17.~王女様の休日。終わり~
「それで? 君はどこからきたんだい?」
一歩私の前へ進み出た従兄殿が、相手を緊張させないように微笑みながら、白い垂れ耳うさぎの女の子に問う。私に任せると暴走しそうな気がしたのだろう。信用がなくて悲しい。
「あの、その、この近くにあるラピ村から来たのです。ミュミュと言います」
護衛その一に抱えられた状態でミュミュはぺこりと頭を下げた。頭と一緒にふわふわな垂れ耳が動くのに目が離せない。無意識に動いていた手を従兄に握られる。我に返りやっとの思いで魅惑的な耳から目を離すと、ひんやりした従兄殿の笑顔が視界に入り、サッと反らした。
……ごごごごめんね従兄殿! あのふわっふわな垂れ耳を見るとつい無意識に手が!!
このままではマズイ。
帰ったら従兄殿の説教コースだ。デザート抜きの可能性もある。それは嫌だ。
少しでも従兄殿の説教を短くするため、キリッとした態度でミュミュに話しかけた。
「ミュミュと言うのね。私はこの国の第一王女で、こちらはフェアリアータ侯爵子息のエミルよ。よろしくね」
王族スマイルで軽く自己紹介すると、ミュミュはぽやんとした表情でこちらを見ていた。
「ミュミュ?」
「……妖精……のお姫さま?」
こてりと首を傾げるのは可愛いけど、私ちゃんとこの国の王女って言ったよね?
少し首を傾げつつ、もう一度言ってみる。
「この国の、第一王女よ?」
“この国”の部分をちょっと強調してみた。すると、今度はきちんと認識してくれたようだ。ハッとした表情になり、真っ赤な目がまんまるになった。
「お、王女さまですか!? はじめましてです」
焦っているのか、顔を真っ赤にしてペコペコ頭を下げるミュミュ。
……そんなに頭を振ったらクラクラしちゃうんじゃない?
「きゅう~」
案の定、ミュミュがくてっとなった。
***
ミュミュを地面に下ろしてもらい、落ち着くまで待ってから、改めて質問をする。
「ミュミュは何でここにいるのかしら?」
「あの、この森では薬草が採れるので、病気のお母さんに……」
「そうだったの」
しゅんとしながらも説明したミュミュ。紅い瞳が不安そうに揺れている。お母様が病気だというところが、自分と重なった。少しでもその不安を取り除きたくて、ミュミュの頭をゆっくりと撫でた。
「よし、それじゃあ私も手伝うから薬草を採りにいきましょう」
「え?」
「王女様……」
従兄殿が額に手を当てて頭が痛そうな顔をしたが、私を見て色々諦めてくれたのか、一つため息を溢してから頷いてくれた。
ミュミュはぽかんとした顔をしている。
「ミュミュ、どんな薬草が必要なのかしら?」
「えと、あの……」
わたわたしながらも、必要な薬草を説明してくれた。森の奥まで行かなければ採れない薬草だったらどうしようかな……と考えていたが、幸いにも森の浅い場所で生えている薬草だった。この花畑でも採れる薬草だと従兄殿に教えてもらった。
「この辺で採れる薬草でよかったわ。みんなで探しましょう?」
教えてもらったけれど、初めて知った薬草をきちんと判別できるのか不安だったので、一緒に探すことを提案してみる。
すると……
「王女様、別々に探した方が効率がいいと思うよ?」
「私は薬草を探すのが得意なので、一人でも大丈夫ですっ!」
従兄殿とミュミュが同時に言った。
「そう? なら手分けしましょうか」
……二人ともしっかりし過ぎだよ。特にミュミュなんて私より年下っぽいのに。
一人だと無理だ。従兄殿を見ると、わかっていると言いたげに頷かれた。お世話になります。
私は従兄殿に手伝ってもらいながら、しばらく辺りを探したらたくさん薬草が見つかった。従兄殿に確認してもらいながら摘んでいく。そして、見つけるたびに私が喜ぶからか、護衛の人たちも周囲を警戒しつつ、見つけた薬草を採ってくれた。
……ありがとう。嬉しいよ。でも多い。多いよ。そんな次々に採ってこられても多いって。
「ありがとう。もういいわ」
なんとかお礼を言ったが、笑顔はひきつってなかっただろうか。私のそばには山盛りの薬草たち。多いよ。
離れた場所で薬草を採っていたミュミュに持っていくと、とても喜んでくれた。
「王女さま、みなさま、たくさんの薬草をありがとうございました」
「よかったわね、ミュミュ」
ミュミュがぺこりと頭を下げる。その嬉しそうな笑顔を見ていると、こちらまで嬉しい気分になった。触り心地のいい頭を撫でつつ、ふわふわな垂れ耳もついでに撫でる。幸せ。
従兄殿の冷たい視線なんて感じない。幸せ。
不自然に感じられない程度(私基準)に撫でてから、手を離す。ああ、残念。
「……それにしても、白うさぎって珍しいね」
従兄殿がミュミュを見ながら呟いた。その言葉に首を傾げる。
「珍しい?」
……え、白うさぎって珍しいの? 宰相もそうだよね?
