第9話 艦隊ばらばら
ピオンは見張りを交代すると漁網をつくろいはじめ、アスキックは首をかしげる。
「ヨー、ヘイ、そんなもん、海の魔物には喰いちぎられちまうだろ? なにを捕まえる気じゃーん?」
「人間。役に立つかはわからないけど、救助の時に」
「というか魔物そのものが来てくれんのかよ? けっこうヒマじゃーん?」
「うん。陸の狩りと違って追跡しようがないから、ひたすら待つしか……まるきり魚釣りだよね?」
島が見える沖を周回しているだけで午前がつぶれそうになっていた。
「ま、空振りの日でも給金はそれなり投げてもらえるってことだし。姫ママちゃんが来る前に『それなり掃除はしておきました』って言うためだけのカッコつけかもしれねえしな?」
「やっぱり、海の魔物はそこまで出やすいものじゃないんだ?」
「そりゃそうじゃーん? やつらは陸に上がったら一時間もしないで空気に溺れちまう。この一ヶ月で急に増えたとはいえ、たった数件じゃーん? 漁村をまったいらにするような被害も出ているとはいえ、陸のほうが何倍も忙しいクレイジーパラダイス!」
「でも前は年にせいぜい数件だったから、増えすぎて陸上にも興味が強まっているとしたら……」
「いわゆる『魔物化』の仕組みね? 魔力にあてられて『狩りたい意志』が体格や体型を異常に育てたり、生存や繁殖には不利なほど凶暴性が強まったり……でも海のやつらの『意志』はずっと『おさかな食いまくりてー』じゃーん? 魚のあるところにしか用がなくね?」
「人間と争うことが増えていたら、陸のやつみたいな『殺したい』で頭いっぱいになるやつまで増えるかも?」
「アウチ。でもまあ、その殺意はアザラシにでもあたり散らしてくれりゃ、オレらはノープロブレムでヒマ仕事ごっつぁんボッタクリデー!」
「いちおう魔物は『魔力の強いもの』『魔力が強まる場所』にも惹きよせられやすいらしいけど」
「王女ちゃん様がエサの役までやってんのか。気の毒だけどこっちは安全……いやノッピとルルルガも勇者部隊なみとか噂あるじゃーん……?」
アスキックが笑顔で距離をとると、その背後で小型船のような影が海中から飛び出してくる。
クジラにしてはヒレが腕か翼のように長く、口中にひしめく牙も異様に大きい。
「悪魔鮫ゲッチュウウ!? このアスキック様に秘められた才能が狙われたあ!?」
アスキックは間一髪で跳びのいたが、巨大怪物の落下で船体は真ん中からへし折られてしまう。
腰から手斧は抜いたが、暴れまわる巨体を前にひしゃげた船体へしがみつくだけで精一杯だった。
「いや狙いが雑なだけの巻きこまれだろ知ってんだよノッピ先生お願いします!」
叫んだ時には向かいの船体からピオンが悪魔鮫へ斬りつけながら飛びこんで来る。
「さすが……だけど揺らすなあ!? お助けサンキューじゃーん!?」
悪魔鮫は頭を剣で深く裂かれながら、巨体すぎて脳へ届いているかは怪しい。
そしてふたたび跳ね上がると今度は旗艦へ乗り上げて、甲板を破砕してめりこんだ。
ピオンは踏み出しも着地もままならない足場の悪さから陸上のような連続攻撃をできなくてあせりつつ、アスキックを抱えて旗艦へ跳び移る。
「はまってくれているうちに……!」
わずかに遅かった。飛びかかって斬りつけることはできたが、一撃だけでまた跳ね上がってしまい、今度は海中へ逃げられてしまう。
ピオンの異常な身体能力でも水中ではろくに動けないため、うかつに跳んで追撃もできない。
周囲の船には弓矢と弩砲の射手も配置されていたが、同士討ちを避けてほとんど撃てなかった。
旗艦の甲板にいた兵士たちも、かろうじて槍でかすり傷を加えたものがわずかにいるだけ。
「大きすぎる……巨体を支える魔力が強くて、並の槍ではろくに刺さらない!?」
ロアダリスが艦橋から駆け出てくる。
「カマボコ……いえ悪魔鮫ですね!? サイズは……!?」
甲板に開けられた大穴で把握できた。すでに広げられている血の池で、ピオンがいることにも気がつく。
ピオンの表情から、まだほとんど有効打が入っていないことも察した。
「いきなりの大物……バリスタで狙いやすい位置へ追いこみを! ……脳や頚椎を狙いにくい厚みとなると、標的は眼球……あるいはエラ? いずれにせよ持久戦に……」
小型船がひとつ大破して救助がはじめられていた。
旗艦はまだ航行可能だったが、さらに攻撃されると危うい。
各艦は事前に指示されていたとおり、つかず離れずの散開をしてたがいに援護や救助をしやすくする。
一隻だけはひたすら島へ向かって逃走していた。
「このマディクソンは陸で迎撃しますゆえ! 魔物の誘いこみはお任せします!」
そんないいわけが聞こえた傭兵たちは呆れて舌打ちする。
「ファッキンセレブ! なんて勇敢な職務放棄だよ見習いてえぜアスホール!」
いっぽう王国軍の他の指揮官たちは作戦どおりの動きだけを急ぐ。
