第8話 流れ者てれてれ
セントピオン島の周囲は切りたった崖に囲まれ、南側だけは小山に囲まれた広い砂浜が船着場になっていた。
桟橋も整備されているが、島の中心部にあるセントピオンズバーグまでは曲がりくねった峡谷の坂道を何度か上り下りする。
その逆をたどって、ピオンとルゼルガは夜明け前に海岸へ近づいた。
しかしピオンは船の並ぶ砂浜ではなく、小山に囲まれて隠されたような中腹の窪地へ案内する。
「さすがに畑は跡形もないか……でも小屋はなんとか?」
百メートル四方ほどの狭い敷地はそこだけ海風が弱まり、雑木が多めに茂っていた。
そこへ埋もれて、集落とも言いがたい規模で廃屋がいくつか残されている。
ピオンはそのうちの一軒へ入り、魚網を背負ってきた。
「ほう? 村のあったころは漁業もやっていたらしいが」
「海鳥とかを狩る猟師もここでやってたよ。獲物をさばく時のにおいがきついから。あれがぼくの生まれた家」
「うん? ピオンくんはこの島の出身だったのか」
イスもひっぱり出してきてほこりを払い、白んできた空の下でサンドイッチをほおばる。
「子供のころに魔物が増えて、この六軒ではぼくしか生き残れなかったから本土へ渡ったけど」
「それは……すまないことをした。ならば我の首はしっかり仇なのでは?」
「そう思っていたけど、あまりそう見えなかったし。ルゼルガさんがまじめに魔王をやっているところ見たことない」
「えええ……たしかにやりたいと思ったことは一度もないが……角と羽根を伸ばしている我のアイデンティティが……もう何日もしまったままか」
「しなびてもげたりしない?」
イスを元のテーブルへもどして、花瓶も立てなおしておくだけでピオンは自分の生まれた家を後にする。
ふたたび海岸へ近づくと、多くの人影が集まりつつあった。
いくつもの傭兵団や騎士団部隊が木造帆船へ荷物を運びこんでいる。
「海のほうが危険になっていたとはね。しかし海の魔物はさほど人を狙ってこないはずだが……」
「この二年でよほど数が増えたのかな? 海の魔物は大きくて強いのが多いし、狩るのは大変そう」
「船や海岸という足場の悪い場所で、どこからどれだけ来るかも予測しがたい……王女くんも腕が立つようだが、速さを活かしにくくなる海上はまずくないかな?」
「ロアダリス様は勇者部隊でも戦力序列『二位』でなんでも優秀だから……単独でぼくを殺せそうなのもロアダリス様くらい」
「待って養成所でいっしょだったの? それで君の正体がばれてないってある?」
「兜もフードもかぶっていたから」
「いや君の個性は常にだだもれだろう?」
「戦ってない時なら、どこにでもいそうな新兵だよね?」
「それはない」
「そんなこと言ったら、ルゼルガさんの口調だって怪しすぎない?」
「いやいやまさか。我の口調などよくいる魔王そのものだよー?」
「どこが……だからばれないのかな? もしルゼルガさんがブタに変身しても、口調だけで当てられそう」
「そこまで? 王女くんとも会話というか、警告しに行ったことはあるから……もしや今回の依頼、君と我を埋めなおすつもりかねー?」
「まるで魔王討伐みたいな規模だよね」
他人事のようにつぶやきあって、砂浜の端に固まっていたオガクズ傭兵団へ向かう。
「おっせえな飼い主ども……ってサプライズ!? どっからわいてきたおはやいお勤めおつかれじゃーん!?」
事務員アスキックと所長、それと酒臭い五人がぶらぶらしていた。
反対端の騎士団部隊から、王女ロアダリスが側近だけを連れて近づいてくる。
「ご苦労様です……あなたがたオガクズ傭兵団はノッピさんとルルルガさんという貴重な戦力を擁していますが、書類の不備や会計の不審点など、問題が多く見つかりました」
「ひいいっ!? 待って許して所長は逮捕っていいから営業許可証だけはごかんべんを!? 従業員一同、靴を舐めさせてもらいますじゃーん!?」
アスキックが両膝をついて懇願し、所長も「そこはお心づけで! ワイロでひとつどうにか!?」と勢いのある小声で拝みこむ。
「まずはできる限り目立たないように心がけてください」
「ゲッチュー任せな! 誰にも見られないように海の魔物を狩りつくせノッピ! ……様どうかよろしくお願いします!」
王女の後を追って、騎士団でも贅沢な装飾鎧の一行が近づいてくる。
先頭に立つ中年はマディクソン将軍だった。
「いやはや! ロアダリス様にあられましてはこのような者たちに頼らずとも、この英雄マディクソンにその身を委ねていただければ……」
「却下します。持ち場を離れた件は評定につけておきます」
「もしや『勇者ピオンの再来』などと噂されている流れ者を気にかけておるのですかな!? そもそも勇者ピオンからして、このマディクソンの采配なくしてはまともに戦えぬ若輩者でしたからな!?」
マディクソンは傭兵たちへわざわざ聞かせるような大声で得意がる。
ピオンはかつての上司を『元気そうだな』と思ってながめていた。
「だのに魔王の首をとるなり、我がスタルダミア王国をも手中にしたかのような反抗心もあらわに、景品を3コースともほしがるなど……なにせ無学で怠惰な貧しい出身とあって、高貴なものすべてを妬んでいましたからなあ!? 生き埋めとなった宿命のめぐりもおそらくは……」
ロアダリスは音もなく瞬時に、傭兵の大部隊をまわりこんでマディクソンの背後に立っていた。
