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鬼と人

萃香は凄まじい轟音が起きた後直感的に理解した、勇義が鬼雅に敗北した事を。

そして同時に鬼雅に対する期待が高まっていくのを自分でも恐ろしい位に感じられた。

萃香は瓢箪を左右に振ってチャポチャポと音を空で聞きながら口角をうっすらと持ち上げた。


「勇健の子供というだけあって強いようだねぇ」


萃香は瓢箪を口に付け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら酒を飲んだ。

その表情に焦りは無く、動揺も無い、全て最初から分かっていたかの如く萃香は達観していた。

襖の外からドタドタと騒がしい音が響く、そして襖は乱暴にガラリと音を立てて開かれた。


「萃香様!我々は限界です!我らに侵入者の始末の許可……ガハッ!?」


先頭に立っていた鬼の顔面に萃香の踵が突き刺さった、そしてその鬼は直立不動の状態から地面に倒れた。

萃香は倒れた鬼の顔面に立っている、その顔には苛立ちが見えた。


「襖開ける時は静かに開けな……お前さん達と違って繊細なんだよ、それと……」


萃香の目の前には一様にひれ伏している鬼達がいる、しかし、彼等はなにかを勘違いしていると思った。

勇義を倒した相手は疲弊しているのは確かだろう、そこに戦いを仕掛けると言うのも良い作戦だ、しかしそれは飽くまで数刻前までの話だ。


「許可なんて物をとる暇があるなら早く行けば良かった物を……お前さん達がこんな所で油売ってる間に向こうは着々と此方に向かっているだろうね、下手すりゃ侵入されたかな?」


萃香は踏みつけている鬼からゆっくりと降り、その巨体を片手で軽々と持ち上げ、鬼達の前に降ろした。

その一連の行動には一切の無駄がなかった、恐らくこの場に居るであろう腕の立つ鬼は萃香の全体の体の動きから筋肉の微細な動きを捉え、そして自らとの大きな差に絶望したであろう事は間違いなかった。


「も……申し訳ありませんでした!」


何人かの鬼が呆けた顔をしている中で何人かの鬼はにわかに立ち上がり逃げるように部屋から出ていった。

彼等は今からでも鬼雅に手傷を負わせられるだろうか?分からない……勝負は時の運と言われているが正しくそれだと思う。

鬼は強い、それは確かな事だ、しかし昔たった一人だけ弱い鬼が居た、そいつは単純な力量では勇義にすらタメを張れる程の実力が有った、だが奴には運が無かった。

そのせいであいつは私達鬼から追われ、そして消えていった……鬼達からは元々浮いていた存在と言う事もあってあいつの存在は鬼の四天王くらいしか覚えていないだろう、いや、あいつの実力を知っているものはひょっとしたら私だけかもしれない。


「どちらであったとしても、あいつは面白い物を残してくれたなぁ……なあ勇健、お前が残した物がこれほどとはねぇ、痛いほどお前の強さを理解したよ、だからさ……」


此所まで来なよ、お前の息子さんで"遊んで"やるからさ……?。

ついでに言えば出来れば鬼雅の全力ってやつを見たかったけどね、これ以上は仲間の収まりがつかないし、悪いね?

