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死んでそしてゾンビになってそれからそれから  作者: 六十月菖菊
人形姉弟とゾンビの第1章
4/4

会いました。

がちゃんと投下。

 

「―――その眼鏡は伊達(だて)か?」

「開口一番のセリフがそれでいいんですか?」


 それが、私とグリフさんとの出会い頭の会話。

 なんとまぁ間の抜けたやり取りだと自分でも思う。


「貴方は誰ですか?見たところ人間ではなさそうですが」

「そういうお前も生きた人間じゃないだろう。生気が感じられない」


 おや、と私は思わず感嘆の声を漏らした。


「よく分かりましたね。いかにも、私はゾンビです」

死人(ゾンビ)か。通りで顔色が悪い」

「血が少ないんで当たり前なんですけどね。

 それより質問に答えていただけます?貴方は()ですか?」


 物置小屋。雑多としたその空間の隅の隅にあるガラクタの山に、彼は背を預けるようにして座っていた。

 我が故郷では見慣れたダークブラウンの髪に思わず懐かしさを覚えたものの、開かれた瞼の下から現れたのは金色の瞳だった。

 そして彼の記念すべき第一声が冒頭のアレである。

 ドラマティックな出会いを期待していた訳ではないが、様になってないシチュエーションに納得いかなかったのもまた事実である。いやはや、全くもって納得いかない。


「まあ待てよ。俺だって質問に答えてもらってないぞ。

 その眼鏡は伊達なのかどうか」

「それはもう少しお互いに親しくなってからするものだと思うので、私はその質問に答えたくありません」

「厳しいな」

「社会とはそういうものですよ」


 そう、まずは自己紹介からだ。


「改めまして、こんばんわ。そして初めまして。

 私の名前は真宮 記と申します。見ての通り死人(ゾンビ)です」

「俺はグリフ。通称でも略称でも愛称でもない、ただのグリフだ。

 主が言うには、俺は熾天使(セラフ)の羽根から造られた人形らしい」

「グリフさん、貴方は一人なのですか?」


 「熾天使」というワードに何か引っかかる感じがしたが、この時は何故か軽く流してしまった。


「いや、姉が居る。

 同伴してついて来たんだが、途中で飽きて寄り道していたらはぐれた」

「自業自得って言葉をご存知ですか?」

「ジゴウジトク?」

「ああ、知らないなら結構です」

「そう言われると気になるんだが」


 あ、これ面倒くさいパターンだ。

 そう判断した私はすかさず別の質問に移る。


「それで?

 グリフさんはそのお姉さんをここで待っているのですか?」

「いや?疲れたから休んでいるだけだ」

「お姉さんが心配してるんじゃないですか?」

「いいや?あいつが俺を心配するなんてことは今までもこれから先も絶対に無い。

 断言できる」

「なにえらく自信満々に悲しいこと言ってるんですか」


 聞いているこっちが悲しくなりそうです。


「シルスはなんでここに居るんだ?」

「私は仕事の一環で、この物置小屋の資料を調べに来たんです」

「へぇ。シルスは職に就いているのか」

「そうですよ。ゾンビといえども働かなくては空いた腹は治まりませんからね」

「ゾンビって何を食うんだ?」

「生きていた頃と変わりませんよ。米も野菜も魚も肉も、何だって食べます」


 よくもまぁ、そこまで喋ったものだ。自分で自分が珍しいと、今までのことを振り返りながら思う。


 新人時代は大変だった。なかなか普通の人間を装うのが難しかった。いつも通り過ごそうものなら、血だらけになっていることに気付かずに周囲が大パニック。何度答さんに助けられたことか。

 そんなことが頻繁にあったためか、誰かと話す機会があまりなかったのだと思う。干渉は元より規制されているし、情報収集でも必要以上の会話は厳禁だ。

 何より、兄に拉致監禁されていたあの十年の空白がいけない。会話相手があのキチガイしかいないとか拷問以外の何物でもない。その点を考えれば、今はまだマシと言えるけれど。


「どうした?」


 不意に黙ってしまった私にグリフさんが首を傾げる。


「…いえ、少々嫌なことを思い出してしまいまして」


 あの日から、一体どのくらい経ったのだろう。

 時間の概念に捕らわれなくなってからというものの、休む間もなく仕事をしてきた。


 ―――可哀想な私の兄さん。


 忘れようとした訳ではない。

 気にしていた訳でもない。

 それでも、兄はあの日をもって“兄”ではなくなり、“真宮”からその籍を外された。


 ―――やっぱり、気にしてる?


