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なよたけの輝夜姫

宴会から数日が経った。

鬼雅は寺の皆への手紙を認めていた。

彼は既に完全に鬼として生きる考えを固めていた、少し気分を高めつつすいすいと筆を進めていると外からドタドタと騒がしい足音が響き出した。

何事かと思った鬼雅は一人、部屋の外に顔を覗かせた、すると廊下の向こうから一人の鬼が焦燥しきった顔で此方に向かってきていた。

朝早くから騒がしい奴だと少し気分を悪くしながらもこの場において基準はあれなのだと自分を納得させ大人しく愛想良く話し掛ける事にした。


「随分慌てているようだけどどうかしたのか?」


「敵襲です!!」


その一言で自身の顔に緊張が走ったのが彼の瞳から反射して見えた、はやる気持ちを抑えながら鬼雅は一つあることを聞いた。


「人数は解るか?」


「三人です!あ、あと鬼鉄さんが現在交戦中です!!」


その言葉を聞き終えた瞬間には鬼雅の体は暖まりきっていた、我慢できないと言わんばかりに無邪気な笑顔を見せて部屋と屋敷を飛び出して山を駆け降り始めた。

今更山に向かってきた人間の目的は一体なんだろうか?嘗て何度も挑んできた者は全て敗北したであろう事は明らかだと言うのにどうして?たったの三人でこの山を攻略出来るとでも思っているのだろうか?どちらにせよ真実を知るには向こうに対して死なないように加減をして戦わなければならないだろう。

鬼鉄が居ることなど鬼雅の頭からとっくに抜けていた、最早彼は如何にして手加減した戦いをするべきかということにしか興味が無かった。

戦い好きな鬼の性質、今の鬼雅はそれを抑える事を知らない子供のようなものだ。

萃香に迫らんとする力量を持った無邪気で純真無垢なひよっこ妖怪、それが一体どんな危険なものなのか未だ誰も知らない。

山は怯えているのだろう、侵入者ではなく身内に潰されるかもしれない恐怖心によって。


数刻後

鬼鉄は侵入者の一人と交戦中だった、もっとも彼の任務は飽くまで侵入者の行進の邪魔をする事だったりする。

彼は今、背後から迫り来る鬼雅の気配を感じていた、沸き上がるのは歓喜の感情、それは一抹の不安を伴っていた。

力任せで計画性の無い滅茶苦茶な侵入にも関わらず山の大半の連中を倒し尽くし、果ては御大将とも言うべき萃香に挑んだ豪傑、そんな者がこの場に来て何も起こらないわけがないのだ。

