困ったこと
最初と途中で視点が異なります
「……なあ、あの指示どういうことだと思う?」
「さあ。俺たちには魔王様の考えなんかわかんねーよ」
勇者に見つかるかもしれないことなど全く考えず、堂々と森を歩き回る。勇者はどこに現れるのか全くわからないのだから、いちいち怯えていたらキリがない。
連れてきた数人の仲間はこの命令の意図が気になっているようだが、そんなことを気にして仕事に集中できなければ命を落としかねないのだ。
だからいつでも集中していてほしいのだがそうもいかないらしい。困った奴らだ。
「だって世界中の教会という教会を壊せってさあ。まあ働きに応じて報酬が出るのはありがたいけど」
「収入を得たいなら仕事に専念しろ。ライガのことを忘れたわけじゃないだろ」
ライガは数年前まで俺たちと行動を共にしていた。
ある日いつものように留守の家で盗みを働いていた時にあいつはしくじって殺されてしまった。相手が悪魔だと見るやいなやためらいもなく銃をぶっぱなしたあの人間の顔は忘れない。忘れられない。
人間もあんな風に醜い一面もあるのだと知れば、あいつは、レイラは考えを改めるだろうか。
それなりに長い付き合いだが、あいつが人間を襲っているところなんて見たことがない。それどころか人間を助ける始末だ。
何度も何度も説教した。そんなことをしていると早死にするぞ、生きたければ他の悪魔のように人間を襲え。それでもあいつが首を縦に振ることはなかった。
「そういやザジ。この間レイラに会ったんだけどよ、お前、あいつと会ってないのか?」
「……関係ないだろ。俺はもうあいつに会う資格はない」
「なんですかそれ。ザジさん、喧嘩でもしたんすか?」
「うるさい。目的地はもうすぐなんだから集中しろ」
怒気を含んだ声でそう言うとすっと静かになった。それでいい。レイラのことは今は考えるべきではない。
このまま死ぬまで会わないでいたいくらいだ。会ってない、なんてものじゃない。俺はあいつに会っちゃいけないんだ。
「うおお……。前の教会に負けず劣らずでっかいねえこりゃ」
「教会っつーのはでかくねえといけないもんなのか?」
「知るか。ほら、中の人間を全員外に出せ。壊すのはそれからだ」
この間と同じように指示を出す。中にいる人間を一人残らず外に出してからでないといけない。
そんなことは言われていないが、俺が決めた。人間は殺さない、殺させない。
「またかよ……。なあ、もう面倒だし皆殺しにしちゃっていいんじゃねえの?」
「駄目だ。全員外へ出せ」
「ザジさんにはザジさんの考えがあるんすよ。行きましょう!」
渋々といった感じで仲間は次々に教会の中へと入っていった。人数が少ないと早く終わって楽なんだが。
破壊担当の俺は仲間が全員外に出てくるのを確認してから行動に移す。全員が出てくるのが人間を逃がし終わった合図になっている。
さあ、攻撃開始だ。
***
「最近あちこちの教会が悪魔に壊されているらしいね」
「え? そうなの?」
「目的はわからないけれど、教会ばかり狙われて建物は全壊だそうだ」
確かに目的がわからない。あちこちの教会が狙い撃ちにされるなんて、意味がわからない。
教会の存在が悪魔にとって何か不都合なことなのだろうか。でも今までそんな話は聞いたことがない。だからこうしてここも存在しているのに。
大体ちまちまと教会だけを壊していくのもおかしな話だ。だったらいっそ町ごと壊してしまえばいいのに。
「ここも危ないかもね。まだこの大陸で被害にあったという話は聞かないけど」
「アーロン神父が今日も出かけてるのはその関係?」
「そうらしいよ。子供たちをどうするのか考えないといけないし」
「……そっか、ここが壊されちゃったらあんな大人数一緒に暮らせないもんね」
寂しい気もするけれど仕方がない。子供たちを危険な目に合わせるわけにはいかないし、対応は早い内にしておいた方がいい。
近い内、また城の方に行って話を聞いてこなければ。一体何が起きているのか、何を目的として行動しているのか。
教会だけを集中的に狙っているとなるとただの強盗なんかではない。お偉方から指示があったはずだ。
(何事も早い方がいいよね……)
ここが襲われると私はたいへん困る。誰でもいいから話を聞いて、ここは私に任せろとか適当に言っておけばいいだろう。
ああでも私みたいな最下層の悪魔の言うことなんて誰が聞いてくれるだろう。こんな時レベルが高ければよかったのにと思ってしまう。
「エディ、ちょっと私出てくるね」
「うん。いってらっしゃい。今日中に帰ってくるのかい?」
「多分帰ってこない。明日か、明後日か……。とにかくしばらく空けることになると思う。子供たちとアーロン神父に言っておいて」
「わかった」
