16.~王女様の休日。三日目~
ふわりと意識が浮上した。
薄く目を開くと、室内はまだ暗かった。どうやら早く起きすぎたようだ。
ぼーっとした意識のまま、ベッドの横を見る。犬用の寝床が置いてあって、リブルが丸くなって寝ていた。昨日私が眠るときにはまだいなかったので、多分夜中に帰ってきたのだろう。
暗い室内のせいで黒く見える犬をぼんやりと見ていたら、視線を感じたのかピクリと耳が動いた。こちらが起きているのがわかったようで、パチリと目を覚まし、起き上がっておすわりの姿勢になる。
「おはよ。王女サマ」
眠気を感じさせない極小の声で挨拶された。
とても寝起きがいいな、と思いながら私も眠気を振り払うように「……おはよう」と小声で挨拶を返す。
昨日はこの周辺を散歩してくると言って私とは別行動をしていた。
さて、散歩という名の情報収集で何か良い情報は集まったんだろうか。
「何か面白い情報はあった?」
「そうだなぁ。やっぱこの領地の治安はいいみたい。あと、王女サマが好きそうなのだと──」
私を見て、楽しげに細められた橙色の瞳にわくわくする。
「どんなのがあったの?」
「“妖精に会えるかもしれない方法”と“妖精に会ったら悪戯されるから気をつけろ”って注意があったけど……聞く?」
「もちろん!」
……うんうん。折角だし妖精には会いたいよね! 面白くなってきたー!
***
「え、今日も行くの?」
「えぇ。今日こそは妖精を見たいなって」
朝食が終わったあと、従兄殿の部屋で食後のお茶を飲みながら、本日の予定を話した。ラナの森の花畑にまた行きたいと言った私に従兄殿は驚いたようだ。
そしてなんとも微妙な顔になった。どうやら従兄殿は二日連続で行くのに乗り気ではなさそうだ。
それなら、と一応提案してみた。
「もし予定とかあるなら、私一人で行──」
「かせるわけないよ。わかってるでしょ?」
すべて言う前に遮られる。
呆れを含んだじっとりした目で見られた。
……ですよね。
そっと目を逸らしたら、『仕方ないなぁ』という感じのため息を吐かれた。そんな私たちのやり取りを聞いていたフィーユが「僕も行きたいです!」と言った。
フィーユを見ると、キラキラした目で頬を真っ赤に上気させている。楽しみなんだろうな、というのが一目で伝わってくるんだけど……。
ちらりと従兄殿に目線を向けると、小さく頷き席を立った。そして、キョトンとしているフィーユの小さな額に手で触れる。
「兄様?」
「……フィーユ、どうやら少し熱があるようだ。今日は大人しく休みなさい」
「そんなっ」
嫌だと目で訴えるフィーユに、従兄殿は優しく声をかける。
「ここで無理をすると、もっと熱が出て、苦~いお薬を飲まなければならなくなるよ?」
「う……」
従兄殿の言葉にフィーユがうなだれる。
きっと昨日の疲れで熱が出てしまったのだろう。
フィーユはお母様と同じように熱が出やすい。残念だけど無理をさせてはいけない。私も立ち上がってフィーユのそばへ行く。
「フィーユ、お土産を持って帰るからゆっくり休んでいなさい?」
「……はい」
しょんぼりしていたので、元気づけるように頭を撫でたら、顔を上げたフィーユが嬉しそうにはにかんだ。
***
昨日の花畑に到着した。
リブルに教えてもらった“妖精に会えるかもしれない方法”を試してみようと思う。私は早速準備を始めた。
「王女様? それは何をやっているの?」
不思議そうな顔をした従兄殿が私の手に持っているカゴを見ている。
「ふっふっふ。これはね、妖精の好きなお菓子と蜂蜜よ」
リブルからの情報は、この花畑で妖精の好物を持っていると向こうから寄ってくるらしいというもの。甘いものを持ってこの花畑にやって来る人は、高確率で甘いもの消失の被害に遭うそうだ。
『妖精は甘い焼き菓子が好き』
『妖精は甘い蜂蜜が好き』
『妖精は甘い香りが好き』
“どんだけ甘いものが好きなんだろう?”と思うが、とにかく妖精は甘いものが好きなようだ。
この情報を聞いた私は、侯爵家の料理人に頼んでお菓子を作ってもらった。侯爵家の料理人が腕によりをかけて作ってくれたお菓子は、見た目も香りも食欲をそそる。絶対美味しい。もし、妖精が現れなかったら私が食べようと思う。
……さて、どうなるかしらね?
「……王女様、流石にそれはないんじゃない?」
「そうかしら。いけると思うけど」
呆れというか、もう諦めの境地に立っていそうな従兄殿が、今日一番の微妙な顔をしている。
どうやら私の作った妖精を捕獲するための罠がお気に召さないようだ。
……私はいいと思うんだけどね。
妖精にバレる確率は上がると思うが、地面に直接置くのは気が引けたので、ハンカチの上に焼き菓子と蜂蜜の瓶を置いてある。もちろん蜂蜜の瓶のフタは取った。
それを見栄えの良い感じに盛り付ける。そして、最後に焼き菓子と蜂蜜が入っていた大きめの丸いカゴにふさわしいつっかえ棒を用意した。棒には紐がくくりつけてあるので、妖精がお菓子を夢中になって食べた瞬間を狙い紐を引く手筈になっている。この計画はどう考えても完璧だ。
前世で雀を捕まえようとして、これと同じ罠を張ったことを思い出す。小さな飛ぶ生き物を捕獲する罠といえばコレだろう。
犬にもこの完璧な計画を話したところ、俯き震え、戦いていた。もちろん妖精に危害を加えるつもりはない。ただ近くで見てみたいだけだ。
私はわくわくしながら罠を見守っていた。
「きゅう!」
妖精がなかなか罠にかからないので、一旦罠から離れて休憩していたのだが、バサリという音と何かの鳴き声(?)が聞こえてきた。
ついに来たかと思い、急いで様子を見に行こうとしたけれど、従兄殿に強い力で手を引かれて止められた。ひんやりと笑っていない笑顔を向けられる。
「王女様……危ない生き物だったらどうするの?」
「そ、そうね。悪かったわ」
ひやっとしたので、大人しくすることにした。
「王女様、こちらの方が罠に掛かっておりました」
私が止められている間に素早く動いていた護衛が白い何かを抱えて戻ってくる。ソレを一目見た瞬間、私に衝撃が走った。
「お、お菓子食べて、ごめんなさいです……」
ふるふる震えるその子は、小さな女の子の獣人だった。やわらかそうな白い髪に紅い瞳をしている。そして髪の毛の間からは、真っ白な垂れ耳がのぞいていた。
垂れ耳がのぞいていた。
真っ白な、垂れ耳がのぞいていた。
……垂れ耳うさぎだ!!!
ギューンとテンションが上がる。
かわいい、かわいい、かわいすぎる、と内心で大興奮していると、私の状態を察したのか従兄殿が落ち着けというように背中をポンと叩いた。
少しだけ我に返り、何度も深呼吸をして感情を鎮める。
小さなうさぎさんは紅の瞳をうるうるさせていた。
……か、可愛すぎる!
妖精を捕獲しようとしたら、可愛らしいうさぎさんが捕まったのだった。