3.~王女様の平和な一日(前)~
死亡フラグはよく立つけれど、毎日毎日フラグが立っているわけではない。
多いとき、少ないときがあるけど、大体週に一度……いや、二、三?度位ね。
……あれ? 十分多いわね。ないわー。
死亡フラグの内訳としては、宰相五、王妃三、その他二。こうしてみると、いかに宰相の頭がオカシイかわかるというものだ。
いつか絶対に宰相をハゲさせてやるわ!
***
私が自室の外に出るときは、専属側仕えが一名、侍女三名、護衛はなんと六名付いてぞろぞろ歩く。最初はもうちょっと人数が少なかったのだが、私があまりにも命を狙われるので、増員されたのだ。
昔は鬱陶しく思うこともあったが、今では私のいい手足となっている。
死亡フラグを折るのに、欠かせない人材だ。
以前に一回だけ裏切り者が出たときは超ビビった。
しばらく部屋から出られないくらいビビった。人間不振になるかと思った。
やっぱり平成育ちの日本人だった私には、考えても限界があるなとそのとき悟った。しかし、だからこそ私はより慎重に行動することを覚えた。
今生は前途多難だが、絶対に長生きする。
事件のあと、私は決意を新たに誓った。
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お母様は、一年の大半を空気の綺麗な実家の領地で静養し、調子を整えてから王宮の敷地内にある離宮に戻り療養する。
最近は離宮で療養していて調子がいいみたいなので、朝起きたらお見舞いに行くのが私の日課だ。
お母様はお花が大好きなので、第二庭園で老庭師と一緒にこの季節に咲いている花を摘む。
自分で花を摘むのは、王族のマナーとしてはダメなので、初めは私の手で摘むことを周囲に止められた。しかし、お母様へのお見舞いの花だけは自分で摘みたかったので、お父様に許可をもらえないかと直談判しに行った。
お忙しいのに、お父様は私の主張を真面目に聞いてくれた。
そして『考える事が一緒とは、流石親子だな。懐かしいな……私もよく自分で花を摘んで彼女にプレゼントしたよ』と言った。
それを聞いて私はびっくりした。
前世で庶民だった私ならともかく、この世界で育った本物の王族であるお父様が、手ずから花を摘むことがあるとは思わなかったのだ。
マジマジと見つめると、ちょっと照れた顔をしたお父様がソッと目をそらした。その仕草がなんだか可愛かった。今まで宰相に逆らえないヘタレだと思っててゴメンね!
最初は王族らしくないと叱られるかと思ったが、お父様がこっそりと『宰相がアレだからね。多少なら、問題ないよ』と言ってくれたのには笑った。
初めて宰相が役に立ったよ。今度、ご褒美としてニンジンをあげようかしら。
その時は、ルンルン気分でお父様の執務室を出た。しかし……すぐに宰相に死亡フラグを立てられて、ニンジンをへし折ってしまったのは、今ではいい(?)思い出だ。
「お母様! おはようございます」
離宮にあるお母様の部屋に到着し、ベッドから起き上がったお母様に朝の挨拶をする。今日は調子がいいのか、お母様の顔色がいつもより明るい。
お母様は、木漏れ日のような金髪に新緑色の瞳をもった、とても美しい人だ。
ゆるくうねる金髪が、さらさらとベッドに落ちている。いつ見てもため息を吐きたくなるような美貌。だけど一番美しく思うのは、私を愛しく思っているのがわかる、その瞳だ。
……私のお母様、マジ妖精!
「いらっしゃい、私の小さな妖精さん。昨日はよく眠れたかしら?」
「はい、お母様。昨日もよく眠れました。これ、今日のお花です」
「まぁ、リムレの花ね? もうこの花が咲く時期なのね。嬉しいわ、ありがとう」
私の摘んだお花を喜んで受け取ってくれ、頭を優しい手が撫でる。その感触が、前世のお母さんを思い出させる。顔は全然違うのに、優しい手つきは同じだ。私は嬉しくて、うっとりと目を細めた。
前世では、親孝行などまったく出来なかった。愛情を与えてもらうばかりだった。
だから今世では、前世の分も合わせてお母様とお父様に愛情を捧げたい。両親よりも長く生きたい。
安心してね。死亡フラグなんてへし折って、老後の面倒までみちゃうから!
「お母様、大好きです」
お母様にきゅうっと抱きつくと、優しく抱きしめ返してくれた。ふんわりとお花の香りがして、安心する。
「ふふ、今日は甘えん坊さんね? 私も大好きよ。さぁ、今日も元気いっぱいに過ごしていらっしゃい」
「はい。それではお母様、失礼いたします」
あまり長時間お話するとお母様が疲れてしまうので、朝の挨拶をした後に少しお喋りをしたら部屋から退出する。
この後は、王宮に戻って勉強の時間だ。
***
今日は幸いにも教師は宰相じゃない。
どうやら隣国の使者がやって来ていて、関税についての話し合いがあるそうだ。昨日うきうきとしながら話してくれた。
『彼、頑張り屋さんなんですよねぇ。
何回も頑張って関税について交渉しに来るのですが、成功したことはありません。
いつも涙目で帰っていきます』
『……そうなのですか』
可哀想に。いや、ウチの国としては、正しいんだけどね。でも、うん。
今度季節の挨拶に来たときに労ってあげようかしら。
専属の教師たちと、帝王学や教養項目を午前中にみっちりと勉強する。
私はそれほど優秀という訳でもないので、予習と復習を欠かさない。
将来どうなるかはまだわからないが、知識は、武器だ。
たくさんたくさん蓄えて、いつでも使えるようにしておかなければならない。
よし、今日も頑張りますかー。
……。
…………つ、疲れた。三時間は勉強したね。
教師が熱心なのは良いことだか、詰め込みすぎだよ。
ていうか……雑学とか、あるあるとか、脇道にそれたせいだよ、先生!
当時の美女ランキングとか、私が知ってどうするの!?
……頭を使うとぐったりするが、次の予定がある。
私は、見た目は優雅に、内心ではヨロヨロと──退出した。