僕の彼女が死んだ
僕の彼女が死んだ。ベランダから落ちてしまったらしい。警察に説明されたとき、僕の心はジェットコースターがレールから外れた気分だった。僕はまだ高校生だ。人が生きたり、死んだりしているということに、実感もわかなかったし、明日の英単語テストよりも関心がなかった。
彼女が死んで数日、僕は、僕の心にぽっかりとできた落とし穴にまだはまっていた。日に日に忙しさを増していく僕の人生が、僕の色眼鏡を曇らせた。
「あんな奴死んで当然だった。」
そんな考えが頭を巡らす。彼女は教員だった。しかも僕の担任だった。
彼女は入学したての僕を生徒指導室に招いた。どうやら入学後テストの成績が振るわない生徒への面談らしい。彼女は僕と一緒に、近寄りがたいような異様な雰囲気を放つ扉をくぐり、鍵を閉めた。その鉄の檻には一つの小さな机と、二つの椅子と、外の世界にモザイクをかけているすりガラスの窓が1つだけだった。彼女は僕の顔をつかんだ。気が付くと彼女は僕の隣で寝ていて、窓の外はすっかり赤くなっていた。
いつしか僕は不良少年として学年で有名になった。彼女はそんな僕をあの暗く狭い部屋で慰めてくれた。
あるとき彼女は自らの人生を僕に説明してくれた。彼女は愛のない家庭に育ったらしい。彼女は、両親から殴られ、けなされ、辱められて育った。その反動から、愛を求めてさまよう亡霊となった。彼女は今までも、こうしていろんな男子生徒を「更生」させたらしい。僕は、今が楽しければ何でもいいと思っていた、どんなに彼女が人の道から外れていても。
僕は彼女のことを愛してしまった、僕の目の前にぶら下がった人参である彼女を。
彼女には教師の器はない。“聖職者”は清く正しきものであるべきなのだ。
彼女は言っていた、
「人が死ぬのはいつだと思う?私はね、みんなに忘れられちゃったときだと思う。どんなに時間がたっても、誰かが覚えていてさえくれれば、その人の心の中で生き続けるのよ。そうやって考えたら死ぬのも悪くはないでしょ。」
と。
彼女を殺そう。僕はそう思った。彼女の言う、「誰かが覚えていれば、人は死なない」ならば、「誰も覚えていなければ」人を殺すことが出来る。彼女の写真やデータ、彼女のことを覚えている人をみんな消して、彼女の生きた証を無かったことにしよう。そうしたら、彼女の重く、つらい人生はましになるんじゃないか。
僕は彼女の遺品とともに、大海原に、炎の中に、土の中に。




