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 6.~赤い仔犬を拾ったその後~


 翌日早朝、改めて犬に詳しい話を聞くことにした。

 昨日はかなり疲れてしまったので、話の続きは起きてからということにして、とりあえず寝てしまったのだ。

 私のベッドの横に作った寝床に仔犬姿の彼が丸まって寝ている。「ぷすー、ぷすー」となんだか間抜けな感じの寝息が聞こえて力が抜ける。相変わらず部屋に全く馴染まない真紅のサラサラの毛並みがゆるく呼吸するのに合わせて上下している。

 ちょっと撫でてみようかな……と手を伸ばしたら、パチッと仔犬は目を覚ましてしまった。そして、こちらを確認したあとで、くあっとアクビをする。


 ……手を伸ばして目が覚めたってことは、起こしちゃったのかしら。悪いことをしたわね。


 中途半端なところで止まっていた私の手を見た仔犬は、少し考えたあと、スリッと頭を擦り付けてきた。


 おおぅ! サラサラ! 艶々の真紅の毛が気持ちいい!


 なんだか癖になりそうなさわり心地に、しばらく頭を撫で続けてしまった。




「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、人の姿になってもらえる?」

「ん? なになに王女サマ」


 特に勿体ぶることなく人の姿になる元暗殺者。中肉中背で十代半ばくらいに見える。服は昨夜も見た黒い服。闇には溶けるだろうけど、今の時間だと浮きまくりだ。

 そして、明るいところで見る彼は…………なんというか、普通顔だった。


「……意外。普通顔ね」


 そう。明るい部屋で見た彼は普通顔だった。真紅の髪で赤みがかった橙色の瞳というハデな色彩なのに普通顔。ギャップがスゴいな。


「王女サマ!? 酷くね!!? ナニ意外って!」


 犬が極小の声で抗議する。

 いや、うん、ゴメン。ほんとゴメン。

 決して悪くはないし、不細工でもない。よく見ればパーツは整っていると思う。だけどパッとしない普通顔。


「ごめんなさいね。ちょっと……いえ、ごめんなさい」

「ちょ!? 何でそんなに謝んの!? 俺の顔が普通だとそんなに悪いワケ?」

「そうじゃないわ。ただちょっと私の夢が壊れたというか……」

「ナニソレ」


 ここは、ほら、ねぇ?

 美形が出てくると思っていたのよ。なんだかんだで、私の周囲って美形が多いし。


 基本的に貴族とかは美形が多い。栄養状態もいいし、お手入れも欠かさないし、美容にお金を掛けられる。それに、外見と中身を磨くことによって、さらに条件の良いところへ婚姻を結ぶことが可能だ。……まぁ、たまにブクブクに太った人とか、外見に気を使わない人もいるけど少数派だと思う。

 そして、私の勝手な想像なんだけど彼が美形だと思っていたのには一応理由がある。なぜならば、仔犬の姿が可愛かったからだ。将来が楽しみな美犬だと思う。だからなんとなく人間の姿になっても可愛い顔か、格好いい顔をしてるのではないかと思ってしまったのよね。

 先入観で物事を決めてはダメね。とりあえずもう一度謝ってから本題に入る。


「まず聞きたいんだけど、人の姿になるのって自分の意識でいつでも可能なの?」

「そうそう。人の姿になるのも犬の姿になるのも俺の意思ひとつだよ~」


 ふーん、そうなのか。特に条件とかはないのね。

 ふむふむと頷く。これを聞いておかないと、いざというときに困るからね。


「次に、役に立つって言うけど何が出来るの?」

「んー、暗殺とか?」

「却下で」


 即行で却下する。何言ってんのよこの犬は。「えー」とか言わないの!


「あ、情報収集もうまいよ! 暗殺対象の下調べとか自分でしてたし」


 それは……結構良いのではないかしら?

 私の一番の情報源はキツネさんだが、他にも色んなルートから情報を仕入れたいなと考えている。ただ……私はまだ九歳なので、出来ることに限りがある。お金も自由に使える訳ではないしね。

 そう考えると、これは中々良い拾いモノだったかもしれない。


「よし! では情報収集をお願いするわ」

「ご褒美は?」


 自分から拾われに来たのにぬけぬけと言う犬をジト目で見つつ少し考える。

 衣食住はこちら持ちなのだし報酬は十分な気もするが……。

 期待した表情で見てくるので、私はふふんと自信満々に笑ってやった。さらに期待に顔を輝かせる犬。……うん。これしかないわね。


「有益な情報をとってこれたら、考えてあげるわ」


 とりあえず、保留で!



***



 ──最近、思うのよね。私に足りないのは女の子の友達だと!


