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15.~王女様の休日。二日目~


「王女様、今日の予定は決まってるの?」


 朝食の席で、従兄殿が首を傾げながら聞いてきた。

 この場には、私と従兄殿とフィーユの三人しかいない。従兄殿の言葉に、お茶を一口飲んでから答えた。


「そうねぇ。先ほど聞いたのだけど、まだお母様の熱が下がりきってないそうなの。だから今日は“ラナの森の花畑”にでも行ってこようかと思っているのよ」

「あぁ……あそこか。いいね、綺麗な花がいっぱい咲いていると思うよ」

「あら一緒に行くの?」

「当たり前でしょう。いくらラナの森の浅い場所は安全と言われていても、危険が全くない訳ではないからね」


 従兄殿が呆れた顔をした。

 “ラナの森”……フェアリアータ侯爵領の中にある、恵みに(あふ)れた大きな森。奥へ入りすぎると危険だが、森の浅いところでも薬草や木の実、珍しい花など色々なものが採取できる。

 今回行こうとしている花畑は、ラナの森の浅い場所にあるぽっかりと開けた空間だ。そこには一年中様々な花が咲いていて、たまに薬草なども生えている。

 聞いた話では“ラナの森の花畑では妖精が踊る”などの噂もあった。もし本当に妖精がいるのなら一度はあってみたいなと思う。


 そんなことを考えていたら、フィーユが新緑の瞳を輝かせながら口を開いた。


「僕も一緒に行きたいです!」

「ダメだよ、フィーユ」


 私が返事をする前に従兄殿が答えた。


「何でダメなんですか兄様」

「だって可愛い君が外を出歩いていたら、人さらいに遭うかもしれないじゃないか!」

「え? 人さらいがでるの?」

「出ないよ。この近辺にそんな不届き者がいるはずないでしょ」


 反射的に疑問を口にしたら、従兄殿から残念な子を見るような視線をもらってしまった。


 ……そりゃそうよね。きちんと普段から見回りとかをしてるらしいし、私が来ることになって、さらに念入りに対策をしたみたいだし。


 つまり、ただ弟愛が爆発していただけだった。愛が重い。


「ならいいじゃないですか! 王女様と一緒なら危険などないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「そうよね。フィーユも一緒に行きましょうか」

「ちょっ、王女様!?」


 ぎょっと焦る従兄殿に、にこりと笑顔を向ける。


「ふふ、貴方の負けよー。あんまり閉じ込めると嫌われちゃうわよ?」

「…………わかりましたよ」

「兄様……! 嬉しいです!」


 ほんっとーに渋々と、不機嫌な顔で従兄殿が了承する。

 しかしフィーユの笑顔で即行機嫌の直る従兄殿。弟限定で簡単な男だ。

 どうせなら昼時に着くように行って、向こうで昼食を食べようとピクニックを提案すると、二人とも笑顔で了承してくれた。



***



「わぁ、きれー」


 私は目の前の景色に感動した。

 見渡す限りの花、花、花。色とりどりの花々が、陽の光を浴びて美しく咲き誇っていた。風と共に舞う花びらを眺め、届けられる香りを楽しむ。


 ……何度来ても感動するわー。ここなら本当に妖精がいそうよね。


 まぁ、妖精を見たことなんて一度もないが。


「王女様……はいこれ」


 従兄殿が一輪のダリアに似た花を私の口もとを隠すように差し出した。

 どうやら目の前の景色に魅入るあまりに口が少々開いていたようだ。


「あら……どうも、ありがとう。おほほほ」


 受け取った花と手で口もとを覆い、誤魔化すように笑っておいた。従兄殿は仕方なさそうな顔で笑い、私の手から花を抜き取って髪にさしてくれた。


「こちらの方がいいね。とてもよくお似合いですよ、王女様」

「ありがとう」

「あー! 兄様だけずるいですよ。王女様、僕もお花をあげたいです」


 頬を紅潮させてこちらを見るフィーユはとても可愛かった。

 思わず頭を撫でてあげたくなったが、私が撫でるより早く従兄殿が撫でていた。……早いよ!