まあ恨んでくれて結構だよ。


「何を呆けてるのさ!援護に行ってきなよ!」


未だ呆けたままの鬼はゾロゾロと部屋から出ていった、萃香はそんな彼等を見て笑った。

あいつらはきっと強くなるだろう、何しろ鬼は負けず嫌いなんだからと萃香は思った。

鬼達はピリピリとした空気を出しながら部屋から出ていった後にはポツンと一人萃香が残された。

そして彼女は人知れず涙を流した。


その頃鬼雅は屋敷の中を駆け回っていた、捕まっている皆が一体何処に居るのか分からない為に鬼雅は今しらみ潰しに部屋を見て回るしか無いのだ。


「ふむ、普通に探していては何時かは奴等に見付かってしまうな、探すところを一点に絞るか……」


その時、部屋の外の廊下から複数人の者の足音が響いてきた、鬼雅は咄嗟に天井の梁の上に登って息を殺した。

すると廊下から大音量の声が聞こえてきた。


「早く侵入者を見付けろ!!地下に閉じ込めた奴等の元に行かれたら面倒だぞ!!」


その声は軽くドップラー効果を起こしながらドタドタと騒がしい足音と共に消えた。

鬼雅は安全を確認しながら床に静かに降り立ち、ニヤリと笑った。


「随分と幸先が良いじゃないか……鬼共には悪いが地下に行かせてもらおうか」


そして静かに廊下に首を出し、敵の有無を確認してから廊下を飛び出した。

地下と言うからには恐らく他の襖や木戸とは違うだろう、と考えながら鬼雅は地下への入口を探す。


やがて、人間からの強奪品と見られる品物が置いてある部屋に辿り着いた。

辺りには使い物にならない扇子から破れた障子に貝の殻、これは恐らく貝合わせにでも使うのだろう、鬼とは基本的に人間と対等の勝負を行う物だと聞いたことがある。

そしてそれらの品物が隠すようにひっそりと地下への階段が見付かった、鬼雅は一瞬罠かと考えたものの入口が一つしか見つからなかった以上此処からしか侵入は出来ないと悟り静かに地下へと降り立った。


「少し暗いが……少しすれば慣れるだろう」


兎に角急いで皆を助け出さなければ、鬼雅は辺りを見回した、どうやら此所は酒の貯蔵庫でもあるようだ、酒樽がかなり置いてある。

だがどの酒樽からも強烈なアルコールの臭いが出てきている、鬼は酒好きとは聞いていたが案の定酒には強い様だ。

漸く酒樽が無くなってきたと思うとボソボソと声が聞こえてきた、その声は入口からではなく奥の方から響いている。

もしやと思い鬼雅は足を速める、最初は歩きだったが最後には全力疾走になっていた。

皆はそこにいた、全員が牢屋に入れられているものの皆無事の様子だった。

ホッとした鬼雅、するとそれに気付いたのか牢屋の中から一人、叫んだものがいた。


「!鬼雅か?みんな!鬼雅だ!鬼雅が来てくれたぞ!」


ざわざわと騒ぎだす牢屋、見れば泣いている人もいる、鬼に捕まったら生きて帰れないと聞かされていたのだろう、ほとんどの者は諦めていたのかもしれない。


「全員居るか?今牢屋を開けるぞ!」


と言った所で鬼雅は異様な事に気付いた、この牢屋には鍵がが無い、それどころか扉その物が無い。

何かがおかしい、鬼雅はまずそう考えた、牢屋の反対側は全て壁、つまりは入口も出口も無い牢屋に皆が閉じ込められたと言う事だ。


「皆どうやって此処に入ったんだ?この牢屋には扉が無いぞ?」


と聞くと、中にいる一人の男が語りだした。

その表情はやはり鬼雅と同じような奇妙な物を見たと言わんばかりの疑問の顔だ。


「分からないんだ、どうやってこの牢屋に入ったのかも分からない……気づいたら皆此所に居たんだ……」


どういう事だ?鬼雅は疑問に思いながら格子に触れる、妖力は感じられない、つまりはこの牢屋には何一つとして術の類が掛けられた形跡が無いと言う事だ。

有り得ない、だが考えている暇はない、鬼雅は持っている薙刀を置いて格子を掴んだかなりの力が要りそうだが鬼の力を持ってすれば曲げるのは容易い!

