしこまりました」
図書塔の一階にはいくつか部屋がある。図書塔員の休憩室や本の補修室、利用者が使える部屋など色々だ。
アルディに連れてこられたのはそのうちの一つの部屋。
人気の無い奥まった場所にあるその部屋は、私の目には普通の休憩室に見える。だけど、アルディが壁の一部を押すと壁がするりと回転した。
おおぉ~!! 回転したっ!!!
内心テンションが上がる。
壁の向こうは隠し部屋になっていた。
「……このようになっているとは。驚きました」
隠し部屋の中には机と椅子、奥にいくつか本棚があるだけだった。机の上には何冊か本が置いてある。
「ここが地下書庫……という訳ではないのですよね?」
「はい。ここに地下書庫へと続く扉があります。こちらです」
そう言って向かった先は奥にある本棚。まさかと思いつつ見ていたら、まず机の上に置いてある本を一冊取り、本棚のある本と交換した。そしてさらに何冊かを入れ換えた。するとカチリと何かがハマる音がし、アルディが本棚をずらした。後ろには人ひとりが通れるくらいの大きさの隠し扉があった。
「……すごい」
どういう仕掛けかはわからないが、隠し部屋の中にさらに隠し扉があったようだ。なんだか忍者屋敷みたいでわくわくする。
「この隠し部屋は、図書塔を作るときに“悪魔のような男”と“天使もどきの女”という二つ名を持つ男女が作ったのだそうです。手順を一つでも間違えると罠が発動します。一つ目の罠が発動すると連鎖して次の罠が発動していきます。一つ一つは死なない程度の罠ですが、連鎖してすべての罠にハマるので、生き地獄を経験し最後にやっと死ねるようです。なかなかえげつないですよね」
アルディは微笑みながら説明してくれた。
……え、なにそれ怖い。どこから突っ込めばいいのかわからないよ。
突っ込んでいいのかすらわからなかったので、スルーすることにした。
アルディが懐から鍵を取りだし、扉を開ける。中は真っ暗だった。内側にかけてあったランプの様なものに火を点ける。ランプの火はかろうじて足元が見えるくらいの明るさだった。
「この螺旋階段を降りていけば地下書庫の扉へと着きます。足元にお気をつけ下さい」
そう言ってアルディは足元を照らしながらゆっくりと地下書庫へ向かう螺旋階段を降りていく。
私の護衛は三名、残りは地下書庫へ至る扉の前と図書塔内部で警戒中だ。
螺旋階段は大人が二人も並べば余裕がなくなるくらいに狭くなっている。先頭はアルディが歩き、少し後ろに護衛その一、護衛その一の後ろを私が歩き、その横に護衛その二がいる。護衛その三は最後尾を警戒しながら歩いている。
物々しく感じるかもしれないが、これが普段通りだ。私の護衛たちは優秀だと思う。
「螺旋階段をこのまま進めば地下書庫につくの?」
道中無言なのもアレなので、気になっていたことを質問してみた。
地下書庫があるのは王族として知っていたが、まだ一度も自分の目で確認してみたことがないのだ。
代わり映えのしない暗い階段を下へ下へおりていくと、なんだか不安になってきたのだ。
すると、私の不安がわかったのか、アルディがにこりと微笑んで説明してくれた。
「ご安心下さい王女様。もう少し……あと五分ほど階段をくだりましたら、地下書庫の入り口がありますので」
「そう。よかったわ」
内心ホッとした。
この暗い階段をくだっていると気が滅入る。
だけどあと五分と時間が区切られたことで気持ちが落ち着いてきた。
するとアルディがハッと身動ぎをした。
急にこちらを振り向いたかと思うと、ガバッと頭を下げてきた。
「申し訳ありません王女様!!」
……え、何事!?
