第4話 巨獣ざくざく
市場で衣服を買いそろえて、安宿で着替えなおす。
「これで角は巻かなくても、延ばして寝かせるだけで収められる」
ルゼルガの大きな帽子で、手持ちの半分ほどが消えてしまった。
残りは安物でも見た目がそれなりで、鎧や羽や尾を隠しやすいだぶついた格好になる。
部屋にはピオンとふたりきり。
「さてさて、それで、我は何年も討伐される側だったことだし、魔物を討伐する側になってみたくてね?」
「ルゼルガさんがすごい勢いでやりたがっていた『仕事』って、勇者のことなんだ?」
「うむうむ。というか『冒険者』なる響きに憧れてしまうというか。たしか魔物の駆除を専門とする傭兵紹介所なら各地にあるものだろう?」
「魔王がやると共食いみたいにならない?」
「我の城の魔物たちは勝手に寄り集まってきただけだしなー? 魔力がわくパワースポットだから、魔物とかそっち寄りだと惹きよせられやすいんだよねー」
コロッケや肉まんを買い食いしながら店の人へ聞いてまわった。
ルゼルガは近くにあると教えてもらった小さくてボロくて看板の絵が雑な傭兵団事務所を訪れる。
長椅子には今朝までチェスを指しながら飲んでいた五人の酔っぱらいが転がっていて、奥の所長机にいる中年はトランプを袖から出し入れする研究していた。
入ってすぐの受付カウンターでは無駄に派手な格好と動作の事務員がわめきちらす。
「ヨー! ヘイ! 魔物ぶっ殺して荒稼ぎしたいクレイジーどものパラダイスへウェルカムじゃーん!? ユーはどんな魔物にぶっ殺されたいじゃーん!? 新顔ちゃんはこちらのエントリー用紙に個人情報ゲロってシクヨロ!」
「我は登録とか受注申請はめんどうだから、やばすぎて誰も手を出せん賞金首とかない? なんでもいい。やってしまえばなにかもらえるやつ」
「オーノー。ガチもんのクレイジー来ちまったじゃーん。これだから月曜はブルシット……王宮(オー!キュー!)も最高額の賞金ぶっかけていらっしゃるウルトラスーパーハードクエストなら『魔王ルゼルガの首探し』で決まりじゃーん!?」
「それ以外で」
「なんでもって言ったじゃーん!?」
「それも渡せるけど、もっと後がいいから。先にほかの」
「ビッグマウス出たじゃーん? そんならまだ討伐の見通しが立ってなくて、追い払いだけでしのいでいるやべーのが何匹かいるけど……」
「それそれ。そういうのでいいのだよー」
事務員はステップを踏みながら島の地図を広げ、何枚かの書類からメモへ手配情報を書き写していく。
「くたばってきなファッキンクレイジーども! だがもしこのビッグゲームをひとつでも獲れたなら、ケツはウチでもってやるぜ! 報告シクヨロ! もめごと起きたら来んな他人! ハイではお願いしまヒャフウウウウッ!」
メモを投げつけると追い払いの動作でダンスの締めに入った。
「新人までいかれたやつしか来ねえ! 弱小チーム『オガクズ傭兵団』の明日はどっちだあああ!? ゲッタ・グローリー(栄光をつかめ)!」
ピオンとルゼルガは即興で手拍子とステップを合わせながら退出する。
「そういえば、人前では君と我の本名を呼び合うわけにもいかんな?」
「別の名前を考えておく?」
かつて岩山にあった魔王城は崩れ去り、聖堂を載せるための高台と化していた。
麓にあった雑木林で囲まれた廃村は、いまや何倍もの大きさで小都市としてにぎわっている。
それでもまだ平屋かせいぜい二階建てがほとんどで、自然環境の荒れかたに比べてやたらと多く住民と物資が流しこまれていた。
外周には馬防柵を併用した高い塀が二重に張り巡らされている。
都市規模のわりに見張り台も多く、狭い谷へ続く方面の出口へ近づくと声をかけられた。
「そっちへなんの用だ!? 魔獣に出くわしても助けられんぞ!?」
「どのあたりで出くわせますかねー?」
「知るかよ……みんな帰らねえんだから。扉を開けるのめんどうだから、脇のハシゴを使ってくれ。できれば魔獣の足跡とかの位置だけでも、報告を持ち帰ってから死んでくれやー」
「どーもー! よい一日をー!」
谷を曲がって見張り台の死角まで入ると、ルゼルガは背を丸めて鼻あたりを伸ばし、犬やドラゴンのような体型と姿勢に近づく。
「このあたりにもたまに近寄ってそうなにおいの残りかた……こっちのほうが濃いな……」
地面を嗅ぎまわりながら追跡をはじめた。
ピオンは剣と盾のほかは弁当入りの風呂敷を背へくくりつけている。
「あまり冒険者ぽい仕事姿ではないような……でも仕事って、こうやってもらえるんだね?」