鬼雅は素早く格子を壊し中に居る皆を片端から外に誘導していく。


「皆、早く出るんだ!」


例え神のごとき存在の仕業であろうとこの場に居なければ、此方が先に逃げてしまえば良いだけの事だ。

そう考えながら出口に向かうとそこには凡人ならば絶望してしまうであろう大量の鬼が待ち構えていた。


「残念だったな……此所はもう通行止めだ」


先頭に立つは周りの鬼よりも更に一回り程大きな巨体を持つ鬼、彼は鬼雅見ると突然鼻で笑った。

堪えきれないとばかりに周りの鬼達もまた次々に笑いだしていく。


「これが……こんなちっぽけな人間ごときがあの四天王の勇義殿に勝ちを取った?笑わせるな!」


皆は口々に諦めの言葉を漏らし、ある者は逃げ道を探してどうにか逃げ切ろうと考え辺りを見回している。

だが既に何十人もの鬼が周りを取り囲んでおり一人や二人が飛び出した所で捕まって終わりだろう。

次々に諦めていく人達の中でたった一人、鬼雅だけは戦いの意思を消してはいなかった。

鬼雅は後ろの皆に向かってボソボソと話し出す。


「どうにか俺が逃げ道を確保する、だから行けると思ったら……すぐに行け」


その声は騒がしい鬼達には決して聞き取れる物ではなかった、その作戦を聞いた皆はやけくそだと言わんばかりに力強く頷いた。

鬼達はその会話を聞き取る事が出来ず、大分我慢の限界に達しかけていた。


「何とか言えよ!!」


辺りの空気がビリビリと振動しそうな程大きく張りの有る声で鬼は此方を威圧してきた。

しかしそれでも鬼雅が何も話さない事に逆に気を良くしたのか鬼達は悠々と話し合い始めた。


「なんだ?あいつ怯えてるじゃねえか」


ある者は言った。


「この人数を倒そうとか馬鹿な事考えてんじゃねえの?」


ある者は言った。


「いや、命乞いしようとか考えてるんだろ」


ある者は言った。

鬼達の声には明らかなと嘲笑と侮蔑が入り混じる、果てには大声で笑いこけ、堂々と酒樽から酒を飲み始める。

鬼雅からしてみれば余裕を見せつけて挑発しているようにしか見えないが、凡人からしてみればこのまま酒のつまみにでもされてしまうのだろう等と考えてしまうのは人間で無くなった鬼雅には到底分からない感覚なのだろう。

あまりの恐怖に耐えきれなくなったのか一人の女が走り出す、その顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。


「ひ、ひいい!!死にたくない!」


「おい馬鹿!そっちに行くな!」



一人の男が女を止めようとして走り出す、女の肩を掴んだ瞬間、たった一人の鬼が二人の男女を片手で殴り飛ばした。

ズン!と言う重たい衝撃音と共に男女は遥か遠くの壁にめり込んでいた。

頭は潰れ、脳味噌が露出し血液が滴り落ちる、腕はあらぬ方向に曲がり万歳のような状態となって壁にめり込んでいる光景は何処か狂気じみて不快だった。


「あ、あ……ああぁあぁああぁあああああ!!!」


先程から積み重ねられていた恐怖と連動するかの如く皆はバラバラに逃げだす。

足を止めたら死ぬ、そんな強迫観念が彼等を襲い進むのを少しでも邪魔する者は同じ仲間であろうと容赦なく殴り、蹴り、髪の毛を掴んで無理矢理にでも下がらせる。

それで前に進めたとしても出口の前には多くの鬼達が壁となって待ち構えている、しかしそれでも皆は止まらない。

鬼達はそれをまるでゲームを楽しむかの様に楽しげに、笑顔で人間を蹴散らす、それこそまるで蟻を潰す子供の如く一人一人きっちりと踏みつけたり、引き裂いたり、首を捻ったりして殺していく。