 そうではないのだ。違う。

 何かが私の中で、違和感を強く訴えている。


「…グリフさん」

「なんだ?」

「会ったばかりの、しかも人外のお方にこんなことを訊くのはどうかと思うのですが…」


 久しぶりの対話に、心が浮き立っていたのかもしれない。相手が人間ではないからと、緩んでいたのかもしれない。

 普段なら早々に話を切り上げるはずが、まだまだ話は続く。


「貴方にとって、“きょうだい”とは何ですか」


 私にとって、兄は最期まで“兄”だった。

 兄でしか、なかった。


「………」


 グリフさんはゆっくりと目を瞬かせる。


「…考えたこともなかったな、そんなこと」

「奇遇ですね。私もです」

「シルスにも“きょうだい”が居るのか?」

「ええ、兄が一人居ました」

「…今は居ないのか?」

「死んだわけではありません。家族の縁が切れてしまったので、戸籍上もう兄ではないのです。その上私は死んでいますし」

「………」


 グリフさんは“きょうだい”について考え始めたらしい。

 ガラクタの山から背を離し、額に手を当てている。


「………俺にとって、か」

「難しいようなら無理して答えなくてもいいんですけど」

「いや、もう少し待ってくれ」


 予想以上に真剣に考え込んでくれている。

 ふむ、尋ねた側として思考の邪魔をするのは気が引ける。そう思った私は一つ提案することにした。


「あのですよ、グリフさん」

「なんだ」

「尋ねておいてなんなんですが、グリフさんが答えを探している間、仕事に取り掛かってもよろしいでしょうか?」

「ああ、そういえばこの資料を調べると言っていたな。いいぞ」


 では失礼してと、壁際に鎮座している本棚に近寄る。

 思っていたとおり、古い文献が多い。手に取った途端にパラパラと紙だったものが落ちていく。保存状態はあまり良いとは言えない。


 ―――まずいなぁ。これじゃあ記録が…。


「シルス」

「はいはい、どうされました?」


 くるりと振り返るが、先程までいた場所にグリフさんが居ない。あれ?と周りを見渡すと、いつの間にか物置の入口に移動していた。


「グリフさん?」

「何か来る」


 入口の小窓から外の様子を確認すると、小屋から数メートル先に男性が二人、こちらに向かって来ている。

 この物置小屋があるのは小さな森の奥であり、近くに民家はない。おそらく森の外側の住人だろう。


「…と思いたいところですが」

「ふむ、この世界では武器として農具を用いることもあるのか。斬新だな」


 彼らの手に握られたスキやクワ。普通に見れば、農作業にやってきたのだろうかと思うが、残念ながらここは森の奥であって周囲に畑などない。しかも真夜中。不自然過ぎる。

 そして極めつけは男たちの表情だ。思い詰めた面持ちで、こちらの物置小屋を睨み付けている。


「もっとマシな武器はなかったんでしょうかねぇ…平気とはいえ、鈍器系は肌が凹むので嫌なんですけど」

「そうか、死人だから痛みはないんだったな」

「だとしてもやっぱり傷は避けたいですよ。

 ただでさえ気持ち悪いのに、これ以上醜くなったら人前歩けなくなります」


 冷たい肌をさすりながら無表情で身震いしてみせる。


「俺も痛覚は無いから別にどうってことないんだが…グラハドールが五月蝿いからなぁ」

「グラハドールって、お姉さんのお名前ですか?」

「そうそう。そのグラハドールから『主から造っていただいた身体に傷を付けるな』と言われてな。じゃあどうやって戦えばいいって聞いたら何て答えたと思う?」

「戦うな戦力外?」

「惜しい。『戦うな生き恥め』だ」

「お姉さんはグリフさんに恨みでもあるんですか?」


 さあなと軽く返し、こちらを仰いでグリフさんは尋ねる。


「で、どうする?逃げようにも行き止まりだぞ」

「ですよねー。とりあえず出ましょうか」

「ああ」


 頷き合い、私達はごく普通に物置小屋から外へと出た。




