第7話 巨人ずばずば
「ロアダリス様? 先ほどなにか……」
「いえ、追加オーダーを考えていただけです」
「視察のたてまえで来た以上は、補充のあても考えていただきませんと……」
まさにその佳境というか、それをはるかに越える難題を目の前に思索の限りをつくしている。
補充としては強力すぎる人材『勇者ピオン』がなぜか、復活してすでに魔物を狩りはじめていた。
さらには大がかりな掘削工事の計画も無視して、魔王の首まで見つかってしまう……ただし胴体つきで街中を歩きまわっていた。しかも勇者まで同伴。なぜか仲は良さそう。
「洗脳? いえ、生き埋めにされた復讐で手を組んだ? ……だとしたら、あんな堂々とのんびり食べ歩きはなんのため……?」
ひとつひとつの情報が濃すぎて、生クリームとフルーツ増し増しのクレープを流しこんでも頭の整理が追いつかない。
「お母様……わたくしに力を……」
「そこまで食いつくしに気合をいれなくても」
しかし王女がクレープの山を半分も残して立ち上がったことで、騎士たちは並々ならぬ状況と察して周囲を警戒する。
「決して剣は抜かないように……万一の場合は陛下への報告を優先」
ロアダリスは鋭く小声で命令し、手ぶりでも騎士たちを制止して単独で動く。
姿勢の正しさは常に変わらない。表情と所作の優雅も。
頬の生クリームは護衛の誰かが気づくべきだった。
「失礼……『ノッピ様』でしょうか?」
「おひさしぶりですロアダリス様!」
屈託ない笑顔を向けられ、ロアダリスは『正体を隠す気すらないのですか!? あまりにあいかわらずな性格ですね!?』などの叫びをこらえにくい。
かろうじて保った笑顔で小首をかしげてみせた。
「…………ドコカデ、オアイシマシタデショウカ?」
「えっ? ……あっ、以前に、行事かなにかでお見かけしたことが……」
「そう、でしたか。……ありがとうございます……」
ロアダリスは『それだけ!? ほかには!? いったい、わたくしのことはどう考えているのです!?』と思ったが、直接に聞いてもなお、なにもつかめない相手かもしれないため慎重にこらえる。
それに比べて自称ルルルガなる不審者のほうは穏やかな笑顔のまま気配が変化していて、ロアダリスは自身の表情や動作までも細かく読まれてそうに感じた。
宮廷には似たような妖怪じみたくわせ者も多いため、まだしも対処の手がかりもある……魔王でなければ。せめて勇者と仲良しでなければ。
社交の専門家である為政者でありながら、ありえない長さで会話が途切れかけ、とっさにつなぐ。
「とても腕の立つかたとうかがっております」
「ありがとうございます!」
「つきましては、騎士団へのご助力をお願いしたいのですが」
「ありがとうございます! オガクズ傭兵団のみんなも喜びます!」
ロアダリスは『ほかに言うことは!? ないのはおかしいでしょう!?』という叫びをふたたび飲みこんだ。
「ではさっそく……地獄谷の方面にカバじみて口の大きな『魔犬』が複数目撃され、今日まで手を打てない状態でしたが……それは先ほど解体済み? 五匹も? では……大蛇は担当者の都合が少々……」
ロアダリスが騎士団の配置を思い出して『ピオンと魔王を試せる強さの魔物』を選んで悩んでいると、聖堂のある高台から崖くずれのような轟音が響いた。
周囲は「また工事現場でがれきを掘りまちがえたか? 魔物までしょっちゅうわくし……」などと噂する。
しかし遠目にもわかる巨大な影が立ち上がり、なにかを殴り飛ばした。
がれきを積んでいた荷車が家屋よりも高く宙を舞い、その車輪は遠い広場の屋台にまで砲弾のように襲いかかる。
ロアダリスは一瞬に数十メートルも真横へ跳躍して剣を抜き放ち、車輪を受け流してはじき上げ、砦の塀へ衝突させた。
「さっそく、あの『獣巨人』をお願いできますか?」
見ればピオンはすでに駆け出していて、笑顔で手をふってきた。
王女は複雑な笑顔で見送り、かすかにつぶやく。
「あいかわらず……ですね?」
おびえと期待、迷いと罪悪感。
「姫様、あれは勇者が複数であたるべき大物では?」
「わたくしの責任において、あのふたりを使って対応します。あなたがたは飛来物への警戒と屋内避難の呼びかけを」
ロアダリスは駆け出すとピオンを追い抜いて高台へ着いた。
休憩小屋を持ち上げてたたきつけてくる毛まみれの巨人を相手に、自らひきつけて市街から遠ざけようとする。
「警備兵は避難の補助を優先!」
隙を見て斬りつけようとしたが、巨大な砲弾のように両腕が襲ってくるため、かすり傷とひきかえに腕や脚をつぶされそうで手を出しがたい。
ほんの二度、それすら皮で阻まれ、出血すらろくにない。
