鬼雅
とてもとても昔の話だ、
あるところに一人の鬼がいた、その鬼はある日、貴族の女をさらい、子を作らせて都の前に捨てた。
女は仕方なく赤子を産んだ、だが、恐ろしい事に産まれてきた赤子は産まれた時には既に3歳の童子と同じくらい大きく、髪が生えていた、それも足まで届くほどの長さを持ったものだった。
その赤子のあまりの恐ろしさに女はその赤子をお寺の前に捨ててそのまま二度と向かえにくる事は無かった。
その赤子は寺で育てられ、【鬼雅】と名付けられた、鬼雅はとても優しい青年になった、やがて鬼雅は17になると、その姿は身長がとても高くになり、体つきもそれにならいとても力持ちなため寺の者達からはとても慕われていた。
だが、ある日鬼雅が都で食糧を買い寺に戻ると、なんと寺が半壊していた、鬼雅はなおも崩れている寺の中で生きている者を探した、すると運良く崩落に巻き込まれずにいた者がいた、その者に話を聞くと、なんと鬼が寺を襲ったらしく何人かはさらわれてしまったのだとか、それだけ言うと男は動かなくなった。
すると鬼雅は寺の倉庫にある薙刀と太刀を取り出してさらわれてしまった者を助けに行くと言い出したのだ、
寺に残っていた者はそれを止めようとしたが鬼雅の意思は固くやがて止める事が出来ないと悟った者達は生きて帰ってこいと鬼雅に約束させた、
そして、鬼雅は鬼がいるという山の麓に来た
「此処に強い妖怪の鬼とやらが居る筈だよな?」
鬼雅は山の頂上を見上げながらポツリと呟いた、肩に担いだ薙刀が太陽の光を反射して輝いている。
その時
「居るぜ、だがしかし、悪いがお前は山に登ることは出来ない」
鬼雅が振り返るとそこには鬼雅に勝るとも劣らない大男が立っていた。
「誰だ?」
鬼雅はその男の額に角の生えている事に気付いた、間違いなく目の前の男は妖怪だ。
「俺は・・いや名乗る意味は無いな、なぜならお前は俺に一切の抵抗することなく殴り殺されるからだ!……まあ精々命乞いでもすると良い」
鬼は鬼雅を見て嬉しそうに笑った、しかしその笑顔はとても残酷な物に鬼雅には感じた。
「成る程、つまりお前は鬼か」
鬼雅は鬼を前にして酷く落ち着いていた、余りの恐怖に感覚が壊れたのかもしれないし、勝機があると感じられたからかもしれない。
どちらにせよ今の鬼雅は彼等に対して静かに怒っていた。
「まあそうだな、しかしお前さん鬼を前にして怖がりもしないなんて随分と余裕そうだな、それともただの馬鹿か」
鬼にとって今まで数多くの人間を相手にしてきたがここまで冷静な人間は初めてだった。
「俺に余裕なんて無いよ」
今の鬼雅は心の中心……それも芯から怒りが滲み出ていた、大切な仲間や友を殺された怒りは鬼雅に力を与えてくれた。
「いや、俺には余裕そうにしか見えn」
ボゴォ
鬼は一瞬自分に何が起きたのか分からなかった、ただ自分が話している言葉が途中で途切れたことから自分が何かの攻撃を受けた事は理解できた、
鬼は吹き飛んでいき木を5、6本を折るとようやく止まった。
「ガハッ!」
喉に生温かい物が込み上げたので吐き出してみるとそれは大量の血のかたまりとなって地面にべちゃっと落ちた。
「な、何をされたんだ?俺は」
鬼は目を白黒させながら動揺した、有り得ない事だ。
鬼が人間を殴り飛ばすならいざ知らず、人間が鬼を殴り飛ばすだなんて非常識は今まで見たことも無い、ましてやそれを自分自身が体験することになるとは毛程も思っていなかった。
「へえ、まだ生きてるのか、思い切り殴ったのだがな」
鬼は驚愕した、目の前にいるのは本当に人間なのか怪しく思える。
鬼雅はゆっくりとそして確かな足取りで鬼に歩み寄る、その音は鬼からしてみれば死刑を待つ囚人の様な気分だろう。
「やはり、妖怪は強いな、急所を殴りつけても気を失うことすらしないとはな、正に化物だよ」
いや、お前の方が化物だ、と突っ込みをしたかったが最早鬼にはしゃべる事さえ苦痛で何も言えなかった。
