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死んでそしてゾンビになってそれからそれから  作者: 六十月菖菊
下拵えと言う名の序章的な何か
1/4

死にました。

ふらふらプロローグ投下。

 

 私は死んだ。

 17になる年、雨降る月の末の日。

 ひどく暗い地下室で殺された。


 死んだ瞬間のことまで仔細に覚えてはいないが、何が原因で命を落としたのか、その場に誰が居たのかは知っている。


 私には兄が居る。血のつながった兄が一人。

 彼は救いようのない狂人だった。それでいて、猫をかぶるのが上手かった。家族や親戚および友人知人に至るまで、兄の異常性を知ることなく、完璧に完全に騙されるほどに。

 私を除いて、兄の狂気に触れる人間は一人も居なかった。


 私は、兄に殺された。


 いかなる方法で殺されたのか、覚えていないし興味も湧かない。

 しかし、兄が私に何らかの怨恨があって手を掛けた、という訳ではないことぐらいは分かる。


 所謂、過失である。「カッとなって殺した」とも言えるが、生憎なことに当時の我が兄は冷静だった。

 冷静だったからこそ、「うっかり」していたと言うべきか。


「嘘だろう?」


 途方に暮れた兄の声。

 嘘も何も、事実目の前で起きているのだから、肯定してやることができない。

 それ以前に、動けないこの身体では声を発することすら不可能なのだが。


「嘘だと言ってくれ」


 それにしても、私は幽霊にでもなったのだろうか?

 身体の感覚は勿論ない。まるで鉛のように重く、指の一本すらピクリとも動かない。


 しかし。


 まだ自分が『此処に居る』という感覚はあるのだ。

 私という、真宮(まみや) (しるす)としての意識がここにある。


「俺が悪かった。謝る、謝るから…頼むから目を覚ましてくれ」


 相変わらず兄がとんちんかんなことを言っている。

 はて、この人の正気はこの程度のものだっただろうか?あまりにも動揺が大きい気がする。

 まあ、元より異常者の彼に正気を求める方がおかしい話なのだが。


「―――あちゃあ」


 そんな感じで兄が私を揺さぶっていた時だ。地下室の入口から間の抜けた、それでいて可愛らしい女性の声が聞こえてきたのは。


「…!?」


 さすがの兄も驚いたのか、ひどい形相で後ろを振り返った。

 私はというと、死体が仰向けの状態だったためか、そこにいた人物を問題なく認識することができた。

 リクルートスーツの女性だ。歳は二十代前半くらい。幼い顔立ちだから、まだ二十歳を迎えていない可能性もありえる。

 …いや待てよ。今気がついたが、私の目は周りを見ることができているのか?

 この部屋は光がほとんどない。兄が相手を認識できていないのがいい証拠だ。そんな中、眼球も身体と同じく動かせないというのに、一体どうやって?


「ちょーっと、遅かったみたいだねぇ。

 なかなか素質のある子が居るって聞いて、仕事まで休んで遠路はるばる山を越えて谷を超えてここまで来たっていうのに。

 どーしてくれるの、真宮(まみや) (しめす)くん?」


 にこにこと笑ってはいるが、どこか威圧的な声音で彼女は兄にそう問いかける。


「…どなたですか?

 ここは真宮家の敷地です。勝手に入られては困りま…」

「あっれー、忘れちゃった?

 次期真宮家当主のキミが、私の顔を忘れちゃった?

 これは現当主に一言言っとくべきかなぁ」


 はぐらかそうとする兄の言葉を遮り、その人は更に笑顔を深めてこちらへと歩み寄ってくる。


「いい加減に…!」


 声を荒げかけた兄の目の前に、彼女が立つ。

 兄が私のそばにしゃがんでいる体勢のため見下す形になったわけだが、小柄で華奢なその人からは不釣り合いな威圧感が放たれており、どこからどう見ても肉食獣VS草食獣(一方的)な図である。

 そして、お互いを視認できる距離だ。兄もようやく相手が誰か分かったらしく、一気に顔から血の気が引いていく。


「あ、貴女は、富士宮(ふじのみや)の…!」

「うん?あ、なんだ。暗くて気づかなかっただけか。

 まあそうだとしても、私の腹の虫は治まらないんだけどね?」


 兄はその人を知っているようだった。その上ひどく怯えている。今までにないビビリっぷりだ。くそう、ここにカメラが有れば激写したものを。


「…ん?」


 ふと、彼女の視線が私へと向けられた。じぃっと、食い入るように見つめてくる。なんだか恥ずかしい。


「…へぇ、なるほど。これはこれで面白いかな?」


 笑っている。先程までの威圧感のある笑いではなく、とても純粋な笑顔だ。大変可愛らしい。

 富士宮というらしいその人は、兄を素通りして私の傍らに膝をつく。私の背中と地面との間に腕を入れて、半身だけを起こしてくれた。


「えーと…確か、念じるだけでいいんだっけ」


 確認するようにそう呟いて、冷たくなった私の手を取り、自身の胸元へと当てた。


『もしもーし。聴こえるー?』

『!』


 脳内…いや、これはもっと別のところから響いている。

 こう、直に身体の全てで声を享受している、といった感じで、富士宮さんの声が私に届いたのだ。


『聴こえたらお返事ー』

『はっ、はい。聴こえてます聴こえてます』


 催促の言葉に慌てて返事をすると、向こうから嬉しそうな気配を感じ取った。


『あ、よかったよかった。シルスちゃんだよね。父さんからあなたの話を聞いて迎えに来たんだけど、なんか色々手遅れだったみたいでごめんね?』

『い、いえ。こちらこそ見苦しい姿で…』


 とても申し訳なさそうに言われて、私は何故だか焦ってしまう。

 

