等価交換
「で、お前はなんなのかな?」
「痛い痛い痛い! こめかみ! 痛い!」
戦いを終えて姿が消えたのを確認するやいなや小脇に抱えられている私の元にやってきてこめかみを拳でぐりぐりとし始める勇者。
本当に痛いからやめてほしい。若干涙目になってからようやく離されて、同時に地面に下ろされる。久しぶり、地面。
「もう、アルフってば。レイラちゃんが悪い子じゃないっていうのは説明したでしょ?」
「子供を守ろうとしたのは聞いたさ。けど、手放しに信じることなんかできやしないだろ」
「でもさあ……」
「……もしかして、最初から、私が降りてきたときからいたの?」
子供を守る話のくだりではたと気づく。その言い方だと一部始終を見ていたことになる。
そうでなければ子供たちのことなんか口から出てくるはずがない。
「あなたが出かけたその日から交代で教会を見張ってたの。それで、今日はわたしの番で……。あ、まだ名乗ってなかったね。わたしキリカ。よろしくね」
「あ、よろしく……。じゃなくて! 勇者は神父たちと出かけたって聞いたんだけど?」
子供たちが嘘をつくとは思えない。
今も教会が危なかったというのに帰ってくる気配を見せない。もし一緒にいたなら話は聞いているはずだ。
大方勇者が俺たちに任せろとか言って町に置いてきたのだろうが、それで大人しく待っているような性格をエディはしていない。アーロン神父に抑えられるとは思えない。
「あの二人なら町にいる。すぐに用事が済むはずだったんだがこの騒ぎだからな。町に行かせた」
「レイラちゃんが帰ってくるちょっと前に少し離れたところに話しに行ったんだよ」
「子供の状態がわかるような距離だったから大丈夫だろうと思ったんだ。そしたら見張ってたキリカから報告が入って……ってとこだな」
もうわけがわからない。せっかく説明してくれているのだけれど、頭に全然入ってこない。
要するにどういうことだ。帰ってきた時に少し離れたところにいたのなら、あの二人は私が降りてくる瞬間を見たのだろうか。
「でも、それなりに近い位置にいた割には来るの遅くなかった?」
「えへ。わたしがこけたりしてたせいだね。でも最初は喋ってたんだもん、帰るかなあとか思うじゃない」
「お前な……」
このおっちょこちょいさんめ。とか言ってられない。私がいつまで避け続けられるかわからないのだから早くしてほしかった。
でも私が悪魔なのはここにいる三人は知っているのだから、キリカからすれば仲間同士で仲良く話しているように見えたのかもしれない。
あー、そうだ。話の内容ってもしかして、私のことなんじゃないのかな。
「安心しろ。お前が悪魔だということは誰にも言ってない」
「は? 何で」
「何でって、言ってほしかったのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
悪魔だということは知られていない。それは確かに嬉しいしありがたい。
けれど何か企んでいるのではないかという考えが拭えない。なにせ相手は勇者だ。いや、勇者でなくとも、人間に悪魔を庇う必要などどこにもないのだから。
「……あなたたちは何がしたいの?」
「強いて言うなら、レイラちゃんに人質ならぬ悪魔質になってもらおうかなー、なんて」
「キリカ。……そういうわけじゃないが、お前から多少情報が入ればいいと思ってる」
「情報、ね」
魔王様の居城がつかめないといったところだろう。悪魔からすれば普通に島が見えるのだけれど、人間には見えないようになっている。
島自体が見つからないのだから勿論魔王様はおろか下っ端の拠点すらつかめない。
「取引しようってこと?」
「そうなるな。なあカーシュ、お前の力で十分抑えられんだろ?」
「問題ない。最悪の場合羽を折る」
「やめてよ!」
私が逃げないように抑える、という意味なのだろうが、羽をなくしてしまってはもう悪魔として生きられない。
この人は何をしてくるか予測がつかないし、その気になれば多分私は全身バキバキにされてしまうだろう。
まあそれはさておき。この取引は悪いものではないだろう。私が悪魔だということを教えない、その代わりに魔王様が存在する場所を教えろというのは好都合だ。
これからの計画に勇者一行の存在があるということは、大きいと思う。
「とりあえずだ。お前に選択肢はないだろ」
「ごめんねー、レイラちゃん。こっちも仕事だからさ」
あまり申し訳なさそうに見えない。
けれど彼らも彼らで悪魔討伐で生計を立てているのだから、魔王という諸悪の根源を倒してしまえば下っ端の比ではないほどの報酬が支払われることだろう。それこそ、一生暮らしていくのに困らないだけのお金が。
「わかった。人間には見えないようになってるから、そこまで案内する。その代わりと言っちゃなんだけど少し手伝ってほしいことがあるの」
「……この上でまだ条件をつけるか……。その手伝いってのはなんだ」
「まだ駄目。もう少し待って。今私の仲間が動いてるから」
「? くそ、取引なんか持ちかけるんじゃなかったか」
「言い出したのはそっちなんだからね。今更降りるとか無し」
「あは、レイラちゃんってば強いんだから」
腑に落ちない様子の勇者は無視。私には私のやらなければならないことがあるんだから。