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行ってきます


「エ、エディ、」

「ああ、起きたのか。もうごはんできてるから」

「レイラが……、レイラがね」

「……え?」




***




「人間はこんなものを使わないと移動できないのね」

「お前らの飛行能力は便利なもんだわな。船の旅もなかなかいいもんだぞ」


 こんな大きいものが海に浮いているというのにまず驚きだ。重いものは水には浮かばないと思っていたのだけれど、違ったのだろうか。それとも、この船が見た目に反して軽いのだろうか。なんにせよ不思議である。


「この船はねー、カーシュのとこからかっぱら……借りてきたんだよ!」

「こんなものが個人の所有物なの? もしかしてすごいお金持ちなんじゃ……」

「……関係ない」


 長髪おにーさんは本当に私のことが嫌いだな。いや、当然といえば当然の反応なのだけれど。私の正体を知っていてなお友好的な感じの態度のキリカがおかしいのだ。

 でも、エディやアーロン神父、子供たちと暮らしてきたせいか、その反応がとても新鮮なものに思えて仕方ない。

 することもなく暇なので適当に船内を散策する。

 何人か勇者一行ではない一般人が乗っていて、何故乗っているのか話を聞くと、どうやら彼らが指揮をとるらしい。さすがの勇者もそこまで万能ではないか。


「こんなところにいたのか。おい、お前に手紙だ」

「え? 人違いじゃないの?」

「……お前、あいつらに言ってからここに来たんじゃなかったのか」


 勇者のその一言でなんとなくわかった。

 子供たちがエディかアーロン神父に話したのだ。

 手紙の内容は察しがつく。わざわざ手紙を出さなくてもいいだろうに。もう帰ってこなくていいとかそんなことなら。


「ていうか手紙読んだの?」

「見えたんだよ、不可抗力だ」

「封を切ったあとがあるんだけど……」


 ぶつぶつと文句を言いながら勇者の手から手紙を奪い、中を一応確認する。どんな内容であれそれは現実として受け止めなければならない。


「…………なに、これ」


 決別の言葉を覚悟していた私は、想像とまるっきり逆の言葉が書き連ねられた手紙をくしゃりと握り締めた。

 どうしてこの人たちはこんなにも優しいのだろう。


「人間って、どうしてそうなの……? 私はみんなを裏切ってたのに、どうして優しい言葉をかけられるの?」


 彼らに悪魔だと知られて、嫌われるということが想像していた以上に恐ろしかったらしく、手紙を読み終えた私はぽろぽろと涙をこぼして目の前の勇者に疑問を投げかけた。

 誰でもいいからこの手紙が嘘ではないことを証明してほしかった。


「お前が悪魔だってことよりも、今まで一緒に暮らしてきた“レイラ”をとったんだろ」

「それだって演技かもしれないのに、全部嘘だったかもしれないのに」

「そんなもん俺が知るわけないだろ。気になるなら聞きに行ってこい、まだ出航準備が整うのに時間がかかる」

「どうしてまだ準備できてないのよ……」

「お前の急な予定変更のせいだな」


 会いに行くの怖いから手紙を届けてくれた人に手紙を預けるとか、ダメかな。届けてくれた奴ならもう飛んでったけど。

 飛んでいったとかどういうことなの。


「それ、鳥がくわえて持ってきたんだ。アーロン神父が飼ってる鳥」

「鳥!? アーロン神父いつの間に手懐けてたの!?」

「それがわかったら早く行け。このまま出航しても後味悪いだけだろ」


 会いにいくしかない、か。勇者の好意に甘えることにして、手紙を丁寧に折り畳んでポケットにしまう。

 ごめんなさい。ちょっと行ってきます。

 人目を気にすることなく羽を広げ、教会を目指す。

 こんな手紙を受け取っておいてなお、私はまだ彼らを疑っている。もし、この手紙が嘘だとしたら。

 私の性格は相当悪いなと思う。疑いたくない、でも、信じるのが怖い。




「……あ、エディ、レイラかえってきた!」

「本当に!?」


 たどり着くなり外に出ていた子供たちに見つかって、エディを呼ばれて慌てる。

 心の準備というものがまだできていないから、もう少し待ってほしい。

 そうは思っても彼らが私の心中を察するなんてできるはずもなく、エディは転がるような勢いで中から出てきて、私を認識するやいなや私の頭に手刀を落とした。

 …………痛い。


「何を考えてるの? 勝手にいなくなるなって言ったよね?」

「いやだって私、」

「きみが悪魔だってことはこの際どうでもいい。というかアーロン神父は気づいてたみたいだよ」

「え、嘘」


 アーロン神父何者……。私が悪魔だなんてエディや子供たちの反応からすれば全く気づかれていないというのに。

 何が悪かったのだろう。人生の経験値の差だろうか。


「言ったよね? ちゃんと行ってきますって言ってからでかけるって。その約束を早速破ったね?」

「だって、だって仕方ないじゃない! 悪魔だって知られたら私ここにはいられないもん!」

「誰がそんなこと言ったの?」


 反論しようとする私の頭をぽんぽんと撫でるエディの目がとても優しくて、何も言えなくなる。

 どうしてこう、私の周りにはお人好しばかりなのだろう。


「……レイラは悪魔じゃないよ」

「だ、だから、私が悪魔なのは羽と尻尾がなによりの証拠で……」

「羽と尻尾があるから何? 少なくとも僕たちが一緒に過ごしてきたレイラは悪魔じゃなかった」


 何を言ってるのかさっぱり理解できない。感情論は苦手だ。

 悪魔だけど悪魔じゃない。それがどういうことなのか、なんて。わかるはずがない。


「アーロン神父はレイラが悪魔だってわかってた。それでも、この教会にいることを許したんだ。……あの人は不思議な人だよ」

「……エディ」

「ん? 何?」


 行ってきます。

 おさまっていたはずの涙がまた溢れ落ちる。どうしてこのタイミングで言ってしまったのか。よくわからないけれど、すごく言いたくなってしまったのだから仕方ないと思う。

 いってらっしゃい。

 そう言ってエディはまた私の頭を撫でた。


「ほらみんな、しばらくレイラには会えなくなるんだから、ちゃんといってらっしゃいって言わないと」

「えー? レイラかえってきたんじゃないの?」

「またかえってくるよね?」

「いってらっしゃいレイラ! おみやげよろしく!」


 子供たちの様々な声を聞いて、ありがとう、行ってきますと返した。この子たちはアーロン神父やエディが望んだ通り、いい子に育っているようだ。

 ふと顔を上げるとアーロン神父が遠巻きにこちらの様子を伺っていたので、行ってきますと口パクで伝えるとひらひらといつもの笑顔を浮かべながら手を振ってくれた。

 私はここのみんなと暮らせてよかった。心の底からそう思った。


「……それじゃあ、行ってきます」


 目の前でばさりと広げられた羽に多少驚いたようだけれど、すぐにいってらっしゃいとみんな笑顔を浮かべてくれた。

 みんなに会うまで暗く沈んでいた心が一気に晴れやかなものになったのがわかった。私はどうしようもなく彼らが大好きなのだ。


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