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 7.~王女様と図書塔の双子(兄編)~

 気持ちよく寝ていたら、ユサユサ揺すぶられた。

 薄く目を開くと、朝から元気な犬に超イイ笑顔で起こされた。


「王女サマ! 王女サマ、起きて! いい情報が手に入ったよ」

「……いい情報?」


 朝方、メイドが起こしにくるほんの少し前の時間だった。まだ頭がボンヤリするが、犬から良い情報が入ったと報告を受けていた。


「王女サマ、頭が良くて裏切らないヤツを相談役にしたいって言ってたよね」

「へぇ、見つけたの? どんな人?」

「えっとね~──」


 すんごい愉しそうに仕入れた情報を教えてくれる。

 いい情報が手に入って嬉しいのだろうか?


 こうして新たな朝が始まった。


***


「王女様! お待ちしておりました」

「急に悪いわね」


 私は図書塔に来ていた。

 図書塔は地下に深く天に高い、一つの塔が丸ごと本で埋まっている我が国自慢の場所だ。特に地下書庫にはかなり貴重な書籍が眠っている。禁書とか、ヤバい本とか、危ない本とか。なので入室資格を持っている一部の人しか入れないし、地下書庫があることを知っている人自体が少ない。そして、一階から上の空中書庫には新しい、見られても構わない本ばっかり置いてある。もしスパイとかがいて地上部分を見られても問題がないように作られているのだ。


 私は普段本を読むときや勉強をするときは、本を持ってきてもらうのでここに来ることはあまりない。しかしここに来たのにはちゃんと訳がある。

 それは、犬が見つけてきた裏切らないだろうと思われる頭の良い人物たちがここにいるからだ。どんな人なのか、実際に会ってみたかったのだ。

 ……まぁ、相談役にするかはまだ決めないけどね。


「では、この者がご案内を致しますのでよろしくお願い致します」

「お初にお目にかかります。本日王女様をご案内させて頂きますアウイル・シュトラーセと申します」


 図書塔長が連れてきたのは、白藤色の髪に勿忘草(わすれなぐさ)のような色の瞳を持つ図書塔の制服をキッチリと着込んだ、十代後半の少し神経質そうに見える美青年だ。

 犬の情報によると、この青年は『双子の侯爵令息』『有能ではある』『仕事をとても真面目にやっている』『キッチリしている。とてもキッチリしている』だそうだ。

 最後の、なんでキッチリを二回言ったの?

 大事なことだから?

 ……なんだか、不安になる評価ね。



 図書塔の中で各国の地理・歴史の本が置いてある階まで案内してもらう。

 今回ここに来た名目としては“図書塔の見学と各国の地理・歴史を授業で習っていることより更に深く知りたい”と言ってある。図書塔長に「案内人はキッチリと私に教えられる人がいい」と言ってみたら、やっぱりと言うかなんというか、この人が選ばれた。

 ……どんだけキッチリしてるのよ?

 各国の地理・歴史の本が置いてある階は人気(ひとけ)がなく、とても静かだった。これなら少しくらい声を出しても大丈夫だろう。彼の実力がどれくらいのものなのか、見せてもらうことにする。


「まずは、隣国ガルブの直系と傍系の王族について教えてほしいのだけど、関連の書籍はどこにあるかしら?」


 隣国ガルブの直系と傍系の王族情報。

 直系王族はともかく、傍系はかなり情報が少ないと思うが、さて、どうかな?

 内心わくわくしながらアウイルに聞いてみると、少しも迷わずに返答してきた。


「ガルブ王国の直系と傍系の王族についてでしたら、奥から三番目の列の右から二番目の本棚の上から二段目の棚、その左から七番目に一冊。あとは手前から五番目の列の左から三番目の本棚の下から五段目の棚の右から三冊目から八冊目が関連の本ですね。今お持ち致しますので少々お待ち下さい」


 …………はぁ!?

 なに今の。呪文!!?

 何言っているのかわからなかったんだけど!


