空飛ぶねずみ
小さな島に、巨大な難破船が漂着した。
大きな大きな木造船は、マストも折れてそこかしこが穴だらけ。これでどうして沈まないのか不思議なくらいだ。
中には誰もいないし、動物すらいない。沈みかけの船からは、ねずみすら逃げ出すものだ。
ただし、着底すれば話は別。入り江の浅海に乗り上げると、小さな小さなねずみたちが砂浜から泳ぎ着き、たくさんたくさん入り込んだ。
エサはない。
それでも長年漂流し続けた船体には、微妙な味が染み込んでいた様子。ねずみたちはカリカリかじりはじめた。
船に一体どれぐらい入り込んだのか、入り江にねずみたちの合奏が響く。
カリカリ、カリカリ。
それは生命の鼓動。
その物音を聞き付けて、さらにねずみたちが入り込む。
カリカリ、カリカリ、カリカリ。
だんだん大きくなる侵食の無気味な響き。まだまだ、まだまだ大きくなる。すでに音はカリカリから、弦楽器を激しくこすり弾くオーケストラのクライマックスの様相を呈していた!
やがて、折れて短くなっていたメインマストがぐらりと傾くと根元から折れ、ばしゃんと水面を叩いた。船首では、薄汚れていたがそれでも美しく飾られていた乙女の像が外れ、頭から身投げした。ねずみたちの侵食はまだ止まらない。
その晩、不意に着底していたはずの船が揺れた。ギギギギ、ザバリと、新たな楽章を迎える。
一つ、身震いするように巨体が揺れた。
同時に、海面から浮き上がる。
――空へ!
船はぱらぱらと木屑をまき散らしながら、どんどん宙に浮かんでいく。
難破船は、空飛ぶ船だったのだ!
底には大穴がある。その穴から、淡く光る星が見える。
ねずみどもは相変らず、食んでいる。食べかすの木屑がぱらぱら落ちる。
ジリジリと軽くなる巨大な難破船。
ジリジリと、空へ。
高く、高く――。
だから、晴れの日でも傘を手放してはいけない。
きつねの嫁入り……いや、ねずみの雨まであと数フィート。
ねずみの死体が大地を広く被うだろう。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
深夜真世名義で他サイトに発表済みの旧作品です。
崩れ落ちつつも空へと還る船の様子と命を終えるねずみたちの光景をお楽しみください。