11.~隣国ガルブへ(中編)~
第四王子の自慢話は、庭園の事から王子自身のことまで長々と続いた。
だけど、特に問題は起こらなかった。ある程度庭を案内してもらったら、晩餐の時間が近づいてきたので迎賓館まで送ってもらい、部屋に戻ってきた。
庭園は見事だった。
王子は微妙だった。
……うーん。思いっきり怪しいから警戒していたけど、怪しい素振りは特に何もなかったわね。
いや、何事もなくていいのだけど、フラグはまだ折れていない。警戒はしておこう。とりあえず、リブルに迎賓館の周辺に怪しいものがないか調べてもらうことにして、私は晩餐会のためのドレスに着替えることにした。
初めての他国での晩餐会も恙無く終了した。毒を仕込まれたりとかもなかった。
あとはもうゆっくりして寝るだけだ。
第一王子の婚約披露の式典まであと数日。
私の明日からの予定はガルブ王国の王族や有力貴族たちと顔合わせがてらお茶会をして情報を得ること。
あとは庭園を散策するか、城を探検してみようと思う。
明日にでも、この部屋付きの使用人にオススメスポットを聞いてみよう。
***
朝、いい天気だったので散策することにした。
いつもの護衛を連れて、昨日とはまた別の庭園を歩く。こちらの庭園は珍しい花ばかりを集めているのか、見たことのない花が多い。ほのかに香る甘い匂いを楽しみながら、この国の王族のことを思い返す。
この国ってホント王族が多いよね。うらやましい。
だって五男三女の八人兄妹だよ?
王様、お妃様方を含めると十二人家族。傍系まで含めると、もっと人数が増える。凄すぎるわー。
この中で会ったことがあるのは、最初に挨拶をした王様、お妃様方、今回婚約する第一王子、庭園で会った第四王子の六名。
やはり王族なだけあって、みんな美形だった。
まず王様は精悍な顔つきの偉丈夫で、正妃様は癒し系ほんわか美人。第一王子は正妃様を男にしたようなやわらか癒し系。第二妃様は口元のほくろがセクシーなお色気美女。そして、第三妃様は……キツメな顔立ちのゴージャス美人な悪女顔。
……第三妃様は、なんかいかにも“悪事を企んでます”的な顔に見える。
いやいや何も証拠はない。
私の勝手な想像だ。
怪しいと思いながら見ていると、すべてのものが怪しく見えてしまう。いけないいけない。
この日の昼餐会では王様、正妃様、第一王子に他国の大使たちと顔を合わせ、内心緊張しつつも無難にこなすことができた。
……まだまだ他国の大人と話すのは緊張するなぁ。
午後は迎賓館内で過ごした。
宰相と一緒に知り合った他国の大使とお話ししたり、迎賓館に図書室があると聞いてどんな本があるのか覗いたり、明日のお茶会の予定を決めたりと忙しく過ごした。
途中、リブルに迎賓館やお城にある抜け道を教えてもらったが、使わないことを祈る。
***
次の日、第二妃様に誘われて、第二王子と第三王子も一緒にお茶会をすることになった。
テーブルには色とりどりの食べやすいサイズに切られたケーキに宝石のような焼き菓子など、とても美味しそうなお菓子が準備されていた。
一通り挨拶が終わったあと、二人の王子に甘いお菓子をすすめられる。もちろん毒味済みだ。
「王女様、こちらのケーキなどはいかがですか?」
「いえいえ、こちらの焼き菓子も絶品ですよ。是非王女様に味わっていただきたいですね」
「こらこら貴方たち。王女様が困ってしまいますよ」
右に座る第二王子が可愛らしいケーキをすすめると、
左に座る第三王子が焼き菓子をすすめてきた。
そして正面に座る第二妃様は息子を止める姿も色っぽく見える。うらやましい。
両側の王子たちも、さすが第二妃様の血を引いているだけあって、ただそこに座っているだけで……エロ……いやいや、色っぽかった。
第二王子は少し癖のある銀髪に海のような青い瞳。麗しいお顔はにこやかに笑ってはいるが目の奥は笑っていない、油断のならない相手だ。
じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな青い瞳から視線を外し、左側を見る。
第三王子は真っ直ぐな銀髪がサラリと腰の辺りまであり、紫水晶みたいな瞳が妖しい魅力の、線の細い美形だった。
……しかしこんな見た目だけど、第三王子は軍に所属するバリバリの武闘派だったはず。
人は見た目によらないな、と改めて思う。
あと今日のお茶会にはいないが、この二人の王子に第三王女を加えた三名が、第二妃様のお産みになったお子様たちだ。
……スゴいなー。何がスゴいって、三人も産んだように見えない第二妃様がスゴい。今並んで座っているところを見ても姉弟にしか見えないところもスゴい。
若さの秘訣はなんなのか訊いてみたいけど……うん。無理だね。
話題は我が国や他国の話からこの国の様々な特産品など多岐にわたった。
にこやかに話をしつつも時折まざるマイナーな話にこちらの知識をさりげなく試されているのを感じる。
……なんとも気の抜けないお茶会ねー。前世では王子様とお茶会とか、心踊る言葉だったんだけど……現実になるとこうなのかぁ。
余計な情報を漏らさないか、ヒヤヒヤしつつも無事お茶会は終了した。
お茶会のあとは、部屋で本を読んで過ごすことにした。
迎賓館の中にある図書室から気になる本を数冊借りたのだ。
『ガルブ王国の歴史』
『この国に咲く花図鑑 ーガルブ王国編ー』
『本当に怖いガルブ童話』
今日はこの三冊を読んだ。
歴史書などは、同じ事柄でも国が違えば書いてあることも違うので面白い。色んな視点で物事を見る勉強にもなる。
自分の国との差違を楽しんだ。
……宰相の事が極悪に書かれていたけど、ここの図書室に置いておいていいの? 本人に見られたらヤバくない?
