13.~王女様と休日の計画~
ガルブ王国から無事に戻ってきてから数日が経った。
お父様へ帰還の挨拶に向かったとき、初めての外国で色々あったからか、「公務は調整しておいたよ。しばらくお休みをあげるので、ゆっくりしなさい」と言ってくれた。第五王子のことは報告が上がっているようだ。お父様の笑顔に迫力があり、周囲の側近達の笑顔は少しだけひきつっていた。
……うん。そんなすがるような目で見られても困るよね。
私は礼儀正しく見ないふりをして退出した。
なんと二週間ほどお休みをいただけたので、お母様に会いに行くのはどうだろうかと計画を立てる。特に王都はこれから暑くなるので避暑にもピッタリだ。お母様の実家がある領地は、“森と水に愛された地”と言われている。自然が豊かで涼しい土地なのだ。お母様にも久しぶりに会えて、さらに涼しいなんて最高の休日になると思う。
侍女にお父様への報告と荷造りを指示し、護衛にもお母様のもとへ旅行することを告げておく。これで旅程表を作ってくれるはずだ。
私自身がしなくてはならないことは特に無くなったので、図書塔に本を借りに行くことにする。
本日の図書塔は利用者が少ないようだ。
閑散とした図書塔内部を歩きつつ、そんな感想をもつ。今日は双子に会えるかしら、と思っていると……
「──こら、動くんじゃない」
「はい。兄上」
……ん? 書棚の奥の方から話し声?
低い声で聞き取りにくかったが、聞いたことのあるような声な気がする。
ひょいっと書棚の向こう側を覗き込んでみる。すると、そこにいたのは図書塔の双子だった。
それ自体はおかしくないが、構図がおかしかった。
壁際に立っている双子弟のアルディと、その正面に双子兄のアウイルがいる。
顔も身長も同じくらいの双子なのだが、二人が並んでいるのを見ると兄の方が少し背が高いような気がする。今、その兄は左手で弟の肩を掴み、右手で白藤色の髪の毛を撫でるように手を置いていた。
この双子でなければ、妖しい関係かと誤解してしまいそうだ。
「……二人とも、何してるんです?」
「王女様」
「申し訳ありません。お見苦しいところを」
私が声をかけたことでこちらに気づいた二人は、さっと離れてから優雅に礼をした。二人のまったく同じ動きに感心する。さすが双子だ。
「いえ、それはかまわないですよ」
にっこり笑って許すと、アウイルは微かに安堵した表情をみせた。そして「お恥ずかしながら……」と先ほどの光景の理由を教えてくれた。
「実は、アルディの髪の毛が二ミリ跳ねていたので直していたのです」
……だよねー。そういうことだと思ったよ!
私は心の中で、久しぶりに会った双子に全力でツッコんだ。
***
ガルブ王国から帰ってきてからこの双子と会ったのは初めてなので、久々にお喋りをしたいなと思った。私の方は自由時間だったので、二人にこのあと時間があるか訊いてみた。二人とも大丈夫なようなので、図書塔にある休憩室の一室を使いお茶をすることにした。メイドにお茶を用意してもらい、全員席につく。
何から話そうかな、と考え、まずはお礼を言うことにする。アウイルとのキッチリした勉強のお陰でガルブ王国で助かったことが多かったのだ。
「そういえば、アウイルにお礼を言おうと思っていたのです」
「お礼ですか?」
お礼を言われる心当たりがないのか、アウイルは白藤色の髪をサラリとゆらしながら首を傾げる。
「えぇ。あなたとガルブ王国の勉強をしたお陰で、あちらで随分助かりました」
「あぁ、なるほど……王女様はガルブ王国に行っていたのですね。お役に立てたのならよかったです」
アウイルはほんのりと微笑んだ。勉強したことが役に立って嬉しそうだ。すると、隣に座っているアルディが好奇心を瞳に浮かべながら質問してきた。
「王女様は、確か初めて国外に出たのでしたよね。他国はいかがでしたか? 楽しかったですか?」
「そうですね……」
楽しかったは楽しかったが、色々あって疲れた。あ、でも、帰る前に銀髪碧眼の第三王女、クリスティーン様と文通をする約束をすることができたのは嬉しかった。
さて、なんて答えようかと考えていると──
「──ハッ! 申し訳ありません王女様。余計なことを申しました!」
アルディが即行で謝ってきた。優しげな顔が曇り、勿忘草色の瞳が雨に濡れたように沈んでしまっている。自分の好奇心で、答えにくい質問をしてしまったと後悔しているようだ。
……早いよ! 何て言おうか考えていただけなのに!
