新たな仲間
宴会場は当然の如く賑やかで辺りを軽く見回せばそこらじゅうに酒瓶やら酒樽やら転がっていてとても酷い有り様だった、アルコールの鼻に付くような刺激的な匂いに加えて部屋中に広がる汗による肌のベタつきと不快な環境ではあるが鬼雅にとってその場所は決して嫌では無かった。
萃香に先導され騒ぎ続ける鬼達の犇めく中を歩き出す、山に居る全ての鬼や妖怪を集めたのか広い宴会場にも関わらず足の踏み場は少ない、やっとの思いで見つけた空き場所に座り込み久し振りの飯を食べ始めた。
「どんどん食べなよ」
何しろ日を跨いで食事を摂っていないのだから鬼雅の体は食事を求めていた、取り合えず近くにあったおにぎりを手に持つ、兎に角大きい、どうやら塩むすびの様で中身は無かったが数日振りの食事にしては上出来な味だった。
「旨い……」
ポツリと漏らした感想に前に座っている勇義はそうだろうそうだろうと相槌を打つ、萃香は既に酒に夢中の様子で聞こえていなかったようだった。
鬼雅も握り飯をきっかけに食事に集中し始める、勇義はそんな二人を見ながらチビチビと酒を呑む。
その時、鬼雅の周りが暗くなる、どうやら萃香が立ち上がったらしい、赤ら顔をした萃香は酒の入った瓢箪をそのまま後ろに倒れるのではないかと思うほどに反り返りながら飲み干し据わりきった目付きで周りを一瞥し、大きな声で叫ぶ。
「全員一旦止まれぇ!!」
すると鬼達は飯を食う箸や酒に手を伸ばす手を止めて萃香の方に向き直る、不服そうな顔をしていた者も居たが殆どの者は真剣な顔付きになっていた。
萃香は満足そうにそれを見ると再度息を吸い込み部屋中の者全てに聞こえる位の大声で喋る。
「我々に新たな仲間が増えることは聞いてると思う!此処にいる彼がそれだ、名は鬼雅……取り合えず面倒な事は抜きにして……歓迎の宴といこうじゃないか!!皆ぁ!!」
萃香の言葉が終わるとシンと静まりかえる宴会場、しかし静まったのも束の間の事で直ぐ様ざわざわとする、そのざわめきには次第に笑いや見極めようとしているのか隣の者と真剣な表情で語り合う者、その他様々な者達によって宴会場は賑やかに騒ぎ騒がれ続ける。
「どうやら認めて貰えた様だねぇ鬼雅?」
ウォーー!!ウォーー!!!
気付けば鬼達の顔には喜びが色濃く浮き出ていた、笑い声も次々に伝染病の如く広がっていく、どうやら彼等の意見はまとまった様だった。
彼等一人一人に聞くまでもなく歓迎されているよ、勇義は鬼雅にそう伝えた、しかし鬼雅には疑問が有った、仲間を殺した者をこうも容易く認める者なのか?と。
鬼雅は考える、あまり評判の良くない鬼達とは言え立派に死んでいったのは正しく鬼だ、それなら彼等にとっても仲間と言える筈だ、鬼雅自身罵倒くらいは覚悟していたのにこれではその覚悟が無駄になってしまった様な気分だと言えた。
しかしその疑問は鬼雅に話し掛けてきた一人の鬼によって解けた。
「お前があいつらを殺ったのか?」
鬼雅はピクリと眉を動かす、視線を素早く後ろに向けると如何にも鬼だと言わんばかりの醜男が鋭い目付きで鬼雅を捉える。
鬼雅は最悪殴られる事すら覚悟して話した。
「そうだ」
鬼雅の言葉を聞くや否や鬼の目付きはますます鋭く刃物の様に尖っていく、しかし表情からは鬼が複雑な心境をしていることが分かった。
怒って居ない訳じゃない、だが鬼雅に対して怒る事が出来ない、そんな感情が読み取れた、鬼は鬼雅にその事を読み取られた事が何となく分かったらしく妙に悲しげで悔しげな表情へと顔を変化させていく。
「笑ってくれよ、俺を」
鬼雅にはそれが一体どんな意味を持つのかまるで分からなかった、しかし、彼も自分の台詞を聞いている間ずっと視線を外さなかった事から自分もまた彼に心境を読み取られたのかもしれないと感じた。
