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閑話.とある胃の痛い外交官の話。


 胃が痛い……。


 ガルブ王国の外交官をしている私は、出身が侯爵家ということもあり、今までそれほど苦労せずに過ごしてきた。

 しかし順風満帆だった私の人生が狂ったのは、高給取りでその後の人生も約束されているはずの外交官になってからだった。

 知識も経験も豊富な先輩外交官と共に各国を回り、ある程度経験を積めたのは幸いだったと思う。だけど……リヴァージュ王国担当の前任者が体調不良で突然引退し、私がリヴァージュ王国の担当に選ばれたとき、喜んでいないで全力で逃げておけばよかったと今なら思う。

 そう。リヴァージュ王国の宰相閣下に出会ったことが、私の胃痛人生の始まりだったのだ…………。


 リヴァージュ王国の担当一年目、宰相閣下に言葉巧みに関税を引き上げられてしまった。外交官一同涙目。私はこのときから胃痛持ちになった。

 リヴァージュ王国の担当二年目、外交官みんなで知恵を出し合い宰相閣下対策をし、関税を何とか引き下げてもらおうとするが、奮闘も空しくガルブ王国に厳しい結果に。胃が痛い。

 リヴァージュ王国の担当三年目、話し合う前から胃が痛いが私たちは健闘した。……現状維持は快挙だと思う。我々は頑張った。そして前任者が体調不良で突然辞めたのも理解できた。できれば私も辞めたい。


 ……あぁ、幼い頃に読んでもらった童話はこういうことだったのか。今さらながら納得だ。


 リヴァージュ王国の担当になってから白いウサギが苦手になった。




 私は憂鬱な気持ちのまま、これから会議が始まる部屋の扉を見る。

 いつもなら重厚なつくりのこの扉を開く時は誇らしい気持ちを胸に抱いているのに。今日だけは開けたくないと思ってしまうのはいけないことだろうか。

 しかし、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。

 帰りたくなる気持ちに蓋をして、重たい扉を開くと──リヴァージュ王国の使節団の中心でウサギが笑っていた。


 ……あぁ、胃が痛い。


 帰ってもいいだろうか。



***



 今回の事件は表沙汰にはしないことで両国が合意した。

 普通なら戦争ものだが、もし戦争をしたとしても我が国では勝てないので、必死に交渉した。胃がキリキリする。向こう側からの圧力が凄い。でも頑張る。

 宰相閣下が薔薇を握り潰したり、第五王子の顔面を鷲掴みにしていた場面は“虫がついていたから”で処理することになった。……大丈夫かこれで。考えるだけで胃が痛い。

 背後関係は徹底的に調べて報告することになった。

 そして、その他色々な条件を出されたがすべて呑む。こちらが呑むことができるギリギリの条件ばかり。絶対にこの条件を考えたのはリヴァージュ王国の宰相閣下だろう。だけど戦争するよりはいい。胃が痛いけど。


 ……あぁ、かなりむしりとられてしまった。ツラい。


 それもこれも第五王子が暴走したせいだ。

 リヴァージュ王国の第一王女様を暗殺しようとしただなんて、命知らずもいいところだ。事件を知らされた陛下たちも頭を抱えている。現在、第五王子の教育係の男が唆したことまではわかっている。王族としての教育が始まってからのここ数年で、教育係の男は周囲に気取られないようにじわりじわりと第五王子に“王様になりたい”“自分が王様にふさわしい”と思うように思考を誘導していったようだ。

 そして今回、“自分が王様になるためにリヴァージュ王国の第一王女様を亡き者にしなければならない”と思い込ませた。

 背後関係はまだ調査中だが、教育係の男の後ろで糸を引いている存在がいると思われる。


 ……第五王子を唆して、リヴァージュ王国の第一王女様を暗殺して得をする人物……か。戦争でもしたいのか? それとも他に何か理由があるのか。


 とりあえず、第五王子を唆した奴らは極刑だろう。

 第五王子は徹底的に再教育を施してから他国に婿に出すか、無理そうなら自国の女性貴族へ……ということになると思う。


 ……うぅ、また胃が痛くなってきた。


 薬を飲もうか……いや、そういえばリヴァージュ王国の王女様にお会いしたときにいただいたお茶があったな。

 ガルブ王国から出立する前、王女様は優しい微笑みを浮かべながら私に茶葉をくださった。妖精のように美しいと評判の王女様。その優しい笑顔に癒されたのを思い出す。「よく効きますよ」との言葉は意味がわからなかったのだが、あとで調べてみたら、この茶葉は疲れをとり胃痛を和らげてくれる効果があると薬師に言われた。

 そう。胃痛を和らげてくれる。


 ……王女様! 貴女の気遣いがとても嬉しいです! あぁ……王女様のいるリヴァージュ王国へ亡命したい──ハッ! いやいやいや!! 王女様もいるがあそこの国には胃痛の元凶もいる!!


 危なかった……。うっかり自分から魔の口へ飛び込むところだった。

 疲れていると正常な判断ができなくなるな。

 メイドにお茶を準備してもらう。淹れてもらったカップから、ふわりと優しい香りがした。この香りを嗅ぐだけでも精神的に癒される気がする。確かに胃によさそうだ。


 これを飲んで今日はもう寝よう。

 そして明日からまた仕事を頑張ろう。


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