4.~王女様の平和な一日(後)~
さて、今日のお昼は王宮で母方の従兄たちと会食がある。
侯爵家は、母の兄である伯父様が継いでいる。流石はお母様と同じ血を分けた兄、伯父様の顔もお伽噺に出てくる妖精のように美しい。その伯父様には子供が二人いるのだが、どちらも男の子である。
兄の方は十二歳で、私より歳上だ。蜜色の濃い金髪に深緑色の瞳をしていて、伯父様を幼くしたような顔立ちをしている。弟の方は私よりも年下の六歳で、薄い金髪に明るい新緑色の瞳をしているとっても可愛い顔をした子だ。
もうすぐ着く頃だと思うんだけど……。優雅にお茶を飲みながら待っていると、私付きの侍女がスッと近付いてきた。
「王女様、お客様がご到着されましたので、第一応接室にお通し致しました」
「わかりました。これから向かいます」
考えていたら、丁度到着したようだ。侍女に先導され、第一応接室に向かう。
応接室の扉を開いた先には、美貌の従兄殿が一人で佇んでいた。……一応招待状は兄弟宛で送ったんだけどね。まぁ、予想通りだけど。
「本日は、お招き頂き恐悦至極に存じます。王女殿下におかれましては、ますますお美しくなられて……」
従兄殿に、にこりと優しげな笑顔で挨拶をされ、自然な仕草で恭しく手をとられ、手の甲に口付けられる。
手の甲に口付けをするといっても、実際に触れている訳ではないけどね。
「お会いしたかったわ、従兄殿。……あら、弟君は来られませんでしたのね」
「えぇ。あの子も身体が弱いもので……」
従兄殿の美貌に影が落ち、憂えた顔になる。
心底申し訳なさそうな顔をしているが、私は知っている。
弟くんが身体が弱いというのは、嘘ではないが、本当でもない。
激しい運動などをすると寝込んでしまうと聞いたが、王宮に来るくらいなら問題ない。ただ単に、この従兄殿が弟くんを外に出したくないだけだ。
従兄殿は、弟を溺愛している重度のブラコンだから。
「……王女殿下には、ご理解頂けることと存じます」
わかりたくないけどね。
従兄殿は、意味深な流し目をくれる。わかりたくはないけれども、この従兄殿の性格は承知している。
立ち話もなんだし、王族が私的なお客様に使う「饗応の間」へと案内する。
昼食は、いたって和やかに進行した。お互いにマナーに則って食べ、歓談し、食べ終わる。
この会食はついでだ。本題は別にある。
食後のデザートまで食べ終えたあと、場所を私の自室に移す。
メイドにお茶の用意をしてもらってから、人払いをし、本題に入る……前に向こうから切り出された。
「それで、結構急な呼び出しだったけど、また何かあったの?」
「ごめんなさいね。丁度今日が空いていたから」
「……。キミってそういう処があるよね……。何事かと思ったよ」
二人きりになったので、従兄殿は砕けた口調で話しかけてきた。呆れたような視線が突き刺さる。
……いや、だって今日が空いてたんだもん。
「悪かったわ。今日呼んだのは、この前のお礼を言いたかったからよ」
そう。少し前にあった『処刑フラグ』の時に使った毒の中和剤を融通してくれたのは、この従兄殿だ。
お母様の実家のある領地は、“森と水に愛された地”と言われる程、自然が豊かな場所である。
空気もとても綺麗で、お母様の静養する場所にもってこいなのだ。
そして、この地では良質の薬草や稀少な薬草がよく採れる。
従兄殿には、狐さんに教えてもらった毒の種類を教えて、中和剤を送ってもらった。そのお礼を言いたくて、今日は来てもらったのだ。
「まったく……あまり一人で無茶しないでよ?」
「したくて無茶している訳ではないけどね」
そう。私を狙う向こうが悪い。
唇をむぅっと尖らせると、従兄殿にぎゅむっと摘ままれた。
「ほら、そんな顔をしない! 折角の可愛い顔が台無しだよ?」
うーわー。
サラッと言ったよ。サラッと。
茶化そうかと思ったけれど……深緑色の瞳が、心配そうな色をのせてこちらを伺っている。
……心配かけてしまったなぁ。
「うん。ごめんなさい」
無茶をしたことは叱られたが、その後は楽しくお喋りした。
まぁ、八割弟くんの話だったが。
このブラコンめ!