「待ってくれ、さっぱり理由が分からん、少しくらいの説明は良いだろう?何であんな目付きをしていたのか、なんでそんなことを言うのかくらいは聞いたって構わないだろうに」
彼は暫く何も言わずに黙っていたが真剣な鬼雅の様子を見て何かを決心した様に語り出した、それは自分への叱責を込めていたのか酷く荒く自虐的な内容の話だった。
「俺は……あいつらに何も感じられなかった、戦う事だけに興味を持ってところ構わず勝負を挑み人間を拐う、酷い時は俺達全員の首が賭けられている大事な戦いを勝手に仕掛けていた事もある」
確かに話を聞く限りでは無謀な愚か者だと彼等を罵る者が居ても不思議ではない、しかし鬼雅はそんな彼等と戦った事でその本質を見ることが出来た。
彼等は全てを賭けた勝負をしたかったのだ、全力のぶつかり合いをしたかっただけなのだ、しかしその願いは仲間達に押さえ付けられ、ろくでなしの屑だと言われた事でその願いは歪んだ物となり、勝ちだけを求める戦いに身を落とす事になってしまった、奴は最後にその事を思い出し、鬼雅と全力のぶつかり合いをした、だからこそ鬼雅にはそれが分かった。
「あいつらの評判は地に落ちた、俺はそんな周りの評価を聞いて心底屑だと思った……いや今でもそう思ってる、だがあんたは違うだろう?あいつらから俺達とは違う何かを見出だした、そうじゃないのか?」
先入観の無い者が見る世界と有る者が見る世界は違う、先入観を持てば世界は同じ様にしか見えない、だが先入観を持たない者には持っている者とは違う物を見ることが出来る。
ろくでなしだと批評され、それを聞いたものからは奴等の願いは見えない、しかし何もそれを知らない鬼雅は別の物が見えた、人質にされた人達を殺された事は決して許される事ではない、だがそれは裏を返せば本気で殺り合いたいが故のやり方だったのかもしれない。
不器用だった、それが全ての始まりだった。
「そうだな、少なくとも俺には奴等は決して人質を殺すなんて下らない行為で満足する屑だとは思わないな」
鬼雅はそれだけ言うと立ち上がって慎重にゆっくりと、それでいて素早い身のこなしでその場を後にした。
鬼はそこに立ち尽くしていた、そして鬼雅に聞こえる程度の小さな声でボソリと呟いた。
「俺なんかよりもよっぽど人を……いや、鬼を見る目があるんだな……俺は、仲間を殺されたにも関わらず怒れやしない、それどころかホッとしているんだ……あいつらを屑だと言われたから……か、どうやら本当の屑は俺の方だった様だ」
彼が気に病む事では無い、むしろそれに気付けただけマシなのだ、鬼雅はこの空気を知っている、人間と同じなのだ、他人による批評でイメージが固まる、人間の知っている物で言えば人相書きの様な物だ。
そんな事を考えながら萃香達に外に出ると言って縁側に出ると先程とは別の鬼が俺の所に来た。
「お久しぶりですね、へへへ」
鬼雅にはその鬼に覚えがあった、最初に戦った鬼だった、最初に戦って最初に殺した筈の鬼。
驚きを隠そうとするがそれも空しく目の前の鬼の姿をまじまじと見詰めてしまった、しかし彼の体には傷一つ無かった。
そして鬼雅はその鬼に何か引っ掛かる事があった。
「お前は……」
目の前の鬼は鬼雅の様子から自分の事を覚えられている事が分かったのかニヤリと口角を上げて笑った。
そして自らを鬼鉄だと名乗りまた笑った、不気味で妙に親近感を感じた、月光に照らされる鬼鉄は幽霊にも思えた。
「生憎と死んでは居ませんよ、へへ」
鬼鉄はそんな事を言った、ならば一体どうやって首を切られた状態から生き残ったのだろうか?
普通の生物ならば……いや、そもそも妖怪ですら首を跳ねられれば生き返るのは容易ではないだろう。
なら一体どうやって?