 私達が小屋から出たのが見えたのか、男たちは歩みを止めた。


「お、おい。誰か出てきたぞ!」

「気を付けろよ。小娘とはいえ余所者に変わりねぇ。

 隣国のスパイかもしれないんだからな」


 ―――ほうほう、なるほどなるほど。


 どうやら現在起きている国同士の睨み合いで、売国奴か何かと勘違いされている模様。

 これはマズイ。さっきの書物の保存状態並にマズイ。


「これは撤退すべきですかねぇ…」

「戦わないのか?」

「まあたったの二人ですし、何とかなるでしょう」


 私は背中のリュックサックを下ろして手を突っ込み、ゴソゴソと手探りで中身を漁る。


「あったあった。よいしょっと」


 目当てのモノを掴み、そのまま引っこ抜く。

 グリフさんが訝しげに顔をしかめる。


「…それは何だ?」

「これですか?メガホンという代物ですよ」

「…?武器なのか?」

「いえいえ。私大声が出ないものですから、遠くにいる人と話す時はこれを使うんです」


 リュックサックから取り出した黄色いメガホンに口を当て、前方の二人に向けて早速呼びかける。


「もしもーし!私、真宮と申しまーす!管理人の方からちゃんと許可もらって、資料を拝見させていただいてまーす!許可証もありますよー!見ますー?」


 ドスッ。


「ん?」


 不快な音および感触を感じ、メガホンを口から離して胸元を見る。


「―――あちゃあ」


 メガホンを持っていない手で額を押さえ、私は悪態をついた。


「…いきなり狙撃はナイと思いまーす」


 ちょうど心臓の真上。木で作られたボウガンの矢らしきものが、綺麗に刺さっている。個人的には、埋まってるっていう感じなのだけれど。

 うーん。何度されても慣れないなぁ、この感覚…。


 それにしても何がいけなかったんだろう。

 あれかな、メガホンのウケが良くなかったとか?吹き矢にでも見えたんだろうか。こんなど派手な吹き矢があってたまるか。

 そうだとしてもいきなり狙撃は良くないよね。初対面なんだからさ、もうちょっと譲歩してくれたっていいよね。カルシウム足りてないんじゃないかな。


「ばっ…化物だ!」

「村の奴ら呼んでこい!」


 まぁそうなるよね。普通逃げるよね。

 慌てふためき、逃げていく二人の背中を見ると矢筒が見えた。

 なるほど、ボウガンは背中に背負っていたから気付かなかったのか。

 草に足を取られながらも無様に走っていく彼らをぼーっと見ていると、見たことのあるダークブラウンが………って。


「グリフさーん?」


 え、何あれ。瞬間移動?

 まるでテレポート。先程まで私の後ろに立っていたはずのグリフさんが数メートル先の男たちの真後ろにいて、彼らをぴったり追尾している。ていうかもうすでに手を伸ばして、


「「うわあぁぁぁぁぁぁ!」」


 森に響き渡る絶叫。あまりの大音量に木々に止まっていたらしい鳥たちが、バッサバッサと一斉に飛び立っていく。


 ―――ああ、可哀想に。あんなに驚いて…。


「シルス」


 空に逃げていった鳥たちの群れに同情していると、グリフさんがその手に男たちの頭を一人ずつ掴んで帰ってきた。


 ―――…ああ、可哀想に。こんなに泡を吹いて…www


「こいつら、どうする?」

「そうですね。とりあえず置いてさっさとここからトンズラしましょうか」



 拝啓、富士宮 答さま。

 私はどうやら、とんでもない奴とお知り合いになってしまったようです。

グラハドール

 ミスクールビューティー。主の命令で“探し者”をしており、道案内を記に依頼している。

 弟に必要以上に辛辣。デレ期は来ない。


グリフ

 グラハドールの弟。主の命令で“探し物”をしているが、記に対しては依頼をしておらず、どちらかというと勝手に同伴している状態。

 姉には無関心。そんなことより記を見ていたい。

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