「ではフィーユ。一緒に花冠を作りましょう? それで私が作ったものを貴方にあげるから、貴方が作ったものを私にちょうだい?」

「はいっ! 王女様に似合う花冠を作りますね」


 嬉しそうに笑うフィーユを見ると、こちらまでつられて笑顔になってしまう。


「二人とも、遊ぶのはご飯を食べてからだよ」

「「はい」」


 従兄殿のにっこりとした圧力のある笑顔に、私とフィーユは同時に頷いた。


 ちょうどいい木陰を見つけたので、そこに敷物をひいて食事の準備をする。今回は簡単に食べられる軽食と焼き菓子を多目に作ってもらった。

 外で親しい人たちと食べるご飯は、何故かいつもより美味しく感じる。

 従兄殿のところの料理人が作ってくれた軽食をもぐもぐ食べながら景色を楽しむ。


 ……平和だなぁ。物騒なフラグも立ってないし。お花綺麗だし。蝶々が花の上を跳んでるし。……んん? なんか今おかしかったな。


 蝶々が……跳んでいる?

 飛んで、ないね。跳んでるね!

 なんか変なのを見つけた。


 赤から白、白から黄色の花の上を蝶々がぴょんぴょん跳んでいっている。

 急いでおかしな蝶々(?)を見に行こうとしたのだが、従兄殿に袖を引っ張られた。


「どうしたの王女様。急に立ち上がったりして」

「ちょ、今、すごい変なのがいたの」


 興奮して捲し立てる私に、従兄殿が訝しげな顔をする。


「変なもの? よくない虫とかだと困るから、近づいたらダメでしょ」

「えっと、違うの。蝶々が跳んでたの」

「蝶は飛ぶものでしょ」


 漢字が違う。うまく伝わらなくてもどかしい。


「違うのよ! ぴょんぴょん跳んでたの」

「え?」

「絶対変よね。だから近くで見てみたくって」


 拳を握って力説する。もしかして、もしかすると、あの変な蝶々は妖精だったりするんじゃないのか。前世で妖精といえば、蜻蛉のような翅か蝶々のような翅が定番だった気がする。


「……その蝶、どこにいるの?」

「あの辺りの黄色い花に……あれ?」


 先ほど蝶々がいた場所へ、バッと勢いよく指をさす。しかし、そこには風に揺れる花だけがあった。


「う、うそ。いなくなっちゃった?」

「見間違いとかは」

「ないわ!」

「そう……またそのうちに出てくるんじゃない?」


 私が従兄殿と話している少しの間にどこかへと行ってしまったようだった。

 がっかりした私は食事を再開した。



「僕も見てみたかったです」


 フィーユがわくわくした顔で言った。

 ご飯を食べ終わった私とフィーユは、周囲にある花を編んで花冠を作っている。従兄殿は私たちのそばに座り、にこにこしながら見ているだけ。

 そこで先ほどの不思議な蝶々の話で盛り上がっているのだ。


「あの蝶々……もしかしたら妖精だったんじゃないかと思うのだけど、フィーユはどう思う?」


 私のこの言葉に従兄殿は『何言ってるの?』って顔をしたが、フィーユは「僕もそう思います!」と純真な笑顔を見せてくれた。……どこかの従兄殿とは大違いだね。

 そんなことを思いながら花を編んでいたら、花冠にするには長くなってしまった。『大丈夫かな?』と思いつつ、ほどくのも勿体無いので、輪を完成させる。

 持ち上げてみたら、やはり長かった。


 ……うん。完璧長さを間違えたね。これじゃ花冠じゃなくて花輪だね。


「はい、従兄殿」

「え?」

「ちょっと長さを失敗したから、従兄殿にあげるわ」


 差し出した花輪をみてきょとんとしていた従兄殿が、私の言葉を聞いて変な顔をした。


「君……そういうとこ雑だよね」


 ……悪かったわね雑で。




 フィーユには勿論完璧な花冠をあげた。


「はい。フィーユ」

「ありがとうございます王女様」


 ふわりとフィーユの淡い金髪に花冠を乗せる。

 白い花を中心に編んだ花冠は、清楚で美しい仕上がりになった。

 はにかんだ笑顔で花冠を乗せる姿は、フィーユこそが花の妖精のようだった。


「ふふ。似合うわよ」

「僕も……王女様に似合うように一生懸命編みました」


 そう言ったフィーユに渡された花冠は、淡いピンク色や黄色の花を編んだ可愛らしいものだった。所々に香りの良い小さな白い花が編み込まれている。見た目だけじゃなく香りまで気を使ってるなんて……フィーユ、恐ろしい子!