『改めましてこんにちわ。私の名前は、富士宮(ふじのみや) (こたえ)

 あなたたち真宮と富士宮は、分家と本家の関係になるんだけど、その様子だとあまり知らないのかな?』

『…本家の方なんですか?すみません、家のことを教えてもらう前にここへ連れてこられたから…』

『うーん。そのことに関してすごく気になるけど、とりあえずここを出ようか』


 そう言って彼女はにっこりと私に笑いかけ、開きっぱなしだった瞼を下ろしてくれた。途端に闇が視界を覆い隠す。

 やはり先程まで周囲を見ていたのはこの目だったのかと、一人で納得していると身体が浮いた。


「わぁ、ジュンちゃん力持ちー!」


 パチパチという拍手音と共に、答さんの楽しげな声が聴こえる。どうやら私はジュンちゃんという人により抱え上げられているらしい。ていうかホント可愛いな答さん。


「待って下さい!シルスをどこへ連れていくんですか!」


 焦燥とした兄の声に、足をぐいっと引っ張られる感覚。

 おいキチガイ、乙女の足を掴むな。痛いじゃないか。

 …って、死んでるから痛くないんだった。忘れてた。でも気持ち悪いからできれば離してほしい。


「さて、真宮 示くん」


 パシンと肌を打つ音がして、足が解放された。

 たぶん答さんが兄の腕を叩いたんだと思う。 


「監禁罪に殺人罪。キミのしたことはどれも立派な立派な犯罪で、真宮家の評判を地に落としかねない行為です。何より、“人を知る”ことは富士宮家の禁止事項であり、この禁忌を犯したキミにはそれ相当の罰がくだされます。

 よって富士宮の名のもとに、キミから継承権と真宮の名前を剥奪します。謝罪もしくは弁解、異論その他もろもろは一切認めませんので悪しからず」

「ご、誤解です!僕は今さっき彼女を見つけて―――」


 嘘をつくな嘘を。


「誤解?ふぅん?じゃあなんで十年もの間行方不明だったキミの妹ちゃんがキミの所有しているこの地下室で、キミの目の前で死んでるのかな?見た感じ、今死んだばっかりみたいだね?まだ生温かいもの。服装も綺麗だし、そばに置いてある食事とか見てみても、キミがここで妹ちゃんを監禁していたようにしか私には見えないなぁ?」


 可愛らしい声音のはずなのに、辛辣な口調だった。ひどく刺々しくて、もし私が言われた立場なら怖くて何も言い返せない。

 兄は、無言だった。


「憐れだね、真宮 示くん」


 答さんの声からふと明るさが消えて、ひどく冷めたものへと変わる。


「これは私の憶測に過ぎないけど、たぶんキミは“妹”を知りたかった。だから閉じ込めて、観察した。そして、加減を“知らない”まま、殺しちゃったんだよね」

「加減は解っていました!死なせるつもりなんて…!」

「解るはずがないんだよ。人を“知る”ことは富士宮でもリスクが高いのに、分家のキミに何が解るって言うの?今の今まで成功した人なんて、初代当主しかいないんだよ?」


 その血肉の構造を知ることは簡単。

 されど、心は。 


「今まで多くの血族が知識欲に溺れて、キミと同じ過ちを犯したよ。人を“知り”たくて、その全てを知り尽くす一歩手前で、対象の命を潰してしまった。成功した当主だって、愛する人を殺しかけたことにひどく心を病んで……だから禁止にしたのに。

 ねぇ、示くん。自分にならできると思ったの?キミにはそれほどの耐力があるの?愛する人を殺してしまうリスクを、ひと欠片も考えなかった?」


 それとも。


「キミにとってシルスちゃんは、ただの“人”でしかなかったのかな」

「…っ、違う、違います!シルスは、彼女は僕の大切な…!」


 唐突に、兄の言葉が途切れた。

 代わりに、嗚咽が聴こえてくる。

 情けない声だなと思った。

 今更泣かれてもウザイと思った。


 だけど。


「…誰か一人でも気付いてくれていれば、富士宮がこの事態に早く対処できたんだけど。

 そうすれば、キミだって今頃はまっとうに生きられていたかもしれないのに。キミの大好きな妹ちゃんも、こうならずに済んだのに」


 あーあ。


「すごく、残念」


 失望の声。ひどくガッカリとした答さんの声は、きっと兄の心を抉っただろう。

 私も、チクリとした感覚を、動かないこの心臓に感じたから。


(兄さん)


 少しだけ。

 ほんの少しだけ。


(…可哀想な、私の兄さん)


 ―――こんなどうしようもない兄を、憐れに思ってしまった。

✱登場人物✱


真宮(まみや)(しるす)/メイミア・サイラス(享年16歳)

 主人公。動く死体(ゾンビ)。知識欲が高いことに定評のある富士宮の分家、真宮の娘。他に比べて知識欲はさほど高くなく、一日に本20冊で満足。

 7歳の頃兄に拉致られる。10年の監禁生活を経て、17歳になる年に死亡。誕生日迎えてないのが少し不満。


真宮(まみや)(しめす)(21歳)

 記の兄。知識欲の対象が妹だったので拉致監禁して研究してたら妹うっかり殺したただの馬鹿。


富士宮(ふじのみや)(こたえ)(25歳)

 富士宮最強にして最凶。その知識欲には底がない。

 父親に別世界へと落とされたことをきっかけに、世界を渡り歩く記録係(レポーター)になる。本業はとある高校の事務員。

 ちなみに婚約者がいる。

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