***
昼食が終わった後は、少し自由時間がある。でもそんなに長い時間ではないので、大抵は散歩している。体を動かした方がいいっていうのもあるけど、一番の理由は王宮の庭が凄いからだ。
プロの庭師が腕によりをかけて整えている庭は、見事の一言に尽きる。
毎日歩いていてもまったく飽きない。咲き誇る花たちに目を奪われる。
前世ではガーデニングが趣味だったんだけど……プロの仕事って凄いなぁ。
私は癒されながら、散歩を終えた。
午後はマナーの時間だ。
優雅に、美しく。立派な淑女になるために、日々努力する。
ぶっちゃけ、今でも“淑女”という言葉を聞いただけで笑いが込み上げてくる私は、立派な淑女になれない気がする。
でも……今生のこの外見で、ガサツな動作をしているとか私も見たくないので、少しでも本物の“淑女”になれるよう頑張ります。
***
マナーの勉強が終わった後は、夕食まで自由時間だ。
何をするかはその日によって決める。
お茶会に招かれているときは、そちらを優先する時もある。人脈も大事だからね。
でも今日は何も予定を入れていない。
……何をしようかしら?
読みかけの本を読んでもいいし、王族専用の庭園で静かにお茶をするのもいい。
今生の趣味(というか生きるためだが)である、薬学の知識を深めるのもいいだろう。
あぁ、なんという贅沢な時間。自由時間って素晴らしい。
結局今日は薬草園で、薬師の方にお話を聞くことに決めた。
「王女様は、勉強熱心ですね」
スラリとした指先が、薬草の葉をプチリと千切る。
季節、時間、気温、ありとあらゆる要素、品質が管理された王宮特別薬草園。
そこの管理を任されている、特級薬師の管理人さんにお話を聞く。
この人はかなり凄い人で、特級薬師の資格を持っている人など、世界中を探したって数人くらいだろう。
いつも全身をフード付きのローブで隠していて、見えるのは指先くらいだ。とても穏やかな、年齢を感じさせない声。いくつくらいなのか、凄く気になる。
「色々な知識を学びたいと思っております」
「では、勉強熱心な王女様に、今回は特別講義を致しましょう」
!! え、本当に? いいの!?
穏やかな声が「私の講義は希少ですよ?」と茶目っ気たっぷりに話す。
普通は王族だろうと、この方は講義をしない。
私は、とても有意義な時間を過ごした。
夕食は、時間が合えばお父様と一緒に摂る。
王族専用の長~いテーブルのあちらとこちらで食べるのだが、こんなにテーブルを長くする意味は何?
こんな長いテーブルを使わなきゃいけない程に王族が居たことあるの?
無駄じゃない?
お父様の顔も遠くてよく見えないし。
今度提案してみようかな? あ、でもお父様は言わない気がするけど、周りに王族の権威がどうたらこうたら言われるかしら。
とりあえず、お父様とプライベートな時間のときに聞いてみますか。
夕食が終わったら、湯浴みとお手入れ、勉強の予習と復習をしたら後は寝るだけ。王女付きのメイドに手入れされながら、思う。
今日は一日何事もなく終わったわね。
毎日こんな感じならいいのに。
……まぁ、言っても仕方ないわね。
ネグリジェに着替えて、整えられ、温められたベッドに入る。
目をつむり、心地好い眠気に意識を預ける。
明日も平和にすごせますように。
おやすみなさい。