楽しい楽しい給料日
今日は毎月恒例の給料日だ。いつもは人――というか悪魔――の数の少ない王城も、今日ばかりはぎゅうぎゅう詰めでとても暑苦しいし、我先にと給料を受け取り、中身を見て一喜一憂する様は見ていて鬱陶しい。受け取ったなら早く帰れ。邪魔だ。
「レイラ、これが今月のお前の給料だ」
私の番になって、どさりと手の上に袋が置かれる。重いけれど、小銭しか入っていないであろうその中身に溜息が溢れた。
横目でちらりと上の位の悪魔の様子を見ると、持っていたのは封筒で、中には札束が入っていることが容易に想像できた。
勇者一行と戦ったり、死にかけたり色々と大変なのに。向こうの悪魔は家でぬくぬくとしているだけなのに。何故私の給料の方が少ないんだ。そんな怒りがふつふつとこみ上げてくるのがわかった。
「お前、もっと人間を襲わねえと給料もレベルも上がらないぞ」
給料を渡してきた男の言葉にぐ、と詰まる。
確かに私は人間を襲わない。襲う必要がないと判断しているからだ。だってこちらから襲わなければ無害だし、殺すのは私たちを襲ってくる勇者一行だけで十分だというのが私の考えなのだ。
……殺すにはまだ至っていないけれど。だって勇者強い。
自分がもらった袋の中身を確認してみればやはり小銭ばかりで。全部あわせてざっと五千ガル、といったところだろうか。
五千ガルで一月過ごせと。そうおっしゃるのですか魔王様。悪魔の寮住まいだが、その寮だってタダではないのだ。三食きちんと食べようと思ったら一日五百前後はかかる。
もしかしたら人間を襲わせるためにわざと薄給に設定しているのだろうか。あまりに給料が高いと人間を襲わなくなると。まあそうでしょうね。私のようなタイプが増えてくるに違いない。人間も悪魔も元々お互いを敵対視しているわけではないのだから。
どっちにしろ私は勇者一行以外の人間を襲うことはないけれど。
「先月の給料はもう残ってないし……。今月も最悪、草と水だけだなあ」
――魔王様が悪魔を生み出す時、その時の魔王様の状態や世界の状態が生み出される悪魔の性格や口調を決める。だから血気盛んでむやみやたらに喧嘩をしたがったり、私のように争いごとを避けたがったりと両極端なことになるのだ。
私は比較的平和な時に生み出されたので、切羽詰った状況にあっても人間を襲うことはない。勇者は別だが。ここ大事。
「おう、レイラ。お前も今からひと狩り行かねえか?」
「行かないよ。私、ちょっと今日から遠出するから」
「遠出? どこに行く気?」
お城からずーっと向こうに行ったところ、とだけ言い残して魔王様のお城を飛び出す。最後に見た仲間の顔はとても驚いた表情をしていた。いってらっしゃい、という呟きが聞こえたような気がする。
悪魔として生まれたからには魔王様に従わなければならないのだけれど、どうしても人間を襲う気になれない。魔王様は人間どもを根絶やしにしろ、なんて言っているけれど、人間たちがいなければ困るのは私たち悪魔ではないだろうか。現に、いい行為とはとても言えないが、人間を襲うことで生計を立てている者がいるのだから根絶やしにされると大変、だと思う。
「遠く、できる限り遠くへ……!」
背中の羽をめいっぱい動かして空を行く。魔王様の影響が少ない、遠くの土地を目指して。私が生きるためにはお金が必要だ。そしてそれは、魔王様の支配下にあっては叶わない。人間を襲おうとしない私のレベルや給料が上がるわけがないからだ。心狭いですよ、魔王様。
さて、お金だ。手っ取り早く求めるのではないのなら、お金を稼ぐ方法は色々ある。ちなみにその手っ取り早い方法というのは強盗である。絶対しない。たとえ草と水だけで一日を過ごすことになろうとも、そのギリギリのラインだけは保っていたい。悪魔らしくないとか、なんとでも言えばいい。
その色々ある方法の中から私が選んだのは、人間に紛れて働くことだった。
見た目に関しては問題ない。羽と尻尾は収納が可能だ。ただ、感情が高ぶるとたまに出てきてしまうのだけれど、そこさえ気をつけていれば大丈夫だ。問題は働く場所である。
(接客業は無理。無理。店員さんすごいなって尊敬する私には、絶対無理)
作り笑顔とかふざけんなよ、と思う。接客はなし。ならば人手の足りない農家なんかの手伝いに行くか。全く柄ではない。そもそも人間の仕事がどういうものなのか私はあまりわかっていない。
(……まあ、着いてから考えようかな)
そう決めて飛ぶことに専念する。あー、風が冷たい。
結構飛んだと思うし、そろそろ降りても構わないだろうか。あくまで主観的なものだから、ひょっとしたらあまり距離をとれていないかもしれないけれど、多分十分、だと思いたい。
急ブレーキをかけて、近くにある町を探す。あ、あそこなんかなかなか大きくてよさそうだ。ぱっと目に入った町の近くに降り、誰にも見られていないことを確認してから羽と尻尾をしまう。これでどこからどう見ても人間、のはずだ。
「さあて、私にもできる仕事はあるかなー?」
ごめんなさい魔王様。私は生きていくために人間の町に住み働きます。でも、給料をケチる魔王様が悪いんですからね。
王城の方へ腰を折り、内心で謝罪をする。私が悪いわけじゃないアピールもちゃんと忘れない。
果たしてこの町で私にどんなことが待ち受けているのだろうか。胸を若干の期待で膨らませ、町の門をくぐった。