そっと図書室に戻しておいた。
花図鑑は絵と説明文が書いてあって、花が好きな私は夢中になって読んだ。
花図鑑によるとガルブ王国では一部の研究者が品種改良を盛んに行っているようで、花の色や種類が豊富だった。しかしあまり国に認められてはいないそうで、苦しい資金繰りの事が後書きに書いてあった。
……え、そんなにぶっちゃけていいの!?
出資者募集中らしい。
三冊目は童話だ。怖いみたいだが、他国の童話はなかなかお目にかかれないので、ワクワクしながら本を開いた。
『白いウサギが笑顔でやってきます。すると、恐ろしいことに──』
本を閉じた。
***
翌日もお茶会である。
「王女さま、お砂糖をもう一ついかがですか?」
にこにこ笑ってお砂糖をすすめるのは第五王子だった。
本日のお相手は、第一王女に第三王女、第五王子の三人。
第一王女と第五王子は正妃様を母にもつ、第一王子の同母兄弟。
さすが同じ遺伝子をもつだけはある。第一王女はふわふわの金髪に空色の瞳が可愛らしい、春の妖精のような方だった。
次に、昨日会えなかった第三王女は、ゆるやかに波うつ銀髪に冬の海のような青い瞳の、お人形のように整った顔立ちだった。
自己紹介をして第三王女に対して最初に思ったことは──第二妃様の血を引いているのにエロくない!?──だった。
どうでもいいことに衝撃を受けた。
そして、第一王女と同じ色彩の第五王子は、やわらかい顔立ちの中で好奇心に瞳が輝く、天使のように愛らしい王子だった。
……ヤバい天使だ。リアル天使がいる!
しかもこの天使、私に超なついてきた。可愛い。
末っ子で甘えん坊体質なのか、こちらを見上げる青い瞳には“かまってかまって”と書いてある。
「はい。ではもう一つだけ、お砂糖をいただきます」
私がそう言うと、ぱぁっと顔を輝かせて角砂糖を一つティーカップに入れてくれた。
昨日とは違って、本日はほのぼのとしたお茶会になった。
第一王女がおっとりと話題を提供し、私や第三王女がさらに話を広げたり、第五王子が突っ込みを入れたり……なんか女子会みたいなノリだった。第五王子は男だけど。
第五王子は薔薇が好きなようで、色々な薔薇の話で盛り上がった。
私も薔薇が好きなのでとても楽しい時間を過ごせた。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。ふと、窓から見える太陽の傾き具合をみて、そろそろ次の予定のために部屋に戻らなければならない時間である事に気がついた。
「名残惜しいですが、そろそろお暇いたしますわ」
「あら、もうこんな時間ですわね」
「時間が経つのが早かったです」
私が暇乞いをすると、第一王女はおっとりと首を傾げ、第三王女は少し残念そうな声色になった。
……いやぁ、楽しい時間って過ぎるのが早いよね。
私ももっと話がしたかった。
「私もそう思います。楽しいひとときをありがとうございました」
「あ、王女さまお待ちください!」
「なんでしょう?」
退出しようと思ったら、第五王子に呼び止められた。
「本日は凄く楽しかったです。それで……舞踏会の時に特別な薔薇を贈りますので、楽しみにしていてください!」
「特別な薔薇?」
「はいっ。滅多に見られない美しい薔薇です」
「それは嬉しいです。楽しみにしていますわ」
笑顔で第五王子と約束し、退出した。
……うん。今回のお茶会はとっても楽しかったわ。えぇと、次の予定まで少しの間部屋で休憩ね。
私はほのぼのとした気持ちで迎賓館の部屋に戻った。
──深夜。
なんだか眠れなくて、ベッドでごろごろしていたら……
ピロリン♪
▼ガルブ王国の王子による暗殺計画が進行中。回避推奨。
……フラグはまだ折れてないの、ね。
ここ数日滞在して、王子全員と会った。
ふんわり癒し系の第一王子。
何気ない仕草すら色っぽい、お色気系第二第三王子。
鋭い瞳の俺様系第四王子。
そして、天使のように愛らしい第五王子。
今のところ怪しい素振りはないけれど、果たしてどの王子が犯人なのか。
明日、運命の婚約披露の式典が行われる。