前世でも今世でも、うさぎといえば白ってイメージがあるけど、違うのだろうか。
私の考えていることがわかったのか、従兄殿は微妙な顔をしつつ説明してくれた。
「うさぎの獣人で多いのは灰色と茶系が多いかな」
「そうなの?」
ミュミュの方を見て確認してみると、こくこくと頷いた。
「昔はいっぱいいたみたいですけど、この辺ではミュミュの家族くらいです」
「へぇ、昔はたくさんいたのね」
……白いもふもふウサギとか最高よね。今は数が少ないのかぁ、残念。
そんなことを思いながらミュミュの話を聞いていると、従兄殿にお馬鹿で可哀想な子を見る目を向けられた。……え、何?
ミュミュの表情が少し暗くなる。
「白いうさぎの獣人は人気が高く、捕まっちゃうことが多かったそうです」
「ごめんなさい……」
やってしまった。
少し考えればわかるだろうに。辛いことを言わせてしまった。この国では獣人と共存しているが、他国ではいまだに獣人のことを“獣”と呼び奴隷として扱う国も少数ながらある。
私の謝罪にミュミュはびっくりした顔をして、慌てて首を横に振った。
「い、いえいえ! 昔の話は村のおばあちゃんたちに聞きましたけど、今この国では普通に暮らせているのでありがたいって言ってたのです!」
「でも」
「それに、ミュミュはこの国で生まれ育っているので、他の国のことはわからないです。でも、ミュミュはこの国に生まれてよかったと思うのです」
「ミュミュ……」
真っ直ぐにこちらを見る紅い瞳。その言葉に嘘や偽りは感じられない。
思わずぎゅっと抱きしめる。すると、ミュミュもぎゅーっと抱きしめ返してくれた。
***
「王女さま、白うさぎと言えばですね、私たちに伝わる面白いおとぎ話があるのですよ」
「おとぎ話?」
ミュミュが少し沈んでしまった空気を変えるためか、ことさら明るい声を出した。
……なんだろう。月でうさぎがお餅をついている……とかそういう系?