「あの体格を支えられるほど厚い魔力……貫通させるには集中の余裕がほしいところですが」
あまりに巨体で、巻きこまれて飛んでいる周囲の土煙や土砂やガラクタの多さがやっかいだった。
近づきにくく、逃げまわるだけでも足をとられやすい。
「ぼくたちで止めます!」
追いついたピオンは真正面から飛びこみ、人間の脚じみた太さの指二本をいきなり斬り奪う。
ネコとクマほどもある体格差なのに、その剣が閃光を放ちながら振られた瞬間には衝撃を受けきり、逆に深く切断していた。
巨体がまるでハリボテになったかのように見えるが、巻きこみ飛ばしている土砂岩石は地面や家屋を容赦なくえぐり続けている。
ロアダリスは背にかばわれながら、巨腕の無茶苦茶なたたきつけが削り散らされていく絶景を目撃した。
「あの魔剣をあれほどまでに使いこなせる魔力量と瞬間出力こそ、魔王討伐隊の先頭に配置された理由……」
ロアダリスは打撃力でこそ遅れをとるが、指揮官としては上まわる。
「……だとしても、相手の動きが単調になりすぎでは? なにか気が散っているかのような……?」
ピオンの猛攻も凄まじいが、獣巨人が殴ってばかりでろくに位置を変えない原因に目をこらしていた。
土煙に混じりはじめた大量の血煙は、巨人の足元からも渦巻いている。
一本ずつがクマのように大きな脚がドガドガと地響きを立てて暴れまわり、濃霧どころか荒波のように土砂が渦巻く中、誰かが『足止め』をしていた。
力量の大小などではなく、砲弾の嵐じみて飛び交う岩が当たっても、巨人に蹴られても、動き続けられる異常な肉体性能でしか不可能な戦いぶり。
むしろ戦いですらなく、ただピオンが斬りやすいように抑えつけているだけにも感じられる、おぞましいまでの余裕……魔王。
両腕をズタズタにされすぎた獣巨人がひるんだ一瞬、ピオンはがれきを蹴って跳躍していた。
大樹のような首へ、ひときわ強い閃光をみなぎらせた刃が貫通する。
「逃げて! まだ暴れる!」
のどから血がばらまかれ、おそらくは頚椎にも届いていた。
しかし獣巨人はくぐもった断末魔をあげながら、血の海へ倒れても手足をふりまわし続ける。
ピオンはもう一太刀で首を半分以上も切断し、三度目でようやく完全に胴から分離させた。
「ほっといても死にそうだけど、大きいと再生力が強くてしつこいことも多いから」
実際、切断された指の一部は血が止まってふさがりかけていた。
「ノッピくん、無事かい? 我はかつてないほど泥まみれだよー」
「うわ。ルルルガさん、泥のオバケみたい……ってぼくもか。……ロアダリス様の泥スカートも重そう……」
「重いです。しかしよくやってくれました。おかげで被害はだいぶ抑えられたと思います」
しかし両者を試した結果、まじめな仕事ぶりしかわからなかった。
国家の策謀で生き埋めにされた勇者と魔王が、なぜ偽名で魔物掃討に協力する理由があるのか、さらに悩むことになる。
「どうです? 騎士団に望むことがあればなんなりと……」
もし復讐のために名声を稼いでいるのであれば、要求する地位によって狙いをしぼれる。
「お風呂……やっぱりいいです。宿屋の裏にある馬小屋のほうが、気兼ねなく汚せるので。ぼくたち今すぐ直帰でお願いします~」
弱々しく懇願されてしまい、うなずくしかない。
目的がまったく読めなかった。
ピオンとルゼルガが去った後で、王女の臣下も駆けつけてくる。
ロアダリスは獣巨人の後始末を騎士たちへ任せると、側近だけを連れて砦の執務室へもどった。
そして報告書をつきつける。
「最重要機密です。補充のあてはつきました……『勇者ピオン』と『魔王ルゼルガ』です」
「……はい? …………はいいっ!?」
「いっさい記録しないでください。ほかの者には話していません。まずは陛下へ相談しなければ……万一の時は代わりに報告を」
「はいい……? あの……え? どこからツッコミを入れたら……?」
「わたくしこそなにが起きているのか教えていただきたいのですが……ともかくも『仕事を減らしてくれる』……今はそれが最優先!」
司令官は時に壮大な柔軟さ、言いかえれば無責任さも要求される。
「そんな無茶な……と思いましたけど、自分もどう考えていいのかさっぱりわかりませんので、ロアダリス様に押しきられたことにしておきます」
「考えているばかりでは進まないこともあります。少なくとも雇っておいたほうが、監視にも始末にも居場所をつかみやすくなりますし。……今はふたたび広場へ!」
「さらに探りを入れるのですか?」
「純然たる買い食いです」
ふたたび護衛騎士たちと王女の追いかけっこがはじまる。