「……どうでしょうか」

「すごい可愛いわ! それに良い香り!! とても気に入ったわ。ありがとうフィーユ」

「気に入ってもらえてよかったですっ」


 正直な気持ちでお礼を言ったら、フィーユもパァッと顔を輝かせて喜んでくれた。可愛いなぁ、と思いながら私はもらった花冠を頭に乗せる。


「あとはお母様に花束を作りたいと思っているのよね。フィーユ、手伝ってくれる?」

「はい! では綺麗な花を探してきますね」


 フィーユが子犬のように駆け出した。


「フィーユ! あまりはしゃぐと体調を崩すよ」

「兄様、大丈夫です。わかってまーす!」


 フィーユと従兄殿の二人を見ていると、とても微笑ましい気持ちになる。仲の良い兄弟だ。多少、従兄殿の気持ちが重たいが。

 よし、私もお母様へ最高の花束を作ろうと歩きだしたところで、従兄殿に止められた。


「待って王女様。花冠が曲がっているよ」


 私の正面に立った従兄殿が、そっと花冠を持ち上げ、位置を調整してから頭の上に乗せ直してくれた。


「曲がってた? 直してくれてありがとう」

「どういたしまして。……これはもういいかな?」


 微笑んだ従兄殿が髪にさしていたダリアに似た花を引き抜こうとする。私は慌てて従兄殿の腕をつかむが、花は引き抜かれてしまった。


「え、なんで抜いちゃうの」

「花冠を乗せてるんだし、あっても邪魔じゃない?」

「邪魔じゃないよ。勝手に抜かないでよもー」


 むーっと睨むと、困った顔をして謝ってきたので、許してあげることにした。

 すぐに花を戻してくれるのかと思ったら、従兄殿は周りを見回して何本かの花を手折った。

 そして器用に動く指先を見ていると、あっという間に可愛いらしい花の飾りができた。


「さっきは本当にごめんね。折角だから、いくつか花を編んで飾りにしてみたよ。どうか機嫌を直して? 王女様」

「……いいわ。じゃあ、つけてくれる?」

「了解。ちょっと動かないでね」


 その花の飾りを器用に服につけてくれた。この短時間で、服やフィーユからもらった花冠に似合う花の飾りを作った従兄殿。


 ……この兄弟、器用すぎじゃない?


 ちらりと従兄殿の首にかかっている花輪を見る。出来は悪くない。むしろ十歳の女の子が作ったにしては上手な方だろう。だけど……。


 別に勝負などしていないが、なんか負けた気がした。



***



 その日の夜に、ようやくお母様の熱が下がったようだ。知らせを聞いた私は、早速お母様のもとへ向かった。

 お母様は、前回会った時よりも少し痩せてしまったみたいだった。でも、私に向ける優しい微笑みは変わらない。

 きちんと挨拶をしてから足早に寝台に近づく。


「お母様……」

「久しぶりですね。背が伸びたのではないかしら?」

「はい。少しずつ伸びています」


 私の成長を確かめるように、温かな手のひらで頭を撫でられる。


「ふふ。ふわふわの髪の毛は変わらないわね」

「侍女が毎回丁寧にお手入れをしてくれています」


 もっと撫でてほしくて手のひらに頭をこすりつける。

 久しぶりに会えたお母様に甘えることにした。会えない間の出来事や、今日の話など、尽きることなく話題が(あふ)れる。お見舞いの花束はとても喜んでくれた。

 夢中になっておしゃべりをしていたが、笑顔で話を聞いてくれているお母様の顔色が、少し悪くなっていることに気がついた。


 ……やば、ずいぶん長い間おしゃべりしてしまったわ。


 まだまだ話したいことはたくさんあったけれど、お母様の体調が優先だ。


「お母様、名残惜しいですが、そろそろおいとましますね」

「あら……もうそんな時間? つい楽しくって時間がすぐに過ぎてしまったわね。会えて嬉しかったわ。また明日も来てくれる? 私の妖精さん」

「はい、私も会えて嬉しかったです。明日も来ますのでゆっくり休んでくださいね、お母様」

「えぇ、貴女もゆっくり休んでね。おやすみなさい」


 お母様にふんわりと抱きしめられ、額におやすみのキスをされる。やわらかい腕と優しい香りに包まれて、心がほっとした。


 ……あぁ、ここに来てよかったな。


 ぽかぽかした胸に手を当てて、お母様の部屋を退出した。


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