気付けば30人近くいた人間は最早生きている者は2、3人になっていた、それすらも全員捕まっている。

つまり捕まってない奴は殺されている、今捕まっている人は玩具の様に解剖されたり指を折ったりして叫ばせて遊ばれている。

それは正に一瞬の出来事だった、皆から注意を外したほんの一瞬で皆は殺されてしまった、そしてこの場にいる人間は鬼雅一人になっていた。

厳密には現状の鬼雅は人間ではなく妖怪の側の者と分類されてしまうが。

だが、少なくとも鬼雅は目の前に居る鬼共の仲間として認識されるのは真っ平だった。

それに奴等にとっても俺自身にとっても現在お互いは完全に敵だ。

鬼達は一人残った鬼雅を指差してますます笑いを大きな物にしていく、それを鬼雅は静かに聞いていた、否、聞いてなどいなかった。


「黙れ……」


鬼雅は近くに居る鬼の頭を掴むと片手で大きく振りかぶり酒樽の山に向かって投げ飛ばした、投げられた鬼は目を白黒させて何が起きたのか理解する事無く酒樽の山に叩き込まれた。

他の鬼達は鬼雅が仲間を軽々と投げ飛ばした光景と苦しみ悶える鬼を見て怒った。

だがその怒りも鬼雅の怒りに比べれば米粒同然、塵にも等しい物だった。


「このクソ人間が!!」


叫びながら鬼の一人が鬼雅を囲んでいる環から飛び出してくる、しかしその走りは鈍重極まりないものと言えた。

只でさえ力だけが取り柄であろう巨体に酒による酔いが合わさり恐らく勇義達からしてみれば止まっているにも等しい遅さだった。

その速さは勇義に比べると勇義が兎なら奴は亀だ、欠伸が出るほど遅く、無防備だった。

鬼雅は飛び出してきた鬼を薙刀で縦に両断する、そして飛び散る脳漿や血しぶきの中を潜り抜ける、薙刀は鬼を両断したにも関わらず血の一滴すらついていなかった。

続くようにまた一人仲間が両断されたのを見て鬼達は一斉に向かってきた、突っ込んでくる奴等を冷静に一人ずつ切り捨てる、振りかぶりながら拳を突きだしてくる、姿勢を下げ下段に構えた薙刀を横に振るい足を切断、そのまま倒れてくる鬼の顔面に立ち上がりながら頭突きを喰らわせ服の襟を掴んで首をへし折る。

残った鬼が5人に満たない数になった時に漸く事態の異常さを理解した鬼の一人が叫ぶ。


「や、やべぇぞ!この人間、滅茶苦茶つええぞ!」


その反応をするのがもっと前ならば被害はもっと少なかっただろう。

だが、皆を殺してきた奴等を逃がすつもり等鬼雅には毛頭無い。


「に、逃げろ!」


一斉に背中を見せて逃げ出す鬼達、先程までの余裕の態度はどこに消えたのか怪しく思える程無様な敗走。

妖怪最強種族と聞かされていたと言うのにも関わらずの逃走、鬼雅自身最初から正々堂々と戦ってれる者は少ないのだなと考えていた。

勇義の様なさっぱりとした性格をしている者はあまり居ないこれは最強の椅子にどっかりと座ってしまったが故の慢心の結果なのかもしれない。

そんなことを考えながら逃げ出した鬼の足を切り飛ばす、それでも逃げようと鬼はその場にある酒樽やら何やらを投げ始めた。


「う、うひぃぃぃぃ!た、助けてぇ」


生きる為に必死な奴がこんな間抜けに見えるのは初めてだった、そして鬼は投げる物が無くなったのか辺りを見回し始める。

どうして戦わないのだろうか?勝負を吹っ掛けて来たのなら最後まで勝負を真っ当すべきではないのか?

