第6話 才能の檻
翌日、学園に緊張が走った。
王都魔導研究院が、正式に「構造制御の公開検証」を求めたのだ。
名目は技術交流。
実際は――アルトの能力測定。
講堂には教師陣が勢揃いし、上級生まで集まっている。
壇上中央には大型魔法陣。
通常授業では扱わない、高難度干渉式。
ガルドの声が響く。
「今回の検証は危険を伴う。失敗すれば暴走もあり得る」
視線がアルトへ向く。
「それでも行うのか?」
「はい」
迷いはない。
リシアは横で拳を握る。
(危険……?)
昨日の火傷が疼く。
アルトは中央に立ち、魔法陣を見下ろす。
(第四層まである)
通常三層の魔法に、干渉層が追加されている。
故意に不安定化させる設計。
「発動は私が行います」
ミレイアが前に出る。
銀色の魔力が展開する。
「位相干渉、開始」
魔法陣が回転。
炎属性の波形が乱れ、暴走寸前の状態を再現する。
熱が講堂を包む。
「アルト・ゼイン」
ミレイアが呼ぶ。
「構造を示してください」
挑戦状。
アルトは一歩踏み出す。
炎の揺らぎを見つめる。
(第二圧縮が崩れる……いや、崩されている)
干渉層が意図的に歪ませている。
「第二層を固定します」
彼は魔法陣の縁に手を置く。
直接魔力は流さない。
指示のみ。
「第一層を薄く。増幅は三割抑制」
ミレイアが微笑む。
「理論通りにいくかしら」
干渉が強まる。
炎が膨張。
観客席がざわつく。
リシアの心臓が激しく打つ。
(壊れる……!)
「第四層を切ってください」
アルトが言う。
講堂が静まる。
「第四層?」
教師たちが顔を見合わせる。
「干渉用の位相補助層です。そこが歪みの起点」
ミレイアの目が細まる。
「見えているのですね」
「はい」
数秒の沈黙。
そして。
ミレイアは干渉層を解除した。
炎が急速に安定する。
揺らぎが消え、均衡が戻る。
完全制御。
講堂がどよめく。
「第四層を……見抜いた?」
「理論だけじゃない」
ミレイアはゆっくりと拍手した。
「素晴らしい」
教師陣の顔が硬い。
これは偶然ではない。
才能ではない。
別種の“理解”。
ガルドが低く言う。
「……危険だ」
空気が変わる。
「理論化は魔法の均衡を崩す」
保守派の教師が口を挟む。
「過去に構造研究は禁忌とされたはずだ」
ざわめき。
禁忌。
その言葉に、リシアの胸がざわつく。
ミレイアは静かに言う。
「それは百年前の話」
「だからこそだ!」
ガルドの声が強まる。
「理論を広めれば、未熟な者が扱いきれず暴走が増える!」
矛先がアルトに向く。
「無能が知識だけを振り回せば、秩序は崩壊する」
無能。
その言葉に、講堂がざわめく。
リシアの中で何かが弾けた。
「無能じゃない!」
思わず立ち上がる。
全員が振り向く。
「彼がいなければ、昨日私は暴走していた!」
胸が熱い。
「才能だけじゃ足りないって、私は知った!」
沈黙。
リシアは震えている。
だが視線は逸らさない。
「彼を排除するなら、私も退学します」
空気が凍りつく。
ガルドが目を見開く。
「フレイムハート家の令嬢が……何を言っている」
「本気です」
言い切る。
炎のように真っ直ぐ。
アルトはその横顔を見る。
自分のために、ここまで言うとは思っていなかった。
胸の奥が、わずかに痛む。
そして温かい。
ミレイアは静かに二人を見つめる。
「興味深い」
呟く。
「才能主義の象徴が、理論側に立つとは」
ガルドは歯噛みする。
「……結論は後日出す」
事実上の保留。
講堂は重苦しい空気のまま解散した。
夕方。
中庭。
リシアはベンチに座っていた。
「……言い過ぎたかしら」
不安が滲む。
家に知られれば問題になる。
それでも。
後悔はない。
足音。
アルトが来る。
「ありがとうございます」
素直な声。
「感情的だっただけよ」
「それでも」
少し沈黙。
「僕は、無能と呼ばれても平気です」
「私は平気じゃない」
即答。
アルトが目を瞬く。
「あなたが無能って言われるの、嫌なの」
自分でも驚くほど、真っ直ぐな言葉。
胸が熱くなる。
アルトは少しだけ視線を逸らす。
「……初めてです」
「何が?」
「庇われたの」
小さな告白。
リシアの胸が締め付けられる。
彼はずっと一人だったのだと、初めて理解する。
「なら、これからは慣れなさい」
照れ隠しのように言う。
「私はあなたの味方よ」
風が吹く。
紅い髪が揺れる。
その瞬間。
アルトの中で何かが静かに決まる。
(逃げない)
理論のためでも、王都のためでもない。
今は。
この炎を、壊さないために。
遠く、校舎の影。
銀の瞳が細められる。
「……選択は近い」
学園か、王都か。
才能か、理論か。
そして。
感情か、合理か。
物語は、分岐点に近づいていた。
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