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みんなで食事


 自己紹介も済んだところで、早速お仕事開始。悪魔が子供の世話見るとか世も末だなと思いながらまずは洗濯物を集める。いつも子供たちは家事の手伝いをしてくれるそうなのだけれど、手伝っているのか仕事を増やしているのかわからないことになってしまうんですよ、と苦笑いでエディ神父は言った。

 そしてさっき思い出した。私、子供苦手なんだった。

 今更な事実と大量の洗濯物を抱えて水場に向かう。その道中の子供たちの案内はとても助かった。何せ足元も前も全く見えない状態だったのだ。

 案内は甘えさせてもらったが、洗濯物は自分一人でさせてもらった。慣れるためだと言っておいたが、実のところ手伝わせた後が怖いからというのが本音だ。エディ神父からあの話を聞いてしまった後では手伝わせる気にはなれない。


「……にしても、すごい量だなあ」


 悪魔の寮で共同生活をしていた時にもこんなに大量の洗濯物があったことはなかった。毎日毎日何回も着替えをしているのだろうか。子供だからありえないことではない。

 はあ、と大きな溜息が溢れる。誰かが溜息を吐くと幸せが逃げると言っていたけれど、そもそも幸せではないから溜息を吐くのだ。鶏が先か卵が先か、である。


「手伝いましょうか」

「あ、いえ。大丈夫です」


 子供たちのを断っておいてエディ神父のものを受けるわけにはいかないだろう。そう考えたから断ったのだけれど、遠慮なさらず、と言ってあわあわの洗濯物たちをすすぐ作業を手伝ってくれた。申し訳ない。

 しばらく無言で洗濯をしていて、子供たちや神父たちと会話をしていると、自分が人間であるかのような錯覚を起こしてしまう。

 結局私は悪魔で、彼らは人間だ。仲がよくなっても後々困るだけだろう。こんなところを魔王様に見られたら、と思うとぞっとする。


「そういえば、この間勇者様ご一行がこの町に来られていたんですよ。残念でしたね。ちょうど入れ違いです」

「へ、へえ。そうだったんですか」


 どもってしまったが、変に思われなかっただろうか。今ほど自分の運に感謝したことはない。勇者一行には私の顔はばれている。そりゃあ何回も何回も襲撃していれば当たり前だ。顔どころか名前まで知られている始末だ。名前に関してはついうっかり名乗ってしまっただけだが。逃げる時に「覚えとけ!」という負け犬丸出しの台詞と共に。後から思い出してみると赤面物である。私、なんてことを。


「まだこのあたりにいらっしゃるかもしれませんね」


 それは困る。私が悪魔だとバレるとこの教会での仕事はだめになるだろう。せっかく見つけたいい仕事なのに、そんなことになると勇者を殺したくなる。魔王様の元へ帰るはめになるに違いない。最悪、死が待っている。人間に紛れて働くくらいなら人間を襲えよと。そんなこと言われても無理なものは無理なんですけどね。


「洗濯も終わりましたし、そろそろ中に戻りましょうか」

「干すのはどこなんですか?」

「その説明もしなくちゃいけませんね。まあでも、とりあえずご飯にしましょうか」


 にっこりと笑って言うエディ神父に呆気にとられる。そんなにのんびりしていていいのだろうか。洗濯物は早く干すに限ると思う。放っておくと臭くなると聞いたことがある。寮長さんが言っていた。だからみんなで手分けしてさっさと干していたのだが。

 ご飯を食べたらみんなで干すんですよ、と笑顔のまま私に説明してくれる彼に腕を引かれて教会の中に戻る。私がいつまでも渋っていたからだろう。だって洗濯物心配じゃない。


 はたとすっかり相手のペースになってしまっていることに気づく。こんな感じで子供たちをうまく懐柔しているのだろう。神父の力とは恐ろしいものだ。


(……あまり長くここにはいられないだろうな)


 私の予定は、お金をある程度稼いだあと、反乱を起こすことだ。貯めたお金は武器と防具の補充に使う。幹部連中の守りは尋常ではないからだ。

 このままでは下っ端悪魔も人間も全滅しかねない。残るのは魔王様と幹部たち。そんなことが許されてたまるか。

 最悪勇者と手を組むことも視野に入れている。最悪。

 反乱を起こすにあたって、下っ端悪魔の数があまり集まらなければそれは叶わない。ならば力を持つ者と組まざるをえないだろう。……できれば勇者の力を借りることだけはしたくないのだけれど。


「子供たちはお姉さんができたと喜んでいます。いつまでもいてくださいね」

「はあ……。できる限りは」


 あ、すみません。レイラさんにはレイラさんの事情がありますよね。

 申し訳なさそうな彼に私の良心が痛むことはない。全くというわけではないが、私には私のやるべきことがあるのだから仕方がないと割り切る。



「おねえちゃん、エディ! おひるはアーロンしんぷがつくってくれたよ!」

「パスタだよー!」


 長いテーブルの上には既にお皿とフォークが並んでいた。慌てて神父の方を振り返ると、さっきのような柔らかな笑顔で子供たちに席につくように言っている姿があった。

 もしかすると食事を作ることも私の仕事だったのでは。そんな意味の視線をエディ神父に向けると、私たちも席につきましょうか、とてんで的外れの答えが返ってきた。彼はどうも人の気持ちを察することが苦手なようだ。


「洗濯物をありがとう。うまく作れたかわからんが、召し上がれ」

「すみません。お言葉に甘えて、いただきます」

「そうそう、レイラさん。私どもに敬語は不要です。特にエディとは同年代と見える。これから住み込みで働くのですから私たちのことは家族だと思ってください」


 見た目は同年代でも私は最近生み出されたばかりなので実際年齢は十にもなりません。

 そんなことを言うわけにもいかないのでエディと呼ばせてもらうことにする。アーロン神父はそのままだ。さすがに呼び捨ては無理。

 私も敬称も敬語もいらないと言えば子供たちが呼び捨てで呼んできた。顔には出ていないと思うのだが、内心不機嫌である。しかしエディが呼び捨てだったことを思い出して怒りを抑える。それにしても、この子たちに礼儀というものを教えないつもりなのだろうか。

 ここの教育方針を教えてもらって、色々と考えなければならないかもしれない。仕事というからには徹底的にしなければ、とこっそり決意をしてパスタを口に運ぶ。


「……おいしい」

「それはよかった」


 まともな食事をするのが久しぶりだからというのを差し引いてもおいしかった。

 見たところ何の変哲もないパスタなのに、何故こんなにおいしいのだろうか。首をひねりつつ食べる私がおかしかったのか、エディがくすくす笑っているのが見えた。

 何かあるなら口で言いなさい。


「神父が作る食事はみんなおいしいんだよ」

「だから、何でなのかなって」

「さあ。愛情をこめてるからだって言ってたけど」


 愛情。食事を作るのにそれが必要だと考えたことはなかった。愛情をこめたらおいしくなるの? と神父に尋ねると、当然だと言われた。

 人間の考えることはよくわからない。愛情をこめるだけで食事がおいしくなるのなら、苦労なんてしていない。おかしな考え方をする。


 未だに首をひねって不思議そうにパスタを頬張る私を神父とエディが微笑ましそうに眺めていたなんて私は知るよしもないのである。


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