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「もったいない」


 ――教会で仕事を始めて一週間が経った。なんとなくここの生活にも慣れてきた気がする。

 料理も頑張って作ったり、みんなで洗濯物を干す作業は案外楽しい。寝る前には本を読んだり、教会だから賛美歌を歌ったり。人間の崇める神の聖歌を歌ったとなると私は本格的に悪魔失格である。

 苦手なはずの子供だったけれど、自分に懐いてくる子供たちを邪険に扱うなんてできなくて、話したいことがあるようなら目線を合わせて話を聞いて、私のためにと摘んできてくれた花々はちゃんと花瓶にさして水を毎日かえている。どんなに丁寧に扱っていても、最終的には枯れてしまう花を見るのはどこか悲しい気分になる。

 懐かれる、というのは決して嫌な気分ではなかった。それが例え苦手な相手であっても。


「そういえばさ、ここの子供たちって全然泣かないね」


 そう。私が子供を苦手に思っていた原因の「よく泣き喚く」ということが、教会の子供たちには全くと言っていいほど見られなかった。まだ一週間だから、実際はよく泣くのかもしれないけれど。

 でも、転んでも泣かない。ボールが顔に当たっても泣かない。エディや私に叱られても泣かない。アーロン神父はそもそも私たちのように怒鳴り声をあげて叱ることがない。やんわりと諭すような口調で子供たちを叱る。

 子供イコールすぐ泣く生き物、という方程式を持っていた私にとって、そのことは不思議で仕方なかった。


「……あの子たちは強いよ。大人に心配かけまいとして、全然泣かないんだ。さすがに来たばかりの時はよく泣いたりしてたけど」

「あ……。そっか、ここにいる子は、そういう子たちなんだよね」


 親をなくした子、捨てられた子。この教会にいる理由はその二つだ。

 当たり前だった親の存在が突如いなくなった子たちの気持ちは、どんなものだっただろうか。

 自分は捨てられたんだと認識した時、泣きたくはなかっただろうか。

 人間のそういった感情を私が理解することはないのだろうけれど、明るく笑う彼らの泣き顔を想像すると少し胸が痛んだ。


 もしかしたら、過激な悪魔に襲われて命を落とした人間もいるのかな。それが、もし、彼らの親だったなら。

 そう考えて、人間を襲う彼らを止めてこなかった自分を殴り飛ばしたくなった。生活をするために人間を襲って、命を奪ってしまうことがどういうことなのか、なんて今まで考えもしなかった。


「レイラ? 顔色が悪いけど、気分でも悪いのかい?」

「……なんでもない。子供たちを昼寝させてくるね」


 ある程度掃除が終わったところで子供たちの元へ向かう。

 私はどうあがいても悪魔だ。それが変わることはない。もしここに悪魔によって親を失った子がいたら。

 考えはどんどん暗い方向へ進んでいく。自分で止めることはできそうにない。




「あ、レイラー! あそんで!」

「おそといってあそぼうよ、レイラ!」


 自分を慕ってくれている彼らに、絶対に悪魔だと気づかれてはならない。この笑顔が曇らないようにしなくては、と思う自分に気づき、一週間で随分染まってしまったものだな、と苦笑する。けれど決して悪い気分ではなかった。

 ぐるぐると回る内心を隠して精一杯の笑顔で遊ぶのはまた後でね、と言う。


「えー? なんで? おしごとちゅーだから?」

「ううん。お昼寝の時間だから」

「ねむくなーい」


 眠くなくてもお昼寝しようね。はあい。起きたら遊んでね! やくそく!

 そんな会話をして布団をみんなで準備する。きゃあきゃあと騒がしかった子供たちは、十分もするとすやすやと寝息をたててしまっていた。


 全員が眠ったことを確認して部屋を出ると、エディがお茶にしようか、とにっこり笑って立っていた。



「そういえばアーロン神父はどこへ行ったの?」

「ああ、用事があるとかで町に行ったよ。そうだ、レイラ。今度買い物に行かなきゃね」

「私? どうして?」


 お茶菓子を取り出してエディの方に向き直る。私を指差して、衣類とか、必要だろ? と溜息交じりに言ってくるエディに自分も溜息を吐く。

 服にかけるお金があるなら食費にかけたい。

 ぼそりと呟いた言葉はちゃんとエディに届いてしまっていたらしく、女の子なんだからと怒られてしまった。その口調が子供たちを叱る時と一緒で、もしやエディは私のことも子供だと思っているのではないだろうか。と思った。





 こぽこぽと音をたててお茶がカップに注がれる。

 両方とも注ぎ終わり、エディの買い物の話を聞きながらゆっくりとカップに口をつけた。


「町に出るのにも服はいるだろう。ずっと教会の中ってわけにもいかない」

「私はこの周辺を歩けるだけで満足なんだけど」

「どうしてそう引きこもり体質なんだ、レイラは」


 その言葉につい飲んでいたお茶を吹きこぼしそうになってしまった。

 違う。私は引きこもり体質なんじゃなくてただ単にめんどくさがりなだけだ。あと、お金がもったいない。

 困窮していた私にとって今の生活は至福。ぜいたくの領域だ。この上自分の服なんか買ってしまったら私は血反吐を吐く気がする。いや、きっと吐く。


「アーロン神父が帰ってきたら買い物に行くよ。一週間分の給料、ちゃんと持ってるよね」

「あ、あのお金はちょっと別のことに使うもので……! 私服とかいいから! この服気に入ってるから!」


 ちなみに私が今持っている服は、最初から自分が着ていたものと、教会にあったメイド服っぽいものだ。今着ているのは前者。メイド服はひらひらしていてあまり着たくないのだが、服が二着しかないので交互に着るしかない。


「なら、僕が買ってあげるから。買い出しのついでだし」

「だから服とかいいってば! そんなぜいたくしたくない!」


 ぴたりと止まって、ぜいたく? と首を傾げるエディにしまった、と思うが遅い。

 服を買うことが何故ぜいたくにつながるのか。多分彼はそう思っていることだろう。けれど家賃と食費でいっぱいいっぱいだった私は服を買うという考えがない。こんなところで今までの生活のひどさが出てくるとは思わなかった。


「…………じゃあ、布を買おうか。裁縫はできる?」

「……服を作るくらいなら簡単に」


 エディの視線が哀れみのものに変わったのは絶対に気のせいではない。

 結局材料だけ買って、自分で作るというところに落ち着いた。ついでに子供たちの分も作っちゃうから買ってきてと言っている自分がいてなんとも言えない気持ちになる。悪魔もこんな生活をしていると形無しだと思う。

 それでもまあいいかと思わされてしまうここの環境は恐ろしい。


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