「計上されてない戦力にかまうな! 全方位警戒……うおあっ!?」
旗艦の周囲で二隻、さらにもう一隻が爆音と共に大きく傾く。
クジラが偶然に起こす衝突事故とは異なり、その巨体は濃い悪意を持って海中を駆けていた。
ロアダリスはファンソンに差し出された槍を受け取る。
その穂先へ意識を集中すると、放電の火花がまとわりついて踊った。
「紫電の魔槍……できれば使いたくありませんでしたが」
「巻きこみ被害を出しがちですからね。王女様からの誤爆でなければごほうびにもなりません」
「わたくし自身は打たれ損です」
海面が盛り上がるわずかな間だけの兆候。
騎士部隊の小型船が艦首をひと咬みで砕かれ、船板をあちこちへばらまく。
すぐに沈没する様子はなかったが、悪魔鮫も攻撃を受ける前に潜ってしまった。
乗員は一気にふりまわされて体をどこかへ打ちつけたりして、うめき苦しんでいる者が数人。海へ落ちた者が数人。
旗艦を挟んだ反対側では、最初に大破した船の救助が終わりかけていた。
「ルルルガはどこに落ちた!? そっちにもいないのか!?」
オガクズ傭兵団の所長が叫んでいて、ロアダリスはとっさにピオンの様子を確認する。
それまで周囲を警戒して緊張していたピオンの表情に、なぜか安心したような笑顔が浮かんだ。
どこかでルゼルガを見つけたわけではなく、ピオンは船から船へ跳び移って漁網を運ぶと、海面の騎士たちへしがみつかせて一気に引き上げる。
追いかけるように牙の群れが網をえぐり裂き、騎士のひとりは外套を裂かれて鉄靴もはね飛ばされた。
「あぐああっ!? 片足もがれたああ!?」
「やな方向に曲がってるけど、くっついてるぞ? 運がいい……のか?」
ロアダリスは魔物鮫が沈む一瞬、その胴部にへばりつく影を見た気がした。
しかしそれは『人影』ではなく『小さな悪魔鮫のような形状』だった。
その正体について考える前に、魔物の動きに変化がはじまる。
ゴツゴツとあちこちの船へ小刻みにぶつかりはじめるが、勢いがない。
船のない海面に出たりもする。
もがいているかのように狙いが定まらない。
ロアダリスは『小さな悪魔鮫』の胴部がルゼルガの外套と似た色だった気がしてくる。
海中のルゼルガは両腕を延ばして広げていたが『ようやく水中に慣れてきた』とほほえむ。
悪魔鮫のわき腹へ抱きついたまま、今まで尾びれの形状にしていた脚をリボン状に延ばして巻きつき、自身を固定しなおした。
腕を自由にできると今度は指先を尖らせて『目立たないように』と念じながらエラへじっくりと突き刺していく。
しがみついたまま、自身の顔から全身まで闇の魔力をあふれさせ、厚い貝殻のような材質に変化させていった。
悪魔鮫は苦悶して暴れまわり、何度か船や海底へ胴をぶつけてみたが、喉元へ爪をめりこませてくる『小さな悪魔』は剥がれてくれない。
今日の海面はいつもより多い『船の群れ』を見つけたが、槍や弓矢を使う『毛なし猿』とは異なる恐ろしい敵が潜んでいた。
逃げられない激痛に混乱しながら、とにかく『船の群れ』からは離れておく。
苦しんでいるところへ槍や弓矢まで刺されそうだった。
ほかにも『わけのわからない危険』が隠れているかもしれない。
もしかすると『小さな悪魔』の気が変わるかもしれない。
それも無理なら……『自分も最も苦しむ場所』まで引きずりこんでみるしかない。
マディクソン将軍は自艦だけで島へ全力逃走しながら、王女の船団がみるみるボロボロにされていく惨状をながめ、奇妙な笑みとため息をもらしていた。
「ふっほお……現実的な戦略も知らぬ小娘が。少しは痛い目を見て、その不相応な名声も落としきるとよいのです」
とりまく部下たちはどよめいて「さすがはマディクソン様! こうなると見通してのご英断でしたか!」と褒めそやす。
「あんな魔物に海で勝てるわけがない。勝てたとしても被害は国家を傾けるほど甚大でありまして。結果としては、このマディクソンこそが無駄な犠牲を避け、兵力を温存した第一の功績となり……うん?」
いつのまにか王女の船団にはゆらぐ船体がなくなり、海中からは巨大な黒い影がまっすぐ近づいていた。
マディクソンは無言で自分だけ船尾から駆け逃げ、部下が騒ぎだしてから叫ぶ。
「迎撃せよおっ! ……なんで本当に来るのおっ!?」
マディクソンの『提言』どおりに王女が『誘いこみ』をできたわけではなく、悪魔鮫は苦しまぎれにひたすら『陸上』をめざしていただけだった。
しかし急ぐ直線状にめざわりな『はぐれ船』がいれば、魔物として増幅されきった凶暴性で八つ当たりもする。
船体をめがけ、空高くから巨体をたたきつけて爆砕した。
咬みつけるすべてを引き裂きまくり、尾を打ちつけて壊せるものはいつもの何倍も念入りにぶったたく。
終わらない激痛と恐怖と絶望を無意識に分け与える。
抱きついたまま爪を抜いてくれない悪魔によって、肉体をのっとられたかのように暴れるしかなかった。