案の定の行動力で鬼雅は既にそこまで来ていた、ヘラヘラとした笑いを顔に貼り付けて。


「鬼鉄……疲れたろ、後は任せろ」


有無を言わせぬ気迫を見せながらもヘラヘラと軽薄そうな笑いを絶やさない鬼雅の姿は不気味だった。

鬼鉄はこの場はどうにかして抑えてもらえないかと考えたが目の前の玩具をねだる子供の様な視線を前にしてはどうしようもなかった。


「……分かりました、この戦い、鬼雅さんに預けてあっしは見物させてもらいます」


「なんだぁ!てめえ逃げんのか!」


弱っている妖怪を逃がさない為の技術なのか交戦していた相手の陰陽師は如何にも学があると言った顔付きで此方を挑発する。

その姿を憐れに思いながら鬼鉄は鬼雅の監視に撤する事にした、彼自身鬼雅が今にも暴走してしまうのではないかと危惧していたからだ。

それが現実となることは鬼鉄にとって予想の範囲内なのかもしれない。


「やれやれ、久し振りの侵入者と言うからどんな奴かと思えば、都直属の陰陽師様か」


早く戦いたい早く殺りたいと疼く全身を押さえ付けながら相手を見る、既に生かして捕まえるという元の発想が思考の彼方へと消え去っている事には当然の如く気付かなかった。


「ん?……お前っ!?」


「通秀さんどうしたんですか?この鬼と知り合いなんですか?」


陰陽師の一人が突然の取り乱したのを不審に思ったもう一人の陰陽師は通秀と呼ばれる陰陽師に話を聞いた。

寺の関係でひょっとしたら関わった事があるのかもしれない、そんな事を鬼雅はボーッと思いながら足をブルブルと震わせて今か今かと戦いの合図を待ちわびる。


「ど、どうしたもこうしたも無い!何で貴様が鬼の仲間みたいに振る舞っている!」


「俺は鬼だ」


「人間の癖に妖怪の味方をするとは!なんという不届き者!、そこの鬼とともに成敗してくれる!!」


御互いに微妙に噛み合わない会話になっているがどちらも興奮しきっているのかまるで意に介さない。

陰陽師の合図と共に鬼雅に向かって放たれる無数の矢、よくみると一つ一つに呪符が貼り付けられているようで矢が刺さった場所から霊力の放出が感じられた。

恐らくあの矢に当たるとどれだけ硬い皮膚を持っていても妖怪なら傷をつける事が出来ると言った物なのだろう。

そして矢の呪符が付いていない腹の部分が弱点だろうと見当を付けて殴ってみるとどうやら案の定弱点だったのか無傷で矢を弾く事が出来た。

当たらなければ関係ないと鬼鉄は欠伸を堪えつつ矢をかわす、その間も鬼雅から視線は外してはいなかった。

一方で矢を放っている取り巻きの一人が目の前で繰り広げられる異常な光景に呆気にとられていた、それは陰陽師の通秀も同様だった。


「な、何故?さっきまで必死に避けてたというのに……」


鬼雅は未だに呆気にとられたままの取り巻きの頭上を軽々と跳躍して越えると素早く敵の背後に詰め寄り首筋に強烈な手刀を放った。


首がとれた


「は?」


通秀は理解が出来ないといった表情で呆然と立ち尽くしていた、例え刀等の刃物であったとしてもあそこまで容易く首を落とす光景に異常性を見出だす事など不可能だろう。

しかしこれは事実だった、鬼雅は当たり前のように素手で人間の首をもいで見せたのだ。

鬼鉄は思わず立ち上がっていた。


「鬼雅さん!!」


「悪い、殺した」


鬼鉄の言葉に対する返しなのかそれとも通秀に対して言ったのかは定かではない、しかしそれは通秀の感情の爆発を促すのに充分過ぎるものだった。


「貴様ぁ!!!よくも!!」


通秀は袂から素早く札を取り出して鬼雅に向けて投げた、しかし彼が避けるまでもなく札は彼の周りの地面に落ちた。

鬼雅は馬鹿にしたような視線で通秀を見た、しかし予想に反して通秀は勝ち誇った笑みを浮かべていた、それを不思議に思っているとすぐにその仕掛けが明らかになった。


「これは陰陽術の基礎とも言うべき技、霊牢!」


いつの間にか札が落ちていた場所には鬼雅の囲うようにして無数の霊力の柱が建てられていた。

訝しげな顔で霊力の柱に触れると凄まじい痛みが指先を襲った、思わず手を引いて見てみると指が火傷したように爛れていた。

この牢屋を突破しようとすれば全身を凄まじい痛みが襲う事は火を見るより明らかだった。

再び通秀を見ると先程よりも安堵の表情で笑っていた、そして取り巻きがいつの間にか奴の後ろに隠れているのが見えた。


「ふははは、これでお前は攻撃出来まい!」


「ははははは面白いねぇ!!!」


笑う鬼雅を見て突如取り乱したように狼狽える通秀、まったく思考が理解できないのだ、実際この場において鬼雅の心情を理解している人物など居ないだろう。

もしかしたら鬼雅自身すら理解はしていないのかもしれない。

そして次の瞬間鬼鉄の理解の範疇すら越えた鬼雅の行動を彼等は目にすることになった。

腕を地面の札に伸ばし腕を焼け爛れさせながらそれを破き始めたのだ、むせ返るような肉が焼ける悪臭と時折頭を掠めさせているのか顔の皮膚すら剥がれ落ち醜悪なミイラのような顔をさせた鬼雅はそれでも笑っていた。

札の全てを処理しきった鬼雅の顔には苦痛の呻きも歪みも出ない、通秀にはそれが鬼でも人でもない別の何かに見えてならなかった。


「化物め……」


「面白くもない冗談だな、こいつを作ったのはお前だろ?」


それは確かにその通りではある、しかし通秀の思惑と違う結果に終わった事だけは確かな事だった。

当たり前や常識を非常識に置き換える行為を軽々しく為し遂げ、その為に自らの肉体を躊躇無く傷付ける鬼雅の姿はあまりに異常だった。

ボロボロの体にも関わらず通秀は目の前の化物には勝てないと体が理解していた、早く逃げるべきだと、関わってはいけないと頭の中で警鐘が鳴り響かせる。

しかし体は動かない、反対にボロボロの鬼雅は相変わらず薄気味の悪い笑みを貼り付けながら向かってきた。

そして拳を振り上げながら一言。


「まあまあ楽しめたよ」


「や、やめろ、やめてくれぇ!!」


懇願の言葉を伝えるメッセージを持たない薄っぺらくて無意味に小気味の良い唄のように聞き流しながら拳を振り下ろす。

軽々と吹っ飛んでいった、鬼雅が。

通秀の目の前には鬼鉄が拳を握り締めながら立っていた、歯をギシッと噛み締めながら心痛な面持ちをしていた。


「もうやめてください、鬼雅さん」


「なんだと?」


森の彼方に吹き飛ばされた筈の鬼雅は不機嫌そう心持ちを隠そうともせずにぶっきらぼうに言った。

鬼鉄は尚も通秀に向かおうとする鬼雅の頭を掴んで地面に叩き込んだ、暫くすると再び起き上がろうとする彼の頭を何度も殴っては蹴り飛ばし胸元を掴んで怒り心頭と言った具合に力の限り叫んだ。


