第5話 聖女になる以前の物語
私はただのつまらないOLでした。
出社してはパソコンを打ち、パワハラ上司に頭を下げ、仕事を頑張って帰った後にする事といえば酒を飲むことぐらいで、時折自分がなぜ生きているのか分からなくなる。
別に不幸とは思っていないし、この状況を変えようとも思ってない。 ただ大きな流れに身を任せて楽したいだけだった。
そんな私に転機が訪れた。
いつも通り寝ていた私。なのに、聴きなれない環境音がする。毎朝鳴っている目覚ましの音でもない。何の音なんだろう? そう思って目をゆっくりと開けた。
そこには知らない天井が視界いっぱいに広がっていた。焦って周りを見ると、自室とは家具からなにまで違っている。
これはもしかして夢だろうか?そう思い頬をつねる。「あっ…痛い」
どうやら夢ではないようだ。
だとしたら酔って他人の部屋に入ってしまったのか?そんな新たな疑念が生まれてきた。
とりあえずこの部屋から出るために立ち上がる。しかし、周りの家具が大きすぎるような気がする。どうなってるか確認するために窓を見た。すると、反射している自分の体が小さくなっていた。それだけでなく、容姿も若くなっている。
驚きのあまり声も出なかった。
これは元いた世界とは別の世界に転生したということだろう。
そんな衝撃の中でも自分の体が縮んでいることは一旦受け入れた。 今それに言及しても解決しない。 だから、とりあえずこの部屋の外に出ようと思った。
未知の世界は怖いがそうしないと何も進まないような気がする。そう思いたってドアに手をかける。
心拍数が早くなっているのが分かる。そんな状態でもドアを押した。 すると、教科書でしか見たことないような景色が広がっていた。
現代味のない廊下がものすごい距離続いている。その廊下を小さい体で少し歩いてみた。歩幅が小さいから中々進まないが、やっと人と出会った。
その人から私はなぜか聖女様と呼ばれた。聖女などという言葉は漫画やアニメの類でしか聞かない。その現実を前にして嬉しくなってしまった。
これで私は何かになれると思っていた。あのつまらない社会の歯車ではなく、もっと立派で誇れるものに。
それからは侍女さんがついてくれて、色々教えてもらった。しかも、最初はもてはやされて、ちやほやされて、気分が良くなっていた。どこに行っても特別扱いされた。
しかし、聖女という役割はそんな簡単なものではなかった。聖女になれたからといって遊んで暮らせる訳でもなかった。神など存在しているのか良く分からいものに毎日6時間は祈りを捧げた。もちろん何も返ってこない……という訳ではなく、夢の中で返事を極々稀にもらえた。けれど自分では理解ができず、疲労のせいで見ている妄想かもしれない。
1日の中で祈りの時間以外も所作や言葉遣い、はたまた政治や社会情勢の勉強と食事、睡眠などの日常生活で終わる。
さらに成長するにつれ学校に通うことになった。なので、必然的に祈りの時間以外は全てカットされた。これでようやく楽になれると思っていたら、次は魔法という概念が出てきた。
これがまた非常に難解で聖女が神から与えられた特別な魔法もあるようで、それを習得しないと完全な聖女として認められないらしい。
その魔法を寝る間も惜しんで練習し、なんとか使えるようになった。そのおかげで正式に聖女として儀式をもって認められた。
これで他国の王子様とかと結婚出来ないかな〜と、浅はかな思いがあった。そんな時にあの者たちが宣誓布告をしてきた。そう悪魔たちからだ。
悪魔はその一体一体がかなり強く、悪魔の数体を相手するのに国お抱えの魔法使いが出動しなければならないほどの強さだった。
段々と人類側は押されていって、私も前線に出ることが多くなった。傷を負った人の回復などがメインだが、それでも心が痛んだ。私は聖女ではあるが、元はただの人間である。そんな私にこの現実はあまりにも辛すぎた。
それからは祈りの時間はあまりとれなくなって、回復の方に専念していた。それでも状況は好転せずどんどん生存圏は減っていって、内心絶望していた。それでも人類は諦めず抵抗を続けたが、最後の組織である人類連合軍は負けてしまったという凶報が入ってきた。こうなると、もう私たちは神に祈ることしか出来ないと皆が気が付いた。だから、必然的に私の元に人が集まった。その人たちで寝る間も惜しんで祈り続けた。
皆で祈っていると、私だけでなくこの場にいる全員に天啓が舞い降りた。信徒を集めてさらに祈りを捧げれば必ず救うという天啓が。
この時に確信したのです。やはり神様は存在するのだと!なので天啓どおりに信徒をさらに集めて祈りを神へ送りました。すると、神様は私たちの前に仮権限という形で降り立ってくださったのです。
「で、助けてもらったということ?」
「はい、そうです。この時の私は神様に私たちの祈りが届いたことが嬉しくて、さらにこの神様の声は幼少期から夢で聞いた声だということに気づきました。私の側には神様が昔からいたのですよ!」
声量が大きくなるにつれ、セシルとの顔の距離が謎に比例して近くなる。些細な息づかいさえ聴こえる距離に顔がある。その熱の入りようがすごくて、気持ちが直に伝わってくる。
「それから悪魔の脅威から私たちを救ってくださったのです。その救済を経て、信仰心がさらなるステージへと昇華しました。愛だなんて一過性のものでなく、もっと恒久的な感情にです」
「そ…そうなんだね」
あまりの圧に押されてしまう。言ってはいけないかもしれないが、この"神"のことを語っている時のセシルはいつもとは別人かのように思えてしまう。あきらか狂信者の類にしか見えない。
しかし、神の祝福を受けているかのように、月の明かりが強く差し込む。まぁ神は僕らしいけど。
「その気持ちを伝えようと思ったら、神様は天に帰られてしまいました。しかも、次に会えるのは1000年後、つまり現代だと言われました。それを楽しみに待っていたら、愚か者によって神様は完全に転生出来ませんでした。また奪われそうになったのです、私の神様が。だから、あの時は少し神経質になっていたのです」
「本当に長かったね…。でもそれだけのストーリーがあったということだもんね」
夜が深くなっていって、フクロウの特徴的な鳴き声も響く。それだけで時間が経ったことが分かる。これだけ長い話を聞いていたので、少し疲れてしまった。それはセシルも同じだろうけど。
「長時間ご清聴ありがとうございました。これで私とゼノン様は本当の意味で分かり合えたはずです」
「今日はセシルの話をいっぱい教えてくれてありがとう。けど、 もう遅い時間だから寝る時間を削らないようにね」
そう声をかけるとセシルは目元を潤ませた。それは嬉しいからなのか、悲しいからなのか、分からないが良くない感情だといいな。
セシルは口元をおさえながら、少しうわずった声で言う。
「すみません、あまりにも嬉しかったもので。私の戯言を信じていただけるだけでなく、心配もしてくださるとは」
感極った様子のセシルだが、瞳に溜まった涙をハンカチで拭き取った。この時のセシルは目元が少し腫れていたが、 それよりも意志のこもった瞳をしている。
「私はもう泣きません。これからはゼノン様のお側に居させてもらうのですから、弱ってる姿は見せません」
そうセシルは高らかに宣言した。この時の表情は眩しいぐらいの笑顔で光り輝いている。ようやくいつもの調子を取り戻してくれたみたいで安心した。
もし「面白い」「続きが気になる」「応援してやっても良いんだからね♡」という方は、是非とも評価、ブックマークをお願いします!