「アルディ、もう少し待ちなさい」
しかし、私が口を開く前にアウイルがアルディをたしなめた。
おや? と意外に思っていたら、アウイルが真面目な顔でこう言った。
「王女様には、返答に一秒かかるという癖があります。もう少し余裕を持ちなさい」
「兄上……」
……ちょっと待って! それは癖じゃなくて普通だよ!?
この双子と話しているとツッコミが追いつかない。
誰かもう一人ツッコミが欲しいところだ。
とりあえず、言ってもかまわない当たり障りのない話をした。
向こうでは品種改良が盛んだけど、どうやら研究のための予算が少ないようだとか、各国の大使と色々なお話しをさせてもらい、とても勉強になったとか、ガルブ王国の三人のお妃様はみんなタイプが違っていたけど美人だったとか。
事件はなかったことになっているので、それ以外の印象深かった出来事を話しておいた。
アウイルとアルディは相づちを打ちながら楽しそうに聞いてくれた。たまにツッコミたいことを言ってくることもあるが、二人は意外と聞き上手だった。
「王女様は、ガルブ王国で色々な経験をされたのですね」
アウイルがしみじみと言った。アルディも兄の言葉に頷いている。
「えぇ。得難い経験だったと思います」
死亡フラグがなければもっとよかったけれど、ガルブ王国での出来事はいい経験になった。なんと言っても女の子の文通相手ができたのがデカイ。お母様のところへ行ったら、早速クリスティーン様にお手紙を書こうと思う。
ガルブ王国での話は一段落したので、お茶を一口飲む。そこで、休暇をもらった話もついでにしておこうかと口を開いた。
「それでですね、ガルブ王国で色々あったのでお父様がお休みをくださったのです」
「お休みですか?」
「えぇ。そこで、折角のお休みなのでお母様のもとへお見舞いに行こうかと思っているのです」
「そうなのですか。それはお喜びになられるでしょうね」
「ふふ、向こうには従兄もいるので、久しぶりに会えるのが楽しみです」
「あぁ……あの有名なご兄弟ですね」
「有名、ですか。それはどのような話ですか?」
首を傾げる。あの従兄弟たちはそんなに有名だったのか。確かにキャラは濃いが。私は聞いたことがなかったので、どんな風に有名なのか聞いてみた。
すると、アルディが少し考えてから答えてくれた。
「わたしが聞いた話だと、薄幸の美少年である弟君のお身体が弱く、兄君がとても心配しているとか」
……それね。本当はただの過保護なブラコンだけど。てか薄幸の美少年?
顔に力を入れ、私は微笑む。いきなりツッコミどころが。従弟は確かに美少年だけど……薄幸か? まぁ、ブラコン兄のせいである意味不幸かもしれないけど。
「……まぁ、そうですね。従弟殿は体調を崩しやすくはありますね」
「あと、ご兄弟仲がとてもいいと評判ですね。一日のほとんどを一緒に過ごしているとか」
「兄弟仲がよろしいのは良いことですね」
「……そうですね」
……それね! 重度のブラコンの従兄が溺愛しすぎてヤバイんだけどね。愛が重いよ。
口には出せないので、心の中でツッコミまくった。
従弟殿の方に会うのは本当に久しぶりだ。大丈夫だろうか。体調を心配する従兄殿に監禁とかされてないか心配だ。
従兄弟たちに会うのが楽しみなような不安なような……そんな気分になりながら、この日の図書塔でのお茶会は終了した。