「首を切った筈なのに生きているのはどうしてなんだ?」
次々に浮かぶ憶測、そのなかでたった一つ納得出来る物があった、それに鬼雅が辿り着くと同時に鬼鉄は話し出す。
鬼雅にはそれが知っている筈の事をもう一度語り聞かせる教師の様に見えた、そしてそれは鬼雅の憶測通りの答えだった。
「能力ですよ能力、『初めて戦う相手に一度だけ殺されない程度の能力』ってとこですかねぇ」
一度だけ殺されない、それは不気味な響きとなって鬼雅の頭の中を掻き乱していく、そんな能力があるものかと疑う事すら考えた。
しかし山に来てから鬼雅は様々な経験を積んできた、それが鬼雅にとっての不可能の限界のラインを広げてしまった為に疑いの言葉は喉の奥に吸い込まれていきそういうものだと言う納得によってゆっくりと溶かされていった。
「つまりそれがお前の能力であり、俺に殺された理由と言う訳なんだな?」
「ええ、侵入者の顔を覚えるのと力量の確認のためにあっしはわざと相手に負けると言う訳です」
つまり鬼鉄によって侵入者のデータが取られ、そして侵入者を知ったところで他の鬼達がそれを潰していくと言う事なのだろう。
軽い調子で話して居るが鬼鉄はこの山にとって重要な存在であり大変な大役を任された者なのだろうと鬼雅は肌で感じた。
その時鬼雅に何か引っ掛かる事があった事を思い出した、そしてその疑問が何なのかが分かった……いや、思い出した。
「あの人の……部下、いや戦友……」
途切れ途切れに呟く言葉に鬼鉄は反応を示した、その顔には喜びが混じっていた、それも期待通りだと言わんばかりの歓喜の顔だった。
鬼雅は目の前に居る鬼鉄の事を知っていた、名前も、能力も、しかしそれは自分の記憶ではない、生みの親から受け継いだ一つの経験、そこから得た記憶の残照の様な断片的な物だ。
「やはり勇健殿の息子でしたか」
「……」
母はどう思うのだろうか、ここで自分の正体やここまでくる経緯を話してしまって良いのだろうか?鬼の誇りを守るべきなのだろうか?
頭の中で名無しの鬼の姿がちらついた、そこからは考えるまでも無かった、大体の確証は向こうにもあるかもしれない、しかし、この場所でハッキリさせる事を母は望まないと鬼雅は思った。
鬼雅は誇りを守る事にした、母の鬼としての誇りを。
「勇健なんて知らないな……」
「……そうですかい、分かりやした」
鬼鉄は鬼雅の真剣な表情から察し、それ以上深く切り込むことはしなかった、どうやら鬼鉄は軽そうな口調とは裏腹にきちんと周りの空気を読み取れる出来た鬼なのかもしれない。
鬼雅は月を見上げた、綺麗な三日月は空に浮かぶ口の様にニヤリと笑っている様に見えた、暫く見上げたままで居ると鼻の頭に何かがぽつんと当たった、雨が降りだしたのだ。
「鬼鉄……中に行こう」
鬼雅は鬼鉄に呼び掛け縁側に上がった、しかし鬼鉄が付いてきていない事に気付き、再び外に出、強くなってきた雨に降られ少しずつ着物を通して肌を濡らしていく鬼鉄を見た。
泣いていた。
何に対して何を思ったのかは定かではない、しかし彼はそんな鬼雅を気にすることなく、もしかしたら気付いていないのかも知れないが涙を流していた、悲しそうに、嬉しそうに、怪物の様な低く遠くまで轟く叫びのような声と共に涙を溢れさせる。
鬼雅は静かに部屋に戻った、鬼鉄に気取られない様に。
………………
…………
……
「というわけでこれからは鬼雅殿の部下として使ってくだせえ」
暫くして宴会場に戻ってきた鬼鉄は唐突にそんな事を言った、要約すれば鬼雅の事が気になるのでどうせなら部下になってしまおうと言うことだった。
理由が適当な事は置いておくとして鬼雅自身鬼鉄の事をある程度しか知らない為に他の鬼達よりも余計に気になる所があるので願ってもいない事だった。
「まあ、いつも一緒にとは言わずとも必要な事があれば何時でもお呼びくだせえ、いつでもお力になりやす」
「ああ、よろしく」
そして鬼雅は鬼鉄と固い握手を交わした。
握手が中々外れないと思って鬼鉄を見ると、鬼鉄は何か決心をしたような固い意志をもった顔をしていた、まるで鬼雅の手の形を覚えようとするように軽く力を込めて暫く経つと漸く握手を止めた。
きっと、鬼鉄も色んな事があったのだろう、あの人の記憶にも無い何処かで戦ってきたのだろう、そんな鬼雅の心の奥底には鬼鉄に会えた事を喜んでいる誰かがいるのを何となく感じた。
その日は鬼鉄とともに飲み明かした。