すると鬼は投げるものを見つけたのか何かを掴みこちらに投げつけた。

それは捕まっていた人のもぎ取られた"首"だった、それは恐怖と痛みの叫びを今にも挙げそうな程歪んでいた、鬼雅はそれを見て思わず固まった。

それを隙と見たのか鬼は残った片足で地下から逃げ出した、さらに周りをよく見ると他の鬼も死んでいる者の死体はあるけれど生きていた鬼は誰も居なくなっていた。

皆は……人間は此処で死んでいる者で全員だった、生きている人間も逃げられた人間も零、大切な命を守る為にこの場所まで来たと言うのに守れた者は無し、それどころか命を奪っていると来た。


「此所は……なんだ?俺は一体何をしに来たんだ?」


捕まった、連れ去られた人間を助けて山を降りる、これが目的だった筈なのに……人質は全滅して、今俺がやっている事はなんだ?これじゃ八つ当たりじゃないか……

鬼雅は此所まで来て完全に目的を見失った、助ける命は無く、只鬼を殺しただけ、もう何もやることが無かった、やれることも無かった。

鬼雅は周りを改めて見回した、悲しい事に人も鬼も死んだら声を出すことは無かった。

………………


………

な、なんだよあの人間は?化物じゃねえか!

は、早く萃香様の元に行かなければ!

そうしないと俺は、俺はあいつに殺される!

くそ!萃香様のいる部屋までまだあるじゃねえか!

早くしないと奴に見つかる!

ぐっ!あいつに斬られた足の血が止まらない!

何だ!今の音は!まさかあいつに見つかったのか!?

何処だ?何処から来る?

もしあいつだったら、俺はどうなる?

死ぬ・・・

違う!死にたくない!

来ないでくれ!

頼む!


「よぉ……」


!!!


お、俺は終わったのか?

俺はもう死ぬのか?

嘘だ!

嘘に決まってる!

これはきっと悪い夢なんだ!

そうだ、そうに違いない!

きっともうすぐ誰かが俺を起こして

眠りすぎだ馬鹿!罰としてしばらく断酒だ!

とか言って仲間はそれを見て笑い合うんだ

きっとそうだ、だからこの化物も夢なんだ。

そうだ、俺は死なないんだ、ああ良かった。

まったく、散々俺をビビらせやがって、逆に殺してやる!


「て、てめえと戦いやすい場所に来てやったんだ、べ、別に逃げてたわけじゃねえ!!」


鬼雅は明らかに正気ではない鬼の様子を見て、何かを悟った。

それはあまりにも簡単な結論で、一つの境界を破る様な物だった。


「俺はお前と戦いたくないな……」


目の前の鬼から感じられた事、いや、この山で戦ってきた鬼、そしてそれ以外の妖怪達……。


「へ、へー、逃げるってわけか、さすが人間だな!」


目の前の鬼はヘラヘラと笑ってこそいるが、その顔には涙が溢れて居る、勝てないと分かっているからこそ戦うと言うのはこういう事なのだろうか?