 というわけで、信頼出来る人を増やそうと思っている私は、まず女の子とお茶をすることに決めた。招待状は数日前に送ってあり、お茶会は本日午後の予定だ。

 私は気合いを入れてお茶会の準備に取りかかった。




「さぁ、お掛けになって?」


 本日招待したのは一人の令嬢。

 私の向かいの席に座っているのは、とある事件をきっかけに知り合った、エミリア・レミントン伯爵令嬢。ふわふわのストロベリーブロンドの髪に空色の瞳のとても可愛い女の子だ。

 メイドにお茶を入れてもらってから、人払いをする。


「直接会うのは久しぶりね。元気だった?」

「本当にお久しぶりですわね。王女様も相変わらずのようで……」

「そうなのよね。あ、貴女も変わりがなくてよかったわ」


 エミリアの上から下までじっくりと眺める。そんな私の様子にエミリアはヒクリと頬をひきつらせた。


「あら、王女様。私の身長が以前と変わらないとおっしゃりたいのでしょうか? これでも以前よりずいぶんと伸びたんですのよ? それに私は小さくないんです。ま、まだ伸びると思います。これでも平均なのですわよ……それに……が、……で…………」


 まるで大河のごとく流れるような身長トーク。途切れることなくエミリアから身長に対する言葉がいっぱい出てくる。いっぱいいっぱい出てくる。


 おおぅ……エミリアのスイッチを押してしまったよ。


 エミリアは身長が低いことを気にしているみたいなのだ。初めて出会ったときも、私より身長が低かったので、てっきり年下の子だと思って話しかけてしまったのだが、その時も身長トークが長かった。

 身長が低くてもエミリアの中身は変わらないし、小動物みたいで可愛いと思うんだけど。本人はスラッと背の高い女性になりたいようだ……熱く語っている。

 この状態になると長いので、途中で待ったをかける。


「エミリア、待ってちょうだい。身長のことはわかったわ」

「──はっ。も、申し訳ありません王女様! 身長のことになるとつい……」


 正気に戻ったエミリアに少し笑った。

 エミリアの顔がじわじわと赤くなってきた。真っ赤な顔の涙目美少女。……何でも許せそうな気がする。


「かまわないわ。でも、エミリアはそのままで十分可愛いと思うのだけどね」

「え、いえ、そんなことありませんわ!?」


 うろたえるエミリアはとても可愛かった。




 この後は他愛のないことを楽しくおしゃべりした。

 貴族の子弟で誰が将来有望かとか、誰が令嬢の中で人気があるだとか。

 女の子の噂話という情報網も結構侮れない。明らかにおかしい噂もあるけど、有益な情報も混じっていたりする。


 私がお呼ばれするお茶会は大抵年上の夫人なのだが、娘を紹介されても軽々しく仲良くなる訳にもいかないのでさらっとおしゃべりする程度だ。その点エミリアはレミントン伯爵の娘なので気が楽である。

 レミントン伯爵はお父様の側近なので、私も会ったことがある。エミリアと同じストロベリーブロンドの穏やかな紳士だった。

 エミリアとの出会いは事件がきっかけだったが、これからも是非仲良くしていきたいと思う。


 私の中で『エミリアと仲良くなろう計画』を立てたところで今回のお茶会は終了した。



***



 夜中の温室薔薇園にやって来た。

 トライゾン伯爵のことを調べてもらうために、キツネさんを呼び出したのだ。


 温室のガラスの向こうから、満月が微笑みかけてくる。淡い光に照らされて咲き誇る温室の薔薇たち。様々な品種の薔薇が一年中咲いているこの温室は私の癒しスポットだ。

 そして、薔薇を背景に月の光に照らされているキツネさん。金色の長い髪がキラキラと優しく光っている。顔が整っているだけあってとても絵になる光景だ。


「王女様?」

「あ、ごめんなさいね」


 “美形パワー恐るべし”とか思いながら眺めていたら、どうやら少しぼーっとしてしまったようだ。


「かまいませんが……私の顔に何か付いていましたか?」


 わかっているくせに、目を細めてこちらをからかうように見てくるキツネさん。悪戯っぽく輝く瞳も計算され尽くした仕草も酷く魅力的だ。確かに美しいが、どこぞのウサギさんと同じく、このキツネさんも観賞用だ。


 ……どこかに普通の真面目な美形っていないかしら。


 いくら美しくてもこんな精神的に疲れる相手はトキメキ対象外だ。いや、でも耳とシッポにはいつか触ってみたい。特にシッポ。ふわっとしているのでギュッと抱きついたら気持ちが良さそうだ。うふふと笑って見つめたら、キツネさんがほんの少し引いた。


 顔がひきつっているように見えるのは気のせいだよね?

 私の無邪気な微笑みを見て引いたワケじゃないよね?


 私はコホンと咳払いする。


「さて、本日呼び出した用件を話すわ」


 私が本題に入ったら、キツネさんも表情を元に戻し、真剣に聞く姿勢になった。普段はアレだが、情報に対してはいつも真摯だ。




 深夜というより夜明けに近い時刻、私は自室に戻ってきた。疲れていたので、すぐに寝る準備をする。


『──ご依頼いただきましたトライゾン伯爵の件、承りました。私にお任せください』


 キツネさんは、イキイキとした表情で今回も請け負ってくれた。

 今回の対価は、赤い仔犬のことについてだった。てっきりギフトについて詳しく聞いてくると思っていたので予想が外れた。


 ……キツネさんの情報網はどうなっているのよ? 昨日の今日でこの情報を知ってるってナニソレ怖い。


 私の周囲に情報提供者でもいるのだろうか。それとも優秀な密偵を雇っているのか。ギフトの可能性もある。考えるとキリがない。

 よろよろとベッドに入って、ふぅと息を吐き目を閉じる。


 今のところ出来ることはした……かしら……。


 ベッドに横になると、すぐに眠気がやって来てふわりと意識が溶けていった。


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