彼と私の考え方
食後、エディが言っていた通り子供たちを総動員して外に大量の洗濯物を干しに行く。
大量の洗濯物がひらひらと風に揺れるその様はなかなか壮観だ。子供たちも楽しそうに干している。それはいいのだけれど、案の定ひどいことになっている箇所があるので無言で直していく。これからちゃんと教えていくつもりだが、今は私が直した方が早い。次々と干していく子供たちの後を直して歩く。
視界が大分洗濯物でいっぱいになったころ、子供たちは洗濯かごをひっくり返し始めた。
中身が土で汚れたらそれ、もう一回洗い直しなんだけどなあ。君たちがやってくれるのかな?
しかし何回も何回も上下にぶんぶんと振られてもどのかごからも洗濯物は落ちてこなかった。どうやら全て干し終えたらしい。
「よし、干し終わった! 遊びに行こうぜ!」
「なにして遊ぶ? おにごっこ? かくれんぼ?」
「ボール使って遊ぼうよー!」
子供たちはかごの中身がちゃんと空っぽになっているのを確認すると、すぐに森の方へわいわいと騒ぎながら駆け出して行ってしまった。エディのあんまり遠くに行かないようにという忠告はあの子たちに聞こえているだろうか。いや、きっと聞こえていないに違いない。
「女の子はもちろんだけど、男の子にもちゃんと家事を覚えてもらいたいなあ……」
とても丁寧とは言えない干され方の洗濯物を一つ一つ直しながらぼやく。女の子も男の子も十歳未満のうちは一緒で、早く遊びに行きたいという感情が心の中いっぱいにあるのだろう。自然、仕事ははやる気持ちに比例して雑になる。困ったものである。
家事をするのに男も女も関係ない。生きていくためには必要なことだから、ちゃんと教えていきたい。家事ができて損をすることなどない。
とはいえちゃんとお手伝いをするだけ彼らはいわゆるいい子なのだ。よく食べよく遊びよく寝る。それに加えて教会の手伝いもする。寝つきがよくて当たり前だわ。
「誰かを一人ぼっちにすることもなく、みんな仲がいい。僕たちは家族なんだよ。もちろんレイラもね」
「……家族、ねえ」
出会ったばかりで何をするかわかったもんじゃない相手をそう簡単に家族という立ち位置に含んでしまっていいのだろうか。これが私以外の悪魔だったなら教会中の金目のものを持ち去って姿を消していただろう。私はそんなことはしないけれど。
冷めた目でエディを見ていると苦笑されてしまった。なんだか苦笑いが癖になってしまっているような、その表情をすることに慣れてしまっているような。そんな顔の気がした。思えばこの短時間で何回も見ている気がする。
「町の人からも言われる。僕もアーロン神父も人を信じすぎるって。お人好しだって」
「自覚はしてるんでしょ? だったら、まずは疑ってかかることを覚えたら?」
「それが子供たちにも感染ったら困る。……人を信じることができないって、悲しいことだよ」
そう言ったエディの目には何も映っていないようだった。どこを、何を見ているのか。何を思っているのか。全く読めない。
つまり、常に人を信じる心を持っていてほしいと。そういうことなのだろう。けれどそれで傷ついてしまっては元も子もないと思う。信じて傷つくなら疑ってかかって、事前に傷つくことがわかっていた方がいいのではないだろうか。
「疑った方がいい時だってあるでしょ。信じて傷つくなら尚更……」
「傷つくくらいなら。その考えはわからなくもないよ。でも、人を信じて傷ついた。そういうのって大事だと思うんだ」
人間がみんなそんな考えを持っているわけではないことは私はよくわかっている。悪魔よりもよっぽど悪魔らしい人間がいるくらいなのだから。その信じる心に漬け込むことだってあるのだから、時として人間は残酷である。
どういう事情があってそう考えるようになったのか、なんて私の知るところではない。興味も特にない。けれど人を疑って生きるのと人を信じて死ぬ。どちらかなら死ぬ方を選ぶよと言う彼はすごく輝いてみえた。何が彼をこんなにさせるのか。
「さて、中に戻ろうか。子供たちが帰ってくる前に夕食の下ごしらえをしておかなくちゃ」
「え、あ、うん」
「今日からレイラも一緒だし、お祝い気分でみんなが好きなシチューを作ってあげようかな」
エディとは短時間でわりと打ち解けられた気がしていたのだけれど、どうやら気のせいだったようだ。私には彼らの思想を理解することは到底できない。
心のどこかで人間と悪魔は共存できると思っていた。それは間違いなのだろうか。やはり魔王様の言う通り人間は滅ぼすしかないのだろうか。魔王様の考えが、変わることはないのだろうか。
どうすることもできない自分を歯がゆいと感じ、唇を噛む。私はどうしようもなく弱いのだ。持っているものといえば妙なプライド、それだけで。反乱を起こしてやる、と考えている今ですら魔王“様”と言ってしまうのが証拠だ。
悪魔にはなりきれない、人間になることもできない。
私が成し遂げたいと、実現したいと思っている未来は想像以上に遠いものだった。
(…………それでも、やらなくちゃ)
私がやらなければ、なんてそんな大それたことは思っていない。私一人の力はとても小さなものだから。
でも、私が一度夢見た世界を望むことくらいは許されると思うんだ。