何が起こったのかわからなかった。何故急にアルディは謝ってきたのだろう。
「……何かありましたか?」
首を傾げながら聞くと、アルディは沈痛な面持ちで告白した。
「わたしが至らないばかりに王女様を不安にさせてしまいました。案内役失格です」
アルディはこの世の終わりのような顔をしていた。ちらりと周囲の護衛の顔を見てみると特に不振に思ってたり、動揺しているような素振りはない。むしろ「あぁ、またか」という雰囲気だ。つまりこれがアルディの常態なのだろう。
……さすがアウイルの双子の弟。面倒な性格をしているわね。
「そんなことないわ。ちょっと……ほんのちょっと気になっただけで、アルディの案内に不満などありません。それよりも……地下書庫にはどのような本が眠っているのでしょう?」
こういうときは話題を変えるに限る。
アルディを見ると、この世の不幸をすべて背負ったかのような顔から元の優しげな表情に戻った。どうやら話をそらすことに成功したようだ。
アルディは顔を輝かせて説明してくれた。
「この地下書庫には時代ごとの禁書や取り締まり対象の本などがずらりと置いてありますので、ヘタな者には教えられない決まりなのです。地下書庫に眠っている本の内容を知れば、必ず悪用しようとする者が出ますから」
思ったより物騒な内容だった。
「……そ、そうなのなのですか」
「っ! 王女様、申し訳ございません!」
……え、今度は何?
「わたしは今王女様にご不快な思いをさせてしまったのではないでしょうか?」
「いえ、そんなことはありませんが……なぜでしょう?」
「先ほど王女様が相づちを打たれたとき、二秒近く間がありました。つまり、わたしの説明にご不満があったのではと」
……面倒臭いなぁこの双子!
そのくらい待ちなさいよ。
どんだけ待てないの。
「いぇ、そのようなことはありません。説明を続けてちょうだい」
「はい、わかりました」
私は質問したことを後悔した。
このあと何度も「大丈夫ですから」「そんなことはありません」「気のせいです」と言い続けた。
***
「着きました。この扉が地下書庫への入り口です」
目の前には十メートル以上はありそうな、とても巨大な扉があった。
このデカイ扉を私たちだけで開けるのだろうか。
疑問に思った私はアルディに聞いてみた。
「このように大きな扉をどのようにして開くのですか?」
私の質問にアルディは少し目を見開いたあと、微笑んで教えてくれた。
「あぁ、そうですね。王女様は初めていらっしゃったのでした。この扉は資格を有する者にしか開けられません。わたしの右手中指にはまっている指輪が鍵になっております」
少し屈んだアルディが、中指にはめている指輪を見せてくれた。
複雑な意匠を凝らしてある指輪で、“星の雫と薔薇の王冠”の紋章と周囲には文字の様なものが彫りこんであった。
「指輪が鍵……ですか?」
「正確にはこの指輪と“王家に誓いをたてた者”が必要です」
「誓い?」
「はい。とある特殊なギフト保持者に仲介をしていただき、王家に誓約するのです。もちろん誓約の内容は教えられませんが」
笑顔を深めたアルディが手のひらを扉につけると、まるで重さが無いように扉が開いていった。
「ここが地下書庫の一階です」
扉の中は上にある図書塔内部とあまり変わらない大きさにみえた。
地下だからなのか、全体的に薄暗い。本棚にはびっしりと本が詰まっていた。
「地下書庫は何階まであるのですか?」
本の背表紙を見ながらアルディに質問する。“人体実験シリーズ~その1 死なせない! 効率の良い解剖のやり方~”とか“帝国の真実~ドロドロの人間関係~”とか“怨念と呪い~誰でも出来る実践編~”など、ヤバそうな本がいっぱいだ。精神衛生上よろしくなさそうなので、目をそらし、アルディを見る。
「地下書庫が何階まであるかはわたしにもわかりません」
「……え?」
「一応地下十階と言われていますが、あまり地下深い階に行くと帰ってこられなくなるので、正確な階数はわからないままなんですよね」
……それって、地下十階より先に行くと生きて帰れない的な感じですか?