「ひょっとすると打撃では簡単に殺せないのか?しょうがない、首を切れば流石に死ぬだろうな、無意味な殺生はやめるべきだがこの状況なら仕方ない」
鬼雅は持ってきた薙刀を取り出した、彼は都にある武術道場で刀等の武器を軒並み使いこなす事が出来る、それも道場の師範代を越える程の技術を持っていた
鬼はそれを直感で理解し同時に自分の死を受け入れた、受け入れたくなるほどの威圧感と恐怖を鬼は味わったからだ
「死ね」
単純だが確かな怒りと重みを持った言葉と共に鬼雅は薙刀を情け容赦無く振り下ろした。
鬼の首は綺麗に空を飛んだ、その切り口はとても綺麗なものだった、しかし鬼雅はそれを見ても何も感じなかった、一人や二人殺した程度ではまだお釣りが貰える程に彼の怒りは大きくそして重みがあった。
今殺した鬼の命はそれに比べればあまりに軽く、そして薄っぺらだった。
「鬼の拠点は頂上か……遠いな……」
薙刀についた血糊を拭き取ると鬼雅は山に入っていった、まるでさっきの鬼の事など無かったかのように。
そして山の麓で鬼雅が登り始めた時と同じ時間、山の頂上にある建物の中でお酒を飲んでいる二本の角を持った少女がいた、
「いやー、酒は本当っに旨いな~、つくづくそう思うよ」
一人でお酒について話していると、後ろから慌ただしい気配を感じた、少女は気配の方に向かうとそこにいた鬼の一人が
少女の元に走ってきた
「なにかあったのかい?」
萃香はその鬼に今の状況について聞くことにした、聞かれた鬼は困ったような表情で掻いた。
何処か浮かない表情だった、何か悪いことが起きたのだろうか?
「……例の鬼雅が現れたそうです…………」
萃香はそれを聞いてある人物の事を思い出した、彼が産まれた原因である人物の事を。
「へー、あいつの子どもがねー、で誰が捕まえたんだい?」
萃香は今の慌ただしい状況を鬼雅を捕まえたからだと推測して鬼に質問をすると鬼は沈痛な面持ちで答えた。
「いえ、それが……鬼鉄が切られたみたいです」
鬼から返された言葉は意外な事だった、鬼鉄が切られたと言う事はつまり人間が鬼に挑み、勝利を手にしたと言う事だからだ。
「鬼鉄が倒された……か」
萃香は驚いた、なにしろ鬼鉄は四天王程ではないが鬼の中ではかなりの実力者だった筈なのだから。
しかし、鬼を一人倒した程度で驚く程ではない多少の修練を積んだ者達で囲めば鬼を一人殺す事くらい出来るのだから。
「何人で攻めてきてるんだい?」
鬼は首を横に振っている、未だ情報が錯綜していて完全に把握出来ていないのだろう。
しかしその時目の前の鬼とは別の女鬼が何かを耳打ちした、その瞬間目の前の鬼は目を見開き床が抜けるかもしれないと思うほど強く蹴りながら立ち上がった、その表情は驚愕と恐れ。
心なしか彼の体が震えている、そして彼は私の前に再び向き直ると衝撃の一言を漏らした。
「侵入者は…………一名……鬼雅のみ……です」
萃香の頬はゆっくりと持ち上がっていく、たった一人で鬼の中でも評判こそ良くないがあの鬼鉄を倒したのだ。
嫌でも鬼雅の評価は上がっていく、早く戦いたい、萃香は自分が武者震いを起こしている事に気付いた。
だがそれすら心地よく感じる程に彼との戦いが楽しみだった。
鬼が此方を心配そうに見ているので他の事を聞いてみる事にした。
「他の被害は?」
すると鬼はあからさまにホッとした顔で報告を再開する、しかし萃香の興味は既に鬼雅に向けられていた。
「鬼鉄殿が切られたと聞いて星熊様が他の鬼を下がらせたので被害は”まだ”ありません」
鬼は明らかに一部を強調して報告してきた、まだ、と言う事は被害は今でこそ無いが確実に広がると言う事だろう。
「まだってのはこれからあるって意味かい?」
すると鬼は嬉々とした表情を浮かべながら話始めた、何故嬉しそうなのか萃香には分からなかったが説明を聞く内に理由が分かった気がした。