「月の女神さまに愛された白いうさぎの話です」
「どんな話か教えてもらえる?」
「はいっ! えっとですね、むかしむかし、白うさぎの獣人の中でも一番綺麗な毛並みの男の子がいました。その子は薬師の一族だったのですが、ある時恐ろしい流行り病で皆が倒れてしまったのです」
「恐ろしい流行り病?」
「はい。毛が抜けてしまう病で、毛皮がボロボロになってしまったそうです」
「それは恐ろしいわね」
……毛皮がボロボロになってしまうだなんて、なんて恐ろしいの。
もふもふでふわふわの白いうさぎたちがボロボロになっている姿を想像して悲しくなる。従兄殿もさぞや悲しんでいるだろうと視線を向けると、向こうもこちらを見ていたようだ。その目が『残念な子』って言っているような気がした。解せぬ。
他の人の反応も気になったので、護衛たちを見てみると、数人が髪に手を当てて哀しそうな顔をしている。そして残りの護衛たちが従兄殿と同じ顔をしている。
従兄殿がボソッと「主従って似るのかな」と呟いているけど、どういうことかな。
「薬師の一族は来る日も来る日も色々な薬を作ったけどダメでした。病に効かなかったのです」
私たちの様子に気がつかなかったのか、ミュミュはそのまま続きを話し出した。
「そして、とうとう男の子が病にかかりました。抜けていく白い毛を悲しい目でみていた男の子は、ある日夢をみました。
夢の中には銀色の髪に夜色の瞳を持つ、月の女神さまがいらっしゃいました。男の子は女神さまに『どうか皆を助けてください』とお願いします。
女神さまはポロポロ泣き出した男の子の頭を撫でながら言いました。『あなたに私の加護を授けましょう。正しく力を使いなさい』と。
翌朝目覚めた男の子は、加護を受けた証として白い髪が白銀に変わっていました。女神さまにいただいた加護は、薬の効能を高める力。男の子は授かった力を正しく使い、たくさんの人を助けましたとさ。
……おしまいです。どうでした?
ちなみに、今生きている白うさぎは、ほとんどがこの男の子の子孫にあたるので、薬を作るのが得意なのだといわれているのです」
「ありがとうミュミュ。面白かったわ」
話し終わったミュミュは、えっへんと胸を張っていた。うん、可愛い。
しばらく頭を撫でていると、「あ、そろそろ夕方なので帰らなきゃいけないです」と言われた。病気のお母様のためにも早く帰った方がいいだろう。
私はミュミュに妖精を捕まえるために用意したお菓子を包んでもたせた。妖精は捕まえられなかったが、ミュミュと知り合えたので今日のお出かけは大成功だったと言えよう。
こちらに手を振りながら駆け出すミュミュを見送る。
「興味深い話だったね」
「そうね。あの話からすると、宰相も薬を作るのが得意なのかしら」
疑問に思ったことを従兄殿に言ってみる。従兄殿は複雑そうな顔をした。
「まぁ、おとぎ話が本当かどうかわからないけど、あの人はそんなこと関係なく得意な気がする」
「確かに。特に毒薬系とかイイ笑顔で作ってそう。あ、そういえばフィーユとお母様に何かお土産に渡せるものがほしいのだけど、何にしようかしら?」
「王女様……君ってほんと……」
今日は何回こんな感じの目で見られただろうか。解せぬ。
「なによ?」
「いや、まぁいいや。お土産ね……どうしようか」
歩き出した従兄殿に慌てて付いていく。私たちもそろそろ帰らないとまずい。
お土産になるもの……昨日とは違うもので、と考えながら花畑を見渡していると、見覚えのある草が目に入った。
「あら? これも薬草じゃない? お茶に入れるとスーッとするやつ」
「どれのこと?」
「これ」
プチっと摘んで従兄殿に見せる。薬草の勉強をしていたときに何度かお茶に入れて飲んだので間違いないと思う。
「あぁ、本当だ。いくつか摘んでいこうか」
「でも、これだけじゃ寂しいわよね。あと何かもう一つ」
「これだけでもいいお土産だと思うけど。あ、ならあの木の実はどうかな? この季節に採れて焼き菓子に混ぜると美味しいんだよね」
「決定で!」
即答したが、決して私が食いしん坊というわけではない。
日持ちのする焼き菓子を作ってもらい、お父様へのお土産にしたいのだ。
従兄殿が指差した木の実をたくさん採り、遅くならないうちに帰ることにした。
その日の夕食は、熱の下がったお母様やフィーユも一緒にみんなで楽しく食べた。明日にはもうお城へ向けて出発しなくてはいけないので、いっぱい食べていっぱいお喋りした。
お母様からはお父様に向けた手紙を預かったので、私からのお土産と一緒に渡したいと思う。