閑話.護衛その一視点。
どうもこんにちは。
とある男爵家出身の護衛その一です。
私は、とても光栄なことにリヴァージュ王国第一王女様の専属護衛をしております。正式には近衛騎士団・特別護衛隊というところに所属しています。
今の時間、王女様はお勉強の時間です。講義を行う部屋の中に三名、扉の前に四名の専属護衛がついています。
王女様はなんと言いますか……とても頻繁に命を狙われていて近衛騎士団から常に七名の護衛がついています。
我々がお守りするのと平行して、他の騎士団で犯人探しもしているのですが、一向に見つかる気配がありません。犯人は余程頭がいい者なのか、証拠一つ見つかりません。いや、もしかしたら上位権力者の可能性も……王女様が害されて得をする人物が…………いえ、何も証拠はないのです。憶測でものを考えてはいけませんね。
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王女様は我が国の第一子であります。
国王様の初めての子供ということもあり、お生まれになったときはそれはもう国中で盛大にお祝いされました。当時私はまだ近衛騎士団に所属したばかりで、もしかしたら王族の専属護衛になれるのではないかと胸を踊らせていました。
花形である近衛騎士の中でもさらに羨望の眼差しで見られるのが専属護衛です。国王様やお妃様方にはもう専属護衛がついています。余程のことがない限り、専属護衛が交代することはありません。なので、近衛騎士たちは新しくお生まれになった王女様の専属に選ばれようと努力しました。
しかし当たり前ですが、倍率がとても高かったのです。私は剣技や教養を磨く傍ら、教会で熱心にお祈りもしました。専属護衛の選抜試験を経たのちに私が専属護衛に選ばれたのは奇跡だと思いました。最初はまったく信じることが出来ませんでしたが、合格通知を見た家族も共に喜んでくれました。あまりに嬉しかったので、気分が高揚したまま教会に家宝の一つを寄進してしまいました。そして、後で喜びが冷めた父に殴られました。兄にも正座で説教されました。久々に足がしびれました。
……冷静になってから振り返って考えると、その時の自分は喜び過ぎて明らかにおかしかったですね。今は反省してます。
初めてその事件が起きたとき、我々は油断していたのだと思います。
護衛は王女様の自室の扉の前と、寝室の扉の前にいました。そして王女様には常に乳母がついているのですが、その時はほんの少し乳母が席を外した時間、その少しの時間に事件が起こりました。
「き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーん!!!」
王女様の寝室から凄まじい泣き声が聞こえました。
すぐさま扉を開け、豪華な部屋の中央で赤ん坊用のベッドに寝かされている王女様を確認したところ、ベッドの横に黒い服を着てナイフを持つ──暗殺者がいました。
私は仲間と共に即座に暗殺者を取り押さえました。
王女様の全身をを確認すると、無傷です。王女様は我々が暗殺者を捕らえたことがわかったかのように泣き止んで、深緑の瞳をぱちぱちさせています。そして、私に「ありがとう」と言うように目を細めてふにゃりと微笑んで下さりました。
のちに同僚にこの話を何回もしたのですが、「それ、ただ眠かっただけじゃないか?」と言われました。
……うらやましいんですね? 男の嫉妬は醜いですよ?
それからというもの、王女様は結構な頻度で命を狙われました。
時には毒を盛られたり、時には刺客が送られてきたりで、王女様付きの護衛はどんどん鍛えられ今では近衛の中でも指折りの精鋭と呼ばれております。自分も以前よりかなり強くなり、様々なことに対処出来るようになりました。
王女様はお小さくてもとても聡明で、自分が何故狙われているのか理解している節があります。
本当はもっとのびのびと過ごしていただきたいのですが……。
早急に犯人を捕まえて、王女様には安心してもらいたいと思います。
本日はお休みだった私です。
ですが、またしても事件が起きました。毒殺でも暗殺でも事故でもなく、なんと今回は王女様が誘拐されました。
しかもレミントン伯爵令嬢も一緒だそうです。
最悪です。何が最悪って、レミントン伯爵のご息女が一緒に誘拐されたのも問題ですが、王女様の護衛の中に裏切り者がいて誘拐犯の手引きをしたことが判明した事です。
知らせを聞いて国王様は激怒され、直ちに王女様を助けるべくありとあらゆる手を打ちました。
いつもは穏やかな表情をしているレミントン伯爵の凄味を増した笑顔も怖かったです。ですが、一番怖かったのは宰相閣下の……いえ、何でもありません。
なんだか寒気がしました。
王女様とレミントン伯爵令嬢は無事に保護されました。
王女様は若干疲れを滲ませていましたが、毅然とした態度で「助かったわ。ありがとう」と微笑んで仰ってくださいました。
……王女様! 遅くなってすみませんでした! これからは休むことなく王女様のお側にいたいと思います!!
この決意を同僚に話したら、「暑苦しい。迷惑だから、きちんと休めよ」と言われました。
……何故でしょう。今日は涼しいと思うのですが。
王女様について、一番凄いと思うのが、あの宰相閣下と普通にお話し出来ることだと思います。
たとえ上位貴族であっても恐ろしくて宰相閣下に話し掛けられないと聞きます。宰相閣下は我が国でも特殊なお方です。普通に接することが出来るのはごく一部の人たちだけです。
流石王女様です! 誰であろうと態度を変えないとは……本当に素晴らしいです!
我が国の宰相閣下のネージュ様は、約百五十年前からこの国の宰相を勤めています。当時の女王陛下に請われて宰相職に就いたとか。国民であの方を知らないものはいないと言うくらい有名です。
噂では「女王陛下の愛人だったのでは?」と囁かれていますが、真実かどうかはわかりません。
……宰相閣下に直接聞く勇気のある者はいないと思いますので、この噂はずっと噂のままでしょう。
宰相閣下のお名前は他国にも轟いております。
“白い悪魔”とか“黒ウサギ”(どこがとは言いませんが黒いそうです)とか色々な呼ばれ方をしています。しかし、一番浸透している呼び方は“狂いウサギ”だそうです。
そもそもネージュ様が宰相になるまで、獣人族の地位は低いものでした。
低賃金で重労働させる国や酷いところでは奴隷として働かせる国もありました。
最初、他国にかなり侮られたと聞きます。こじつけの様な理由で戦を仕掛けられたこともあったみたいです。しかし、宰相閣下は当時の女王陛下と協力し、様々な手段を用いて(どんなことをしたかまでは歴史書に書いてありませんでした)周辺諸国を屈服させていったそうです。
その時に獣人族の地位向上についても暗躍したとか。
……宰相閣下は絶対に敵に回したくないですね。
***
王女様のお勉強の時間が終わったみたいです。
扉が開いて王女様が出てきました。
そして部屋の中を護衛していた同僚たちと合流します。
私の前を通りすぎる時、王女様がふわりと微笑んで下さった気がしました。
……王女様、ご安心下さい。王女様に害をなす輩は私たちが排除しますからね!
内心で決意に燃える私は知りませんでした。
同僚たちから残念なモノを見るような目で見られていたことを……。