「ええ、星熊様が奴と戦うと言われたので」
確かに勇義が戦うのなら被害は大きくなるだろう、何しろその気になれば山が半壊するかもしれない程に勇義の力は強い。
単純な力なら私をも超える程に勇義は強い、鬼雅は死ぬだろうか?いやむしろ勇義を超えるくらいの実力を持ってくれなければ張り合いが無い。
「勇義が戦うのか、だったら被害は甚大に成りそうだねえ、ああそうだ、ちょっと此方に来な」
鬼は一瞬きょとんとした顔で此方を見た、萃香は服の袖を引っ張りながら鬼を急かす。
すると鬼は何を考えたのか顔を赤くさせて此方に向かってきた、萃香は溜め息をついた後にゆっくりと立ち上がり鬼の目の前に歩き出した。
「万歳しな」
鬼は命令に従って両手を上げた、鬼の体型はがっしりとしており脂肪はほとんど見られない、萃香はそれだけ見ると満足したように表情を固めた。
鬼はその表情を見て手を下ろそうとした、その時だった。
萃香は一瞬の予備動作無く鬼の胸を掌底で貫いた、そして心臓を掴んで握り潰す。
鬼は何が起きたのか理解すること無く意識を飛ばし萃香に倒れかかってくる、彼女は手を引き抜くと今度は鬼の腕を掴んで背負い投げをする、地面に無様に倒れた所に体を捻らながら肘を落とし込む、床が抜けた。
そして萃香は鬼に興味を無くして再び元の所に座った、そしてその光景を見ていた他の鬼に聞こえる様に叫んだ。
「相手が強かろうが弱かろうが逃げ腰になってる場合か!!もしかしたら戦わなくて済むかもなんて考えるな!あたしら鬼は戦う事で笑いあう者だって事を忘れるな!!!分かったか!!??」
鬼達はそのあまりの気迫に恐れを成して次々に部屋から出ていく、その内の一人が死んだ鬼を担いで運び始めた、萃香はその鬼の首に赤い線が付いているのを見逃さなかった。
「強かった?」
萃香は一言呟いた、するお鬼は立ち止まって暫く何かを考えるような動作をした後に答えた。
「今度は正々堂々と殺り合いたいですね」
そう言って鬼は部屋から出ていった、萃香はその答えに満足したようにのか山の中腹あたりをチラリと見た、幸い戦闘はまだ起きてないようで山は相変わらずの景色を映していた。
その頃鬼雅は一人黙々と山を登っていた、未だ頂上は見えず精々中腹と言ったところだろうか。
「次の相手は誰なんだ?」
黙々と、と言うよりかは相手を探している、と言う様子だったりするが。
「そこまでだ!」
やがて唐突に聞こえた声によって鬼雅の山登り兼相手探しは終わりを迎えた、鬼雅は声のする方を軽く見回す。
すると其処には女の鬼がいた。
「誰だ?」
鬼雅は先程の鬼とは段違いの殺気を纏っている女に警戒をする。
女はそんな鬼雅を見てニヤリと笑って名乗りを上げた。
「鬼の四天王が一人、力の勇義」
勇義の額には大きな一本の角が生えていた、それだけじゃなく体も鬼雅に負けず劣らずの大きさだった、筋肉の付け方には一切の無駄が無く、まるで芸術だった。
「こいつは油断なら無い相手のようだな」
鬼雅が率直な感想を述べると勇義は嬉しそうに笑った、そして鬼雅は薙刀に手をかけて構えをとった。
「まさか敵にそんな評価をされるなんてね、これまでの相手はどれも女だからと嘗めて掛かってきていたんだ、お前さんは本気で掛かってきてくれよな」
勇義はゆっくりと、しかし一切の隙を見せずに構える、彼女の全身からは強烈な殺気が溢れ出てきた。
「分かっている、やるからには本気でやろう」
見ただけで分かる、勇義と名乗ったこの女かなり出来る、これは慎重に戦った方が良さそうだ。
下手に手を出せば直ぐに喰われる、鬼雅はそう感じとりより一層警戒心を高めた。
「鬼鉄を切ったからには強いのだろう?期待しているよ」
先程の警戒心が消えた、理由は実に単純な物だった。
「鬼鉄?誰だソイツは?」
鬼鉄なんて奴は知らない、まさか最初に倒した奴が鬼鉄だなんて言うのだろうか?