「どうだろう? ゆるそうな職場を狙って、たまたまうまくいったけど……我は母の研究を引き継いで、魔力のいじりまわし以外はやったことないし」
「ぼくも勇者養成所を出てすぐ、魔王城討伐の出征式だったから」
「勇者養成所……我も入れる?」
「魔王を殺す目的の施設だけど、募集要項に『魔王はだめ』とは書いてなかったかも?」
「ならば正直に応募してもワンチャン……ないか。ないな」
「公務員への就職率100パーセントだし、卒業生の三割は騎士と同格な『特別強襲部隊』の将校、いわゆる通称『勇者』になれるけど……卒業前に八割がどこか壊してやめているんだよね」
「なにそれこわ…………おっと、足跡が……」
人の頭ほどに大きいが、ふたつに割れた蹄の形がいくつか、土に深く刻まれていた。
「魔王城で馬車より大きな魔獣に轢かれた人の鎧についていたのと同じだ」
ピオンは掘り起こされた跡へ視線の高さを近づけて観察する。
「今日までの天気がわからないし、牛より大きくて重すぎるからなんとなくだけど……跡の乾きかたや丸まりかたからすると、昨日からせいぜい数日前くらいかな? 獲物を追って走っている感じではないし、よく来る散歩コースかも?」
ピオンは周囲の茂みや木々を見て、枝の折れかた、草のつぶされかた、散った葉の重なりかたなどを探って追跡した。
「慣れているねえ?」
「猟師としてはまだ半人前だったけど。魔物は動きが雑なの多いから、基礎だけでもけっこう役に立ってくれる」
「魔物はみんな、闇の魔力にのまれて衝動的になっているからね……手負いとか餓えた状態に近くなる」
「ルゼルガさんも衝動にまかせてちゃらんぽらんなの?」
「えっ!? 違う……はず、だよ!? 我は鍛えた精神で魔力を制御しながらグータラしているだけで…………ん? においが強まってきたかも? 急にねっとり厚く重なって……」
蹄の跡も増えて重なりはじめ、ルゼルガは耳をオオカミのように長く伸ばした。
さらにしばらく歩いて見通しの悪い雑木林へ近づくと、不意に崖上から地響きが突進してくる。
ピオンは盾で殴りつけるように受け流しつつ、高く跳びあがった。
巨獣は倒れないまでも軌道を大きくずらされ、樹木へ衝突させられて驚き咆哮する。
自然の動物であれば、猛獣でも自身を殺しかねない相手からは逃げ、深手を負いそうな相手には慎重になる。
魔物は違った。怒りの衝動が望んだままに体格や角や牙が生活には不便なほど発達し、その異形になじむ精神変容から、破滅的な凶暴性で襲ってくる。
ピオンは落下しながら樹木の幹を蹴って、暴れる巨獣の首根へ飛びこんで斬撃をたたきこむ。
瞬間、刃は魔力の閃光をほとばしらせ、岩じみた肉塊がまるでバターになったかのように吸いこまれた。
刀身いっぱいで断面は頚椎までどうにか届き、魔王でもない限りは致命傷となる。
しかし自然の動物とは異なり、首の骨を断たれてもなお、即死にはならないで暴れ続けた。
二の太刀をふりあげていたピオンははね飛ばされて樹木にたたきつけられる。
それでも瞬時に跳びなおし、再度の『閃光の斬撃』で巨獣の首を完全に斬り飛ばしから息を整えた。
「かはっ、けほっ……びっくりした……二年もゴロゴロしすぎて勘が鈍ったかも?」
巨獣は血の池を広げ、首はまだアゴを動かしていたが、眼からは生気が急速に抜けていく。
傷口はじわじわとふさがろうとしていたが、魔王のように血流を頭部だけで循環させるような芸当を見せる前に力尽きた。
「苦しませないようにとどめを急いだか……ケガは?」
「だいじょ……うわあっ!? ホットドッグがまったいらに!?」
「これは見事なシート状に……まあ、食えんこともあるまい?」
しかし衣服や靴へ返り血がつきすぎて臭いがひどく、近くの渓流で洗ってからの昼食になる。
「では、我らと共に旅をしてピオンくんの背後を守ってくれた弁当の最期を看取るとしようかね」
「目もあてられない変わり果てた姿に……いただきます……うん? これはこれでおいしい?」
「うむ……『ふわふわパリッ』ではなく『もっちりジュワッ』な食感の良さが?」
「でもホットドッグを買うなりぺしゃんこにつぶしたら店の人に怒られそう」
「泣かれてしまう危険まである。事故に見せかける必要があるな」
「まあでも『ふわふわパリッ』だけでいい気もする」
「それはそう」
鼻のいいふたりは離れていても漂ってくる魔獣の血臭が少し気になってしまうし、巨大な生首のうらめしげな表情を思い出してしまう性格でもある。
ただ、街中ではないふたりきりで食べられる安心感を楽しみたかった。