"やめろ"


通秀はこれ幸いと思ったのか取り巻きを見捨てて一人脱兎の如く走り出した、鬼鉄はその様子を見ようともせずに鬼雅を睨む。

鬼雅は塞がりつつある傷とはまた別の傷を無数に付けられて一層瀕死に見えるがまるで弱っている様子を見せずに黙って鬼鉄からの制裁を受けていた。


「一時の解放感に流されて人殺しなんて恥ずかしく思わないんですか?いい加減気付いてくださいよ、貴方の心の底から沸き上がってるのは」


"本能の見せる一つの狂気でしかないんですよ"


鬼雅は拘束を力付くで振りほどいた、しかし鬼鉄は何も抵抗しなかった、これで変わらなかったそれまでの事だと理解していたからだ。

鬼雅は暫し荒い息遣いでハァハァと辺りをしきりに見回したり頭を抱えては地面を何度も何度も踏みつけたりした後に天高く見上げて力の限り叫んだ。

何度も何度も叫んでは近くの岩に頭を打ち付け、拳を叩き込んでひたすらに暴れた。

やがて少し不機嫌そうな顔をしながら鬼鉄に向かって感謝を述べた。


「ありがと、ちょっと呑まれてたみたいだな」


やがてその様子をビクビクと見ていた取り巻きだと思われていた一人の男のもとに近寄った。

男は腰が抜けて歩けない様子だった、しかし鬼雅は何もしないで一つだけ男に言った。


「で?目的はなんだ」


「うひぃっ!?」


鬼雅はフゥと一息吐いてから不機嫌そうな表情で再び懇切丁寧に聞き取りやすい言葉で聞き直す事数十回、幾つか分かったことがあった。

それは男は取り巻きではなく通秀に鬼退治を依頼した貴族だったらしい、名前は藤原不比等だとか。

何でも今都にいる輝夜姫とか言うとんでもない美人さんに求婚を申し立てたらば、蓬莱の玉の枝を持ってきたら考えてやるよ、と返事がきたらしい。

しかし、蓬莱の玉の枝なんて何処にあるのか知らないし蓬莱の国を今から探すのも無茶だと思った不比等さんは別の事にしてくれ、と交渉したらしい。

その結果、この大江山にいる鬼の総大将の首を取ってこいという事になったらしい。

聞きたいことが無くなると未だに怯えたみの不比等に生かして帰すと保証する事で漸く怯えが無くなってきていた。


「お前はこれから都に戻ったらどうするんだ?」


「取り合えず求婚の取り下げをするさ、こんな滅茶苦茶出来る筈も無しだからな」


そうか、一言呟いた鬼雅はある一つの考えを頭に浮かび上がらせていた。

しかし先程の暴走の事もあってか妙に言い出せない状況になっており、しきりに鬼鉄の方をチラチラと見ていた。

すると鬼鉄は何かを察したのか向こうからどうしたのかと聞いてきた、鬼雅はこの機会を逃す術はないとこれ幸いと思って聞くことにした。


「俺も都に行っても良いか?」


「私としてはあまりいい気分ではないが命あっての物種だ、好きにしてくれ」


鬼鉄はとても渋い顔をした後にハァと一つ溜め息を吐いてから、何があっても我々に被害が及ばないように処理してくださいとだけ言った。

そして固い表情で一言。


「もし被害が及んだら、そしてそれが壊滅的な被害を及ぼしたら、我々の下に平気な顔で戻れるとは思わない事です、幾らあっしでも擁護しきれませんからね」


鬼雅は少し嬉しそうに、そして真剣な顔でわかった、と言って不比等の方に向き直った。

不比等は少しビクッと肩を震わせたが最初ほどの怯えは残っていない様子だった。


「それで都に何か用があったりするのか?言っておくが都を潰すなんて言うのであれば私も命を捨てる覚悟だ」


「なに、輝夜姫に会いに行こうと思ったまでさ」


不比等は鬼雅の言葉を聞いて驚いた顔をした。

しかし、すぐに調子を取り戻したのか彼に、分かった何とかしよう、とだけ言って馬車の元に案内をし始めた。

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