第8話 王都への道
三日後の朝。
学園の正門前に、王都魔導研究院の馬車が停まっていた。
白銀の紋章が朝日に輝く。
見送りに来る者は少ない。
大半の生徒は距離を置いていた。
“ゼロ”と呼ばれた少年が去る。
それだけの話だ。
アルトは小さな荷物を手に立っていた。
その隣に、リシア。
紅い髪を結び、いつもの制服ではなく旅装束に身を包んでいる。
「本当に来るのですね」
ミレイアが確認する。
「はい」
リシアは迷いなく答える。
「家には?」
「置き手紙を」
さらりと言うが、覚悟は重い。
フレイムハート家の令嬢が、無断で王都へ。
嵐は後から来る。
それでも。
「あなたが行くなら、私も行く」
改めて言う。
アルトはわずかに目を伏せる。
「……ありがとうございます」
「だから敬語やめなさいって」
少し笑う。
だがその目の奥には、不安が揺れている。
馬車が動き出す。
学園が遠ざかる。
リシアは振り返らない。
前だけを見る。
王都までの道は二日。
車内は思ったより静かだった。
ミレイアは向かいの席で書類に目を通している。
アルトは窓の外を眺める。
リシアは落ち着かない様子で座っている。
「……ねえ」
小声でアルトに話しかける。
「はい」
「怖くないの?」
「何がですか」
「全部よ」
家を出たこと。
学園を捨てたこと。
王都へ行くこと。
アルトは少し考える。
「怖いです」
あっさりと言う。
リシアは目を見開く。
「でも」
「でも?」
「構造は変えられます」
静かな声。
「環境も、理論も、自分も」
リシアはじっと見つめる。
この少年は、炎を持たない。
だが芯がある。
「……私も変われる?」
「既に変わっています」
即答。
胸が跳ねる。
「昨日の炎は、三日前と別物でした」
具体的。
嘘ではない。
「あなたは、努力できる」
その言葉に、目が熱くなる。
才能ではなく、努力を認められる。
初めてかもしれない。
「……ずっと、言われたかった」
小さく呟く。
ミレイアが顔を上げる。
「感傷は王都に着く前に済ませておきなさい」
冷静な声。
「研究院では結果が全てです」
緊張が走る。
「アルト・ゼイン」
「はい」
「あなたの能力は、国家にとって脅威にも資産にもなる」
「理解しています」
「理解していません」
即座に否定。
「構造が広まれば、魔法の階級は崩れます」
リシアが息を呑む。
「貴族優位の均衡が崩れる」
視線がリシアへ向く。
「あなたの家も例外ではない」
重い言葉。
だがリシアは目を逸らさない。
「それでも」
「それでも?」
「私は、選びました」
静かだが強い声。
ミレイアは数秒見つめ、そして小さく頷く。
「覚悟はあるようですね」
夜。
宿で休憩を取る。
廊下で、アルトが一人立っていると、
リシアが近づいてきた。
「眠れないの?」
「少し」
「私も」
並んで窓の外を見る。
月明かり。
「ねえ」
「はい」
「王都に着いたら、あなた忙しくなるわよね」
「恐らく」
「……離れる?」
不安が滲む。
アルトは少し考える。
「効率は落ちます」
「え?」
「あなたの炎を見られないと」
一瞬、意味が分からない。
そして理解する。
顔が熱くなる。
「それ、遠回しに一緒にいたいって言ってる?」
「違います」
「違うの?」
「効率の話です」
真顔。
「……本当にずるい」
笑いながら、少しだけ安心する。
沈黙。
そして。
リシアが小さく言う。
「私ね」
「はい」
「炎がなかったら、あなたは見てくれた?」
核心。
アルトは迷わず答える。
「はい」
「どうして」
「あなたは、炎を使う側だから」
あの日と同じ言葉。
だが今は意味が違う。
「炎がなくても、あなたはあなたです」
胸がいっぱいになる。
リシアは一歩近づく。
距離が、あと少し。
「……王都で、後悔させないでね」
「何を」
「選んだこと」
アルトは静かに頷く。
「後悔は、設計しません」
意味が分からない。
だがなぜか、信じられる。
翌朝。
遠くに王都の城壁が見えた。
巨大な白亜の塔。
魔法文明の中心。
新しい舞台。
そして。
より大きな“構造”が、二人を待っている。
ゼロと呼ばれた少年は、
今、世界の中心へ足を踏み入れようとしていた。
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