簡単に準備をして大急ぎで教会を飛び出す。
ザジに会えればそれが一番いい。だけどそう都合よく会えるとはとても思えない。誰でもいい、とにかく下っ端悪魔に会わないと。
「おい、お前」
「はい? …………げ」
人気のないところに行ってから羽を出そうと思っていたらこれだ。
私の肩に手を置いていたのは憎い同胞の仇、勇者だった。
「悪魔がこんなところで何してる。教会から出てきたようだが、あそこでも襲ってきたのか?」
「……私急いでるんで」
よりによって勇者に見つかるなんて、最悪すぎる。こいつが教会のみんなに私のことを教えたら、私は。
もうここには戻ってこられないかもしれないな。そう考えながら羽を出して飛ぶ準備をする。
「行くなよ? 俺は少し聞きたいことがあるんでな」
「勇者なんかに話すことなんかないけど」
「お前はそうでも俺にはあるんだよ」
いいからしまえ、と半ば強引に羽をしまわされて話を聞く体勢をとらされる。一体こいつは何がしたいのか。
そういえばお供はどうしたの、と聞くと町に置いてきたと返された。ということは今、目の前にいるこいつは一人だ。よく見れば武器も持っていない。
丸腰とかなめてんのか。そうは思いつつもそうまでして私に聞きたいことがあるのかと気になった。本当に何がしたいんだ、こいつ。
「実は、数日前からこの町に滞在している」
「は?」
「一回世話になったから教会の方にあいさつに行っとこうかな、と思ってここに来たらお前がいるだろ。しかも仲良さげだし。なあ、お前何してんの?」
成程。私の正体が悪魔だとわかっている勇者からすればさぞ不思議な光景だっただろう。
勇者は好戦的に挑んでくる悪魔としての私の姿しか知らないから私の考え方なんて知るはずがない。他の悪魔同様人間を襲う奴だと思われているに違いない。
そう思っていたのに、人間と仲良く暮らす私を見てわけがわからなくなった。そんなところか。
「……生活費稼いでる」
何をしてるのか、と聞かれたのでそのまま返す。
しかしその答えは勇者が望んでいたものとは違ったようで、ますますわけがわからないという顔をされた。
あれか。潜入してるとかそんなのを期待していたのか。残念だったな。
「生活費ってお前、何、貧乏なわけ?」
「下っ端の給料の少なさなめんな! 他の悪魔は人間襲って生計立ててるけど、私は真面目に働いてるんだよ」
「…………」
「何。文句あんの?」
「いや……。悪魔の世界も厳しいんだなと」
特に何かを企んでいるわけではないとわかってくれたのか、肩に手をぽんと置いて頑張れよと言われてしまった。屈辱的。
さりげなく悪魔が人間を襲う理由も言えたのでまあよしとしようかな。悪魔も楽じゃないんだよ。
「各地で教会が襲われてるっつーからお前もそうだと思ったのに」
「なのに武器も持たずに来たの? いい度胸ね。私は今からその話を聞きにいこうと思ってたの。それなのにあんたが邪魔して」
「邪魔したのは悪かったよ。てか武器持ってちゃ話になんねーだろ。……それにしてもお前、本当に悪魔か?」
「失礼な」
「俺の知ってる悪魔と違う。生活に困って真面目に働く悪魔とか聞いたことねえ」
確かに悪魔にあるまじき行為である。勇者の言うことは最もだ。でも、これが私だ。
悪魔らしくないとかそんなこと知らない。私は私だもの、こうして生きていくしか方法が思いつかないんだもの。仕方ないじゃないか。
「……ま、俺には関係ないか。俺はこの町の教会には思い入れがあるんでね。しばらくここにいるつもりだ」
「? 何が言いたいの」
話が見えない。この教会に思い入れがある。それがどうしたというのか。
ていうか何でそれを私に言うんだ。
「ここは壊させないっつってんだよ、襲いたきゃ襲えってことだ」
「ああ、成程。わざわざ勇者がいるところを狙うわけないし。守ってくれるならありがたいわ」
「お前……。あー、もういいから行けよ。止めて悪かったな」
勇者の考えることなんて私にわかるはずがない。だから教会を守るとかそんなの嘘かもしれない。わざわざそんなことを私に言う必要がないし。
でも、今はそれが嘘でないことを願いたい。帰ってきた時にあそこがなくなっていたら私、泣くかもしれない。
だから教会を守ってくれる誰かがいるというのは心強かった。
(……ザジを、ザジを探さなくちゃ)
人気がないことを確認し、空へ飛び立つ。彼のことだから指示に逆らわずちゃんと仕事をこなしているはずだ。
この間襲われたばかりだという教会近辺に行けばきっと、下っ端をまとめる立場にいる彼に会える。
もっと早く飛んでくれと羽を精一杯動かす。会って何をどう説明すればいいのだろう。さすがの彼でも話を聞いてくれないかもしれない。
でも。それでも行かないわけにはいかなかった。