いや、確かにあの鬼は何処か本気には見えなかったが一分も拳を交えていない以上それも分からない。
「?、何を言ってるんだい?さっきお前さんが倒した鬼だよ、まあ覚えてないなら良いか、全力で倒させてもらうよ!」
すると勇義が消え失せ、元々勇義がいたはずの場所からは爆発音が起こる、そして気がつけば鬼雅の体は空を舞っていた
地面に落ちてから漸く感じた凄まじい激痛に鬼雅は気絶すら出来ず思わず呻いた
「ぐ・・・・う・・が」
肺からすべての酸素が奪われた、凄まじい怪力、これが鬼の力……。
「なんだ、こんなものかい、鬼鉄の奴まさか手を抜いたんじゃないのか」
まるで違う、さっきの鬼……鬼鉄だったか、あの鬼と目の前にいる鬼、動きがまるで違う、力も違う、一発入れられただけで、立つ事すら危うい。
これが鬼の四天王の実力か…………面白い。
「へえ、私の一撃を受けてすぐに立つなんてね、これは少し評価が上がったね」
鬼雅の全身には力が溢れている、仲間が受けた仕打ちに比べればこの程度、蚊に刺された程度だ。
鬼雅は薙刀を構え、間合いを詰める。
「ふん!」
狙うは相手の足、まずは下段で切り払う。
しかし、勇義は驚異的な反射神経で上に避ける、掛かった。
「上に避けてしまえばその後が続かなくなるぞ」
鬼雅は全身の筋肉を活用して薙刀の向きを変えて狙いを定める。
上に避ければ逃げ道は塞がる事は当たり前のことだ。
「なっ!?しまっ・・」
振った薙刀と素早く上に向かって切り上げる、さすがの勇義も今度は避けきれず左足に切り傷が出来ていた。
しかし、それでも勇義の攻撃の意思は消えてはいなかった、彼女は切られた方とは違う方の足を使って鬼雅に踵落としを喰らわせる。
鬼雅は一瞬早くそれに気づき頭を避ける事は出来た、しかし左肩の骨がミシリときしみ裂けるような痛みを感じた、勇義が着地した時にはどちらも既に無傷ではなくなっていた。
「強い……これが鬼か」
鬼雅の息は上がっているが相手は……勇義の息はまるで上がっておらず人間と妖怪の差を鬼雅は見せつけられた。
何よりも肉を切らせてからの反撃は人間には到底出来ない芸当だ、大抵の者は一撃貰えばお仕舞いなのだから。
「お前さんも、人間にしては強すぎるね」
二人はそれ以上何も言わなかった。
再び戦いは再開する、二人は同時に走り出した、鬼雅は薙刀と拳の間合いの違いを利用し彼女の拳の届く範囲外から薙刀を降り下ろした。
しかし勇義はそれを拳でいとも容易く弾いた、薙刀を弾かれた事で鬼雅に大きな隙が出来る、そこを狙った彼女の拳が鬼雅のみぞおちに入った。
鬼雅の体は無数の木を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった、勢いがなくなった時には鬼雅は満身創痍だった。
「……一撃でここまでとはな…………つくづく俺は鬼の力を嘗めていたようだ」
勇義の女とは思えない程の怪力に浴びて鬼雅はフラフラと立ち上がる。
「そこは安心して良いさ、なんたってあたしゃ力の勇義なんだからね。あたしの【怪力乱神になる程度の能力】を越える程の力を持っている奴なんて、知る限りじゃ同族にも居ないからね」
勇義は転がっている石ころを手にとって強く握り締めた、そして手のひらを広げると石は砂粒に様変わりしていた。
「……ならばお前を倒せば残りは楽に成りそうだな」
鬼雅は精一杯の余裕をかましたものの、勇義はそれを一笑に伏した。
「生憎だけどそれは無理と言っておくよ」
勇義は腕をブンブンと振り回して肩の調子を整えている。
鬼雅も血が流れている箇所を軽く止血した、骨にヒビが入っているのは確実だろう。
「何故?」
鬼雅は地面を踏みしめながら立ち上がった、体はまだ動く。
「何故なら私はまだ能力を使って無いからね」
その言葉は鬼雅にはあの世への片道切符と言えた、つまりはさっきまでの一撃を超える物がまだ存在すると言うことだ。
「……冗談だろ」
鬼雅は引き吊った笑みを浮かべた、恐らくそんな一撃が当たれば死は免れないだろう。
「冥土の土産に見せてやるさ、私の本気をね」
ビキッ
何かの音が聞こえる、音の源は目の前にいる勇義だ。
勇義の全身には尋常成らざる力が集まりつつあった、あの力の一撃を食らえば命はないだろう。
「これが怪力乱神の力さ」
勇義はゆっくりと背後にある木に"触れた"、それだけで木はへし折れた。
滅茶苦茶な力だった、触れただけで木がへし折れる、つまりは触れれば此方にとっての致命傷になると言う事だ。
あまりの絶望に鬼雅は半分諦めかけていた。
「悪いけどあまりのんびりしてられないから、一気に叩き潰させてもらうよ」
勇義の拳が目の前に迫る、鬼雅は必死に横に跳んで拳を避ける、しかし風圧だけで体が崩れ落ちそうになる、漸く鬼雅は自分が満身創痍だったことを思い出した。
大きくよろめいた鬼雅の頭を勇義の渾身の一撃が炸裂し、鬼雅はそのまま意識を失った。
意識は暗転する。
改稿