「人間……俺は………………じゃないね」


鬼雅の頬から涙が垂れているのが見えた、目は赤く充血し、鼻の頭が赤くなっている。

鬼雅の目の前の鬼もまたそんな状態だった、どちらも泣いている、どちらも悲しんでいる。


「おい、お前今何て言った……んだよ……?」


鬼は鼻を啜りながら必死に声を絞り出す、だが無理矢理に出した声は裏返っていて平常だとは思われないであろうか細い声だった。


「二度も……言うほど俺はお人好しじゃ……ねえよ……」


鬼雅は真っ直ぐに鬼を見据えながら涙を流した、何かを悔いる様に、何かを噛み締めようと歯を必死に食い縛っている。

鬼はさっきまでの異様な興奮状態が段々と冷めてきたのか落ち着きを見せ出した。


「くそったれ……何でこんな事になっちまったんだよ……」


その言葉に答える者は居なかった、何故ならそれは鬼雅が一番知りたい事だったからだ。

どうしてどっちもこれ程までに苦しまなければならないのか、誰にも分からないだろう。


「こうして……見るとさ……よく分かるんだよ」


鬼雅は鬼を見ている、鬼はもう死ぬ覚悟が出来ていた、死んでも構わないと思っていた。

だからどうでもいい話であろうと無かろうと最後くらいと思って聞いていた。


「何でも良い……早く殺せよ……」


しかし鬼雅の腕は動かない、口ばかり饒舌に動くのに腕は鎖で繋がれた様に重く動いてくれなかった。


「鬼ってのは残虐な性格だと思ってたけどさ……案外似てるな……人間と……」


嫌になる程考えさせられた、人間の残虐さを、結局鬼も人も同じだった、人は家畜を育てて喰らい、狩りをして獲物を喰らう。

それは鬼でも言える事だった、人間を捕まえて食べたいときに食べるし人間を食べに……それこそ狩りをして人間を喰らう。

やってることはほとんど同じだ。


「うるせえよ……」


鬼はこれ以上鬼雅の話を聞きたくなかった、そして同情されていると思いたくなかった。

折角死ぬ覚悟が出来たのにそれを壊す様な事はしてほしくなかった。


「そしてこれまで見てきた妖怪達は皆喜怒哀楽を持っていた、中に居る奴等も含めて……人間とは多少違えど理性も心も持ってる……」


果たしてこれは一概に妖怪が危険で異常な化物と言えるのだろうか?

では鬼雅は?鬼雅は一体何なんだ?同じものなのか?それともどちらでも無いのか?


「早く殺れって言ってるだろ!!」


鬼にとって同情なんてされる位なら死にたかった、だけど自殺をするのは鬼の誇りが許さなかった。

そこまで考えた所で鬼の……彼にとっての誇りとは何なのか分からなくなった。


「……俺は……一方的な殺しはしたくないんだ……もう」


鬼の矜持とは……そもそも昔の鬼はもっと豪快だった、お互いに平等な条件で、時には此方が不利な条件で人間に様々な勝負を吹っ掛け、勝てば喰らって負ければ生かして帰す、そんな存在だった。

だが気が付けば人間を定期的に食べるだけの力自慢の馬鹿、自分達がそんな者に成り下がっている事に気付かなかった、いやむしろ気が付いていたのに無視をしたのが全ての原因だろう。


「今から……戦えってか?」


このまま死ねば鬼は変わることが出来ない、そんな気がした。

仲間達は変われなかった、何しろ鬼の中でも一番の嫌われものの自分達が……正々堂々勝負する事を下らないと吐き捨てて勝つことだけを優先してきた自分が変われる者なのか?


「……何にせよ俺はお前を一方的に攻撃したり出来ない……もう出来ないな」


今更生き残った所で、仲間からは嫌われ、臆病者と言われ、恥さらしになるだけ、ならば最後くらい鬼として誇りを持って死んでやった方がまだましだ。


「鬼ってのは花火みてえな物だ、派手に登場してデカイ音鳴らして大暴れして、そんで消えるときは静かに消える」


なら今こそ大暴れする時じゃないのか?

