第2話 才能主義の檻
翌朝。
模擬戦場は、熱気に包まれていた。
円形闘技場の中央には魔法障壁が展開され、観客席には上級生や教師たちが集まっている。新入生の実力を披露する恒例行事――序列決定模擬戦。
名前を呼ばれた瞬間、歓声が上がった。
「リシア・フレイムハート!」
紅い髪が陽光を弾く。
堂々とした足取り。背筋は伸び、視線はまっすぐ前を向く。炎の名門の血統、その象徴のような存在。
対戦相手は水属性上位の男子生徒。実力は高いが、観客の期待は明らかにリシアへ向いている。
アルトは観客席の端に座っていた。
昨日の言葉が脳裏をよぎる。
(第二圧縮が甘い)
彼の視界には、他人とは違う光景が広がっている。
リシアの周囲に漂う魔力の流れ。赤い粒子のような火属性波形。その内側、圧縮層がわずかに歪んでいる。
本人は気づいていない。
いや、この世界の誰も。
「始め!」
号令。
水刃が飛ぶ。
リシアは一歩踏み込み、右手を振り抜いた。
「紅蓮閃!」
炎が迸る。
爆発的な出力。水刃を蒸発させ、観客席にまで熱が届く。
歓声。
「さすがフレイムハート!」
「格が違う!」
アルトは眉をひそめた。
(出力が高すぎる)
第一圧縮は完璧。だが第二層で熱が逃げている。第三位相の増幅が追いついていない。
対戦相手が後退する。
リシアは追撃の構えを取った。
深く息を吸う。
炎がさらに膨れ上がる。
(……来る)
アルトは立ち上がった。
次の瞬間。
炎の形が崩れた。
球状に膨張し、内部から亀裂が走る。
観客の歓声が止まる。
「リシア、止めろ!」
教師の叫び。
だが炎は制御を失い、膨張を続ける。
リシアの瞳が揺れる。
魔力が引きずられる感覚。制御が効かない。
(な、に……?)
熱が跳ねる。
暴走。
障壁がきしむ音。
そのとき。
「第三位相を切れ!」
観客席からの声。
はっきりと、迷いなく。
リシアは反射的に視線を向けた。
アルト。
「増幅を止めろ! 第二圧縮を維持したまま!」
一瞬。
思考が止まる。
だが、彼の目は冗談ではない。
リシアは歯を食いしばった。
増幅層を意識的に遮断。
炎の膨張が止まる。
揺れ。
そして、収束。
爆発寸前だった紅蓮は、静かに消えた。
闘技場に沈黙が落ちる。
障壁の光が安定し、観客席からざわめきが広がる。
「……今のは」
「暴走しかけたのか?」
教師ガルドが壇上に駆け寄る。
「リシア、大丈夫か」
「……問題ありません」
声は震えていない。
だが、指先がわずかに冷たい。
ガルドは険しい顔でアルトを見上げた。
「なぜ分かった」
アルトはゆっくりと階段を降りる。
「第二圧縮の熱損失が限界でした。増幅係数が出力に追いついていなかった」
「専門用語を並べるな。感覚で分かるはずがない」
「感覚ではありません。構造です」
観客がどよめく。
リシアはアルトを見つめる。
昨日の言葉。
第二圧縮。
第三位相。
全部、合っている。
「……あなた」
かすれた声。
「どうして、そんなことが分かるの」
アルトは答える。
「視えるからです」
「何が?」
「魔法の層構造が」
理解できない。
だが否定もできない。
自分は、確かに制御を失いかけた。
もし彼の言葉がなければ。
観客席で何人が怪我をしていたか。
リシアの胸が強く打つ。
それは恐怖ではない。
別の何か。
ガルドが低く言う。
「……今日のところは偶然だろう。座れ」
模擬戦は続行された。
だが空気は変わっていた。
アルトに向けられる視線。
嘲笑ではない。
警戒と、わずかな興味。
試合後。
リシアは闘技場裏でアルトを待っていた。
紅い髪が揺れる。
「さっきの話、詳しく聞かせなさい」
「必要なら」
素っ気ない。
その態度が、妙に腹立たしい。
「……助けてくれたことは、感謝するわ」
小さく言う。
誇り高い令嬢が、他人に礼を言うのは珍しい。
アルトは一瞬、目を瞬いた。
「あなたが止めただけです」
「違う。あなたが言ったから」
視線が絡む。
昨日とは違う。
そこに“評価”が混じっている。
「夜、訓練場に来なさい」
リシアが言う。
「証明して。あなたの理論とやらを」
「……分かりました」
返事は淡々としている。
だがリシアの胸はなぜか高鳴った。
昨日まで無価値だった少年。
全属性ゼロ。
なのに。
彼の一言で、自分は救われた。
(才能がない……?)
違う。
何かが違う。
夕暮れ。
アルトは一人、空を見上げた。
講堂での嘲笑は消えていない。
だが今日、初めて。
必要とされた。
たった一度。
それだけで、胸の奥がわずかに温かい。
(設計は、できる)
才能がなくても。
魔力が少なくても。
構造が視える限り。
そして今夜。
炎の天才が、自分の理論を求めてくる。
それが意味するものを、アルトはまだ理解していなかった。