顔がひきつりそうだ。てか心の中ではドン引きだ。これ以上聞くのはよろしくない気がする。うん。精神衛生上よろしくない。
「アルディ……帰りましょう」
「え、もうよろしいのですか? 地下三階くらいまでは安全にご案内出来ますが」
アルディが驚いた顔をする。
手間をかけて案内してもらっていたのに申し訳ないが、もう無理だ。今日は無理。怖い。
調べものがあるわけでもないのでここで帰ってもいいだろう。
また来る機会があるかはわからないが、今日はもういい。
「もう十分です。案内ありがとうございました」
私は笑顔で言いきった。
***
「うあー、つっかれたぁ」
夜の帳に覆われる室内。
私は自室のベッドに埋まって伸びをする。
今日は疲れた。ほんっとーに疲れた。
ぼんやりゴロゴロしていると、ベッドの横に物音ひとつ立てずに人が現れた。犬だ。
「あはは。見てた見てたよ王女サマ! ちょーウケた!」
犬が極小の声で笑いながらどこからかやって来たのだった。
心底楽しそうな笑い声にイラッときた。
「……」
「王女サマが心配だから陰ながら見守っていたんだけど、あの双子ちょー良いよね! 王女サマにぴったりだと思ってたんだ」
「……」
「王女サマもにっこり笑ってたし、いやぁ大成功だよね? ……あれ? 王女サマ?」
ニヤニヤ笑いながらしゃべっていた犬に、私はにっこり微笑んであげた。
「…………痛い」
頭を押さえてうずくまる犬。
「自業自得ね」
飼い主サマを笑おうだなんて百年早いから。
疲れて心が荒んでいた私はフッと鼻で笑ってあげた。「ヒドイヒドイ」と抗議されたので、今度は頭をぐりぐり撫でてみる。すると大人しく撫でられるんだから、この犬はお手軽だ。
「ねぇ王女サマー、あの双子どう? 結構役に立ちそうでしょ?」
ベッドに座っている私の膝にポスリと頭を乗っけてきた。表情は見えないが声はいつもより真剣に聞こえた。思わず手を止めたら「撫でて」というように膝をぐりぐりしてきた。やめなさい。
撫でるのを再開したら大人しくなった。
「……そうねぇ。性格は置いておくとして、確かに二人とも有能ね」
性格はともかく、有能は有能なのだ。特に弟のアルディは数名しかいない地下書庫の管理人のうちの一人である。あの若さでそれはすごいことだ。
「そっか。んじゃこのあとどうするかは王女サマが決めて~。あ、それとも他にも探しておく?」
くぐもった声で犬が聞いてきた。
少し考えてから私は答えた。
「いえ、いいわ。まずあの双子と仲を深めてみるわ」
それに、犬は色々検討してから私に双子を薦めたのだと思う。
……たとえ私の反応が一番面白そうという選考基準があったとしてもだ。
すると膝から唸り声が聞こえた。
「どうしたの」
「王女サマったらヒドイんだー。仲を深めるならまず俺とでしょ?」
犬が膝から顔を少し上げてこちらを睨んでいる。
……なんだそりゃ。
拗ねた顔をしても可愛くないよ?
思っていたことが顔に出ていたらしい。犬がプイッと横を向いた。
犬耳がへにょんと垂れ、尻尾は力なく項垂れている。頭を撫でても復活しなかった。
「ごめんごめん。そんなに落ち込むとは思わなかったわ。冗談じゃない」
「王女サマ顔がマジだったー」
珍しい。本当に拗ねている。
「ごめんってばー」
聞こえないフリか、背中も尻尾も丸めてしまった。私はへなった犬耳をゆっくり撫でる。
「もう、許してよリブル──」
リブル。そう耳元に囁いた瞬間、ビクリと起き上がった。
「は? え、なに?」
呼ばれたものを理解出来なかったのか、これまた珍しい呆け顔だ。
「以前に約束したでしょ? 有益な情報を持ってきたらご褒美をあげるって。……どうかな? 一生懸命考えたんだけど、あなたの名前」
「なまえ?」
「そう」
「おれの?」
「そう。あなただけの名前」
すると、リブルはクシャリと顔を歪めた。一瞬、泣くのかと思ったけど、リブルは笑った。
「そっか。……ありがと。王女サマ」
「気に入ってくれたなら良かったわ」
ここ最近付ける名前を悩んだかいがあったものだ。 リブルは仔犬姿になりベッドの横にあるカゴに入った。
「今日はもう寝る。おやすみー王女サマ」
「ええ、おやすみなさい」
嬉しそうに揺れる尻尾に、くすりと笑い私もベッドに横になった。