チマチマチマチマしぶとく生き残るべきじゃない、派手に現れ、静かに消える、それが鬼だ。

今までの事が……無くなるだなんて思ってない、だけど、生まれてから死ぬまで名前だけの鬼は嫌だ。

そして鬼は足首から下が無いにも関わらず、足を震わせながら、鬼雅の前に立ちはだかった。

それを見て鬼雅は清々しい笑みを浮かべた。


「ん?最初に会った時より小さくなったんじゃないか?」


と鬼雅が言うと、鬼はニヤリと笑った。

そしてハンデだと言わんばかりに膝をパシッと叩いて鬼雅を見た。


「これならお前と同じ目線になるかと思ってな!」


御互い笑いだした、屋敷中に響こうが関係無く御互い笑った、どちらが勝つか最早決まっているとしか思えない勝負、しかしどちらも清々しい表情だった。


「俺とお前の戦いに名乗りはいらない……来い!」


鬼雅が叫ぶ。

するとそれに呼応するかの様に鬼は雄叫びを上げた、それは例えどんな言葉を並べようとも表現しきれない様な声だった。

だが鬼雅はそれこそが命の証なんだと思った、どんなに短い人生だろうと他人の口からは表現できない、それが命なんだと考えていた。


「行くぞォ!!!!うおおおおお!!」


足の踏ん張りが効かない状態にも関わらず、目の前の鬼の拳は何よりも速く何よりも力強かった。

鬼雅はその速さを見て避けきれないと悟り、両手で拳を受け止めた、しかしそれは両手でも容易く受け止められる重さではなかった。

それは鬼雅の掌から腕の間接、そして腕の付け根まで凄まじい衝撃が走り右肩が脱臼したのだ。


「ぐぅおおおおおお!!!」


右肩を壁に叩き付けて乱暴に肩を嵌める、痛みを我慢する暇なく追撃の拳が向かってくる。

しかし今度は距離を離した事で避けることに成功した、そして首の付け根から顎にかけての部分に掌底を叩き込む、ぐらりと体が揺れたところで回し蹴りを側頭部に決める。

例え妖怪であろうと頭を連続して狙われれば怯む筈だった、だが、鬼は倒れない。


「まだだ!!まだこんなもんじゃねえぞ!!」


なんと回し蹴りをした際の軸足目掛けてローキックを決めてきたのだ、ただでさえバランスの悪い足の状態なのに勝てる可能性が一%でもあるのなら其処を狙っていく。

鬼雅は軸足がバキリと鈍い音を鳴らしたのを聞いた、だが鬼雅もまた倒れない。

足はどうやらヒビが入っただけの様だ、ならば再生するのは早いだろう。


「「おおおおおおお!!!」」


鬼雅は右腕を奴は左腕を突きだす、御互いの拳がぶつかり合う、それも一瞬の事で御互いの拳が砕ける。

しかし止まらない、続く二撃目で鬼雅は左腕を、奴は右腕を突きだす、これも相討ちで拳が砕ける。

どちらも一歩も譲らない、しかし次の一撃で勝負は決まるだろう事はお互いに理解していた。

それほどにどちらも限界の戦いをしていたのだ。


「行くぞ……これで……最後…………だ」


鬼雅が息も絶え絶えに言うと鬼はフラフラとしながらも足に力を入れた。

これが鬼なのだと鬼雅は思った、何時だって限界を出し、負けるときは死ぬ、そしてまた別の鬼が同じ様に限界を出す。

そうして積み重ねられてきた物が鬼と言う形を作り出したのかもしれない。

勇義の様な存在は一握りしかいない、だけど同じ所に立つのは簡単な事なのだ。


「…………行く………ぞ……………行くぞォォォォォ!」


お互いに走り出す、そして頭を上に一瞬反らし、一気に下ろす。

頭突きの勝負、鬼雅は額が裂けていた、だが痛みは気合いで我慢した、そして奴はガクンと力を無くし一気に脱力した、鬼雅はそれを隙と見て再生した拳を顎に叩き込み、体が浮き上がった所で鳩尾に向けて一気に拳を突きだした。

それが止めの一撃となるかと思われたその時、鬼雅は見た。

奴は……鬼は既に事切れていた。

鬼雅はそれを見て笑いながら泣いた、そしてそのまま拳は叩き込まれ、その死体は壁を破壊しそのまま外に投げ出された、外は雨が降っていた。

鬼雅は雨降る外の景色をボーッと眺めていた、そしてこの山に来てからの事を考えていた。

最初に会った鬼、勇義との戦い、親との再開と別れ、助けようとした人達の死、殺した鬼、そして最後に戦ったあいつ。

最後まで名前を名乗る事は無かった。

それは恐らくこの戦いを記憶としてでなく経験として覚えさせたかったからかもしれない。


「名乗らない事で思い出せなくする……本当に花火みたいな奴だ」


最早やることはない。

だが、鬼と人間、御互いに死者が出た、だからこれはケジメだ。

此処の親玉の鬼と戦う。

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