「わたくしを越えて戦力序列『首位』を成しえた努力への侮辱は、勇者養成所の出身者すべてへ対する侮辱となります」
刃は抜いていない。しかし眼光が斬撃をつきつけていた。
マディクソンはにやけ顔をひきつらせて呼吸が難しくなり、青ざめて声を震わせる。
「おうおっ? ……ほぐう……決してそんなつもりは。誤解させてしまったようであれば残念に思います。しかしまさか勇者ピオンや勇者部隊の功績を横どりするなど、決してまったく思いつきもしないことでしてえ……」
「いまだに持ち場を離れたままである軍規違反は重く評定につけておきます」
「そんなつもりは決して!? 様々な見解があることは承知しており、誤解させてしまったのであれば、今後もていねいに説明をしていきたいと……!」
マディクソンは早足で部下と共に引き返しつつ、聞かせるような独り言を残していく。
「貴族でもない懸念が残らなくて安心であろうに……」
ロアダリスはマディクソンを視線で追いやってから、傭兵たちへふりかえった時にはほほえみを見せていた。
そして堂々と話題を変える。
「皆様も知ってのとおり、近年のスタルダミア王国は周辺諸国からの脅威にさらされ、魔王ルゼルガを打ち滅ぼした今もなお、魔物の発生まで減じるどころか増加の兆候さえあります」
傭兵の一部が「兆候というかすでに倍以上」とつぶやいても続きを語って押し通す。
「とりわけ海の魔物は周辺諸国の海岸線でも襲撃が頻発しており、女王陛下は魔王ルゼルガとの結託まで疑われる事態に……なっております」
ロアダリスはルゼルガから視線をそらして意識しないように努めた。
「今回の作戦は『魔王ルゼルガの首』に次いで、国家の存亡に関わる急務です! 皆様の奮闘に期待します!」
どうにか激励でまとめ、副官でもある側近を紹介しておく。
「作戦中は、こちらのファンソンにわたくしの代理を任せることも多くなります」
配置などの指示も終えてロアダリスが旗艦の船長室へ入ると、側近ファンソンは首をひねりながらつぶやく。
「報告書を読んだ限りでは、ピオンさんの劣化パクりみたいなふざけた印象でしたが……まるきり本人ですね?」
「ええ。魔王城への生き埋めで、いったいなにが起きたのか……記憶喪失? 人格までさらにふぬけて……」
「でも見たこともないほど楽しそうでした。少し悔しくありません?」
ファンソンはからかうように苦笑しながら紅茶の支度をする。
「それどころではないでしょう? もし自爆装置の件を口外されたり、魔王と魔物発生の秘密を他国へ流されたら……」
「でも隠れて亡命するどころか、傭兵稼業をしながら堂々と食べ歩き、ロアダリス様からの依頼まで快諾……どういう意図やら?」
「まったく……それでもピオンさんだけであれば、珍奇な仮装をしばらくは見守る判断もありえましたが」
「そこへなぜか魔王までつるんでいるとなれば、すぐに手を打たねば……始末しましょうか?」
「あなたになにができると?」
「言ってみただけです。それができる相手なら悩んでませんよねー」
「虚偽に基づく提言により減棒」
「お許しを!? 息抜きも大事かと!?」
ファンソンは運びこんでいた荷物からありったけのオレンジやリンゴを捧げて機嫌とりに努める。
「いったいなにを考えているのか……いえその点は養成所のころからつかみどころのないかたでしたが」
「まったくピオンさんときたら」
「あなたもわりと、当時から……」
ファンソンは心外なようにきょとんとしながらリンゴをかじっていた。
木造帆船は数十人で乗りこむ大型船が四隻、数人で操れる小型船が十隻、その中間の船は商船や漁船も混じって十五隻。
すべてスクリューも搭載していたが魔法動力装置の型は古くて、抜錨や帆上げにも使う巻き上げ機構を加速できるだけだった。
十字に出た棒を人力で押してグルグルまわし、訓練で魔力を上げた者であれば軽く感じられるだけ。
櫂で漕ぐ古代船と比べて、漕ぎ手を減らせることが主な長所だった。
オガクズ傭兵団は旗艦のすぐ後ろへ隠されたような小型船に乗りこむ。
船仕事が少しはわかるピオンもあちこち手伝ってまわり、王国軍に用意された船員たちと首尾も確認しておいた。
出航してしまえばひまができて、船尾でルゼルガとだべるついでに見張りもしておく。
「勇者養成所で教わったことだけど、誰かを殺せるだけでは殺人鬼にしかなれなくて、誰かを守れて兵士になれるんだって」
「そしてみんなを守れるのが『勇者』かな?」
「養成所の教科書を読んだことあるの?」
「いや、君を見ていたらそんな気がした」
ピオンはてれる以上に困ったように首をひねった。
「読んだ時にはよくわからなかったけど……ぼくがなりたかった勇者は、ルゼルガさんを殺してもなれない気はした」
「我が出会った時の君は、とっくに勇者に見えたけどなー? 今はなにを守りたい?」
ピオンは『みんな』が大事にしている『英雄ピオン』の美談を壊してはまずいと思う。
しかし壊したい気持ちもうずく。
ピオンではない『ノッピ』となっても、みんなを魔物の被害から守りたいとは思う。
しかし心配の視線はついルゼルガにばかり向けてしまう。
するとルゼルガも困ったように首をひねった。
「今は前よりも勇者らしく見えるよ」
「勇者をやめてこそこそと傭兵をやっているだけなのに?」
ピオンはさらに赤くなって、しかし落ちこんだようにうつむく。