「あの……もしかして、どこにどの蔵書があるのか、すべて知っているのですか?」


 まさかね、と思いつつ聞いてみる。

 すると、何でもないことのようにうなずいた。


「ええ、勿論です。図書塔の一員なのですから、これくらい出来て当然です」


 そっかそっかー。図書塔の一員なら、このくらい出来て当たり前……な訳がないよね。

 すごい。これは素直にすごいのだが、キッチリってこう言うことなの?

 もうちょっと犬にちゃんと情報を聞いておけばよかったと思うが後の祭りだ。


「……そうなのですか」

「はい。では書籍をお持ち致しますので、こちらにお掛けになって少々お待ち下さい」


 図書塔の各階には休憩したり、本を読んだり出来る机と椅子が邪魔にならないように配置されている。

 そのうちの一つに案内され、椅子を引いてくれる。私は座ってしばし待つことにした。

 数分後、アウイルが七冊の本を持ってやって来た。

 ……あぁ、やっぱり覚え違いとか迷ったりとかは少しもないのね。

 多分移動するのも最短距離だったんじゃないかと思う。なんとなく。


 こうして、特別授業が始まった。




 頭がパンクしそうだ。

 アウイルの授業は、とても簡潔でわかりやすかった。だが一つだけ問題があった。

 とても細かいのだ。私が聞いたことではあるのだが、どんどん情報を詰め込んでくる。お陰で、頭がパンクしそうだ。

 アウイルはとてもキッチリしていた。途中、何度もストップをかけた。だが彼は躓く私にキッチリと最後まで……理解するまで教えてくれた。

 私の頭ってこんなに入るんだなー、と現実逃避気味に思った。




「ありがとうございました。お陰で知りたかったことが理解出来ました」

「いえ、王女様のお役に立てたのなら良かったです」


 数時間付きっきりで勉強を教えてくれて、少しは打ち解けられた気がする。

 私は心からお礼を言った。さて、次の予定もあるしお別れの挨拶をと思ったところで、アウイルが声をかけてくる。


「あ、王女様。少々失礼致します」


 その神経質そうだが綺麗に整った顔が近づいてきた。

 勿忘草色の瞳が真剣にこちらを見てくる。

 ……え? 何事?

 その瞳に少し驚いた顔の私が映っていてドキリとする。

 スッと彼の長い指が私の髪に触れた。

 どうしていいのかわからなくて固まった私に対して、アウイルは微かに吐息をもらす。


「初めて見たときから、とても気になっていたのです」

「……え?」


 咄嗟にどう反応していいのかわからなかった。

 しかし、護衛も特に反応していない。問題はないということだ。

 少ししたら手が離れていった。


「突然失礼致しました。髪飾りが一ミリずれておりました。実はずっと気になっていたのです」


 はい? 髪飾り?

 アウイルはほんのり微笑んだ。

 

「あぁ、よかったです。一ミリもずれているだなんて、大変ですものね。これでスッキリしました」


 ……おおぅ、紛らわしいな! 私のトキメキを返してよ!?

 私は内心で叫んだ。

 しかし、当たり前だがアウイルには聞こえなかったようだ。私に向かってキッチリした動作で頭を下げる。


「それでは、わたしはこれで失礼致します。また何かございましたら仰って下さい」

「えぇ。その時はまた頼みます」

 

 ……一ミリずれているのが気になった!? なんじゃそら。てか犬はアウイルの性格を知ってたんだよね? そういえば、朝報告したあとにプルプルしてたもんね。そーかそーか、こうなることを予測してたな。キッチリしているとは聞いていた。だけど、これは予想外でしょ!

 アウイルの一ミリずれているのが気になるというあまりのキッチリさに目眩がする。


 次はアウイルの双子の弟に地下書庫を案内してもらう予定なんだけど……大丈夫かなぁ。


 なんだか弟も変わっている気がする。

 私は、少しの不安と共に次の待ち合わせ場所へ向かった。


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