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1000年の命

作者: 純白米


 事実は小説より奇なり、とはこのことか。

人間、誰しもいつかは死ぬ。そのことを考えて、あなたは、死にたくない、と思ったことはないだろうか。この老人は、まさにそう思っていた。

年齢は、今年でめでたく80歳。体はいたって健康で、特に今、病気にかかっているとか、そろそろ目に見えて死期が迫っているというわけではない。いろいろな苦難を乗り越えて、その老人は死にたくないと思っていた。


 そんな老人の元に、一人の怪しい男が近づいてきた。深々と帽子をかぶり、あまり顔はよく見えず、年齢もわからない。ボロボロの分厚いコートを羽織っていて、体型もよくわからない。ただ、話しかけてきた声で、男であろうということはわかった。

「お前…長生きがしたいのか。」

怪しい男は突然聞いてきた。なので、老人はこう答えた。

「ああ。私は80年もの間生きてきて、人生は捨てたものではないと感じるようになった。私には可愛い孫がおるのだ。その孫の結婚する姿が見てみたい。」

「ほう、そうか。では、1000年の命を授けよう。私は、お前に1000年の命を授けることが出来るのだ。ただし、途中で投げ出すことは許されないぞ。」

老人は驚いた。1000年も生きられるとは、なんて素晴らしいことなのだろう、と。こんなチャンス他に無い。老人は、喜んで受け入れることにした。

そして、老人は1000年の命を手に入れたのだ。


 時は流れて、90歳。ここ数十年、古くからの友人がどんどん亡くなっていき、遂に共に若い頃を過ごした最後の友人が亡くなってしまった。老人は悲しんだ。この世に友人がいない。こんなに悲しいことが、人生にあったとは。だが、老人にはまだ妻がいた。年の離れた妻であった。妻とともに、残りの人生を謳歌しよう。そして、いずれまたあの世で友人たちに会ったときに、この世の話でもしてあげよう。

 時は流れて、100歳前半、最愛の妻が亡くなった。96歳と、大往生であった。老人は悲しんだ。この世に最愛の妻がいない。こんなに悲しいことが、人生にあったとは。だが、老人には一人息子がいた。そうだ、寂しいなんて言ってられない。妻の代わりに、自分が息子を見守ろう。そして、いずれまたあの世で妻に会ったときに、息子の話でもしてあげよう。

 時は流れて、100歳も終わりに近づいた頃、今度は息子が亡くなった。老衰だった。老人は悲しんだ。この世に我が子がいない。こんなに悲しいことが、人生にあったとは。自分の息子の死に顔なんて、見たくなかった。だが、老人には孫がいた。少しだけ寂しいけれど、孫がいるから頑張れる。可愛い孫のことを、息子の代わりに見守ろう。そして、いずれまたあの世で息子に会ったときに、孫の話でもしてあげよう。


 だが、この先に老人を待ちうける運命を予想するのは容易いだろう。

孫も亡くなり、その子どもも亡くなり、それより下の子どもとは、長生きしすぎた老人は気味悪がられ、どんどん疎遠になっていった。老人も、数世紀も年の離れた人とは、いくら血の繋がりがあろうとも、話が合うはずがなかったのである。まだ500年以上も寿命を残して老人は、いつの間にか独りぼっち。独りぼっちは寂しいな。ああ、1000年の命を手に入れて、一体何がしたかったのだろう。これが、夢だったらいいのにと、老人は何度もそう思ったが、これは紛れもない事実。どこで読んだ小説よりも、ずっと悲しい物語。老人にとってこの小説は、少しばかり長過ぎた。

 老人はだんだんと世間から距離を置くようになっていた。帽子を深々と被り、人に顔を見せないような習慣がついた。流行りの服も分からないので、分厚いコートを常に羽織るようになっていた。そして老人は、長い長い小説の残りを一人で読み続けることとなったのだ。


 時は流れて、ようやく1000年が経とうという頃。夢の中で声が聞こえる。

「死にたくないという次の誰かに、その1000年の命を授けなさい。」


老人は、一人の男に近づいた。

「お前…長生きがしたいのか。」

男はそうだと答えた。聞くと、年齢は今年で80歳だと言う。

「お前にとって、人生とは、面白いものなのか?」

「ああ。私は今までたくさんの小説を読んできたが、どんな小説よりも人生は面白い。まさに、事実は小説より奇なり、だ。」

「ふふ、何をたかだか80年。まだ小説の10分の1も読んでいないというのに。それを最後まで面白いと決めつけるとは滑稽であるぞ、若造よ。」


 こうして、また1000年続く小説の物語が、幕を開ける――――。


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