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第3話 ひきこもりたじたじ


 ピオンが目を開けるとまだ暗闇の中で、石像にされた時のようにルゼルガは角を光らせていた。

 しかし闇色のローブはひどくよれよれのボロボロになっている。


「おはようピオンくん。地上へ出られる見込みがついたよ」


 まだ地中らしかったが、がれきの間隔が広く、部屋くらいの空間になっていた。


「そう……なんだ?」


「結局、救助は来なかったし、救助作業をしていた形跡も見つけられなかったけどね」


「それなら帰っても、殺されるかもしれないのか……」


「君、家族は?」


「両親は魔物に殺されて、引きとってくれたおばさんたちには邪魔に思われていたから……ルゼルガさんは?」


「我!? 我も……似た感じで。縁者はおるが、我が生きていては不都合らしい……」


 ピオンの顔がどんどん困惑ばかりになり、ルゼルガはなだめるように肩を抱く。


「まあまあ、いきなり埋まりなおそうなどと考えなくとも。その前に少し、こっそり様子見くらいはしてもよかろう? せっかく我が何百日も掘り続けたのだ」


「そうだね……六百九十八日もコツコツと作業して、飽きたらぼくを抱き枕がわりに昼寝をくりかえして……」


「えっ!? 石化って意識あるの!? でもなにも見えないはずでは!?」


「棺桶みたいというか……触られている場所とか、声はなんとなくだけどわかるよ?」


「ひあああっ!? 待って!? ごめん!? 尊厳をどうこうするつもりとかはなくてね!? ……我のこともさわる!? よかったら……どこでも……」


「とりあえずその件は保留で……」


 ゆっくり起き上がり、手足の動きを確かめる。


「……ルゼルガさん、ありがとう」


 ピオンに手を差し出され、ルゼルガはもじもじと扱いに困る。


「はたして助けになっているかは怪しいものだが……」


 照れてまごついている間に、ピオンのほうから両腕で抱きしめていた。



 ルゼルガに案内されてがれきを踏み越え、斜めになった石柱をよじ登る。

 声を出さないように、音を出さないように、ルゼルガは天井の一部をそっと押して、クマほどもある巨石をじわじわと持ち上げていった。


「ここがちょうど薄いし、忍びこみやすそうでね? お先にどうぞー」


 ピオンが這い上がった空間は床石がきれいに敷かれていて、ほとんど暗闇だったが扉の隙間からわずかに光が漏れていた。

 ルゼルガも這い上がると巨石をそっともどし、めくれ上がっていた何枚かの床石もちまちまとはめこみなおす。


「ここは……? 魔王城にこんなところって……?」


「なかったよ。がれきの上に建てたらしい」


 大きな石碑と台座、それを観賞するように囲む長椅子が並んでいた。


「お墓みたいな……ぼくのだ?」 


 霊廟の石碑には『勇者ピオンここに眠る』と刻まれている。


「深夜は見回りもほとんどない……意識があったなら、なおさら地上はひさしぶりであろう? なにか食べたいものでもないか? 焼きそばは? わたあめは? ココアもよいなあ」


「そう言われると……でも街まで行くには、島から出るための船を探さないと?」


 上陸した時には荒地ばかりの中に廃村がひとつと岩山しかなかった。


「我が抱えて飛べる。しかしとりあえずは、その必要もない。そしてこちらのほうが必要となる」


 ルゼルガはガサゴソといくつかのボロきれをとりだして見せる。


「がれきの中でひろったもの?」


 ピオンはそれらを鎧と兜の上に巻いて、扉をそっと開けると息をのむ。

 満月の深夜、高台にそびえた聖堂のバルコニーから見下ろすと、街灯りが何百と遠く広く散らばっていた。


「なにこれ……たった二年で?」


「ピオンくん、早くこっち……音を立てないように」


 ルゼルガはバルコニーの端でピオンを抱えると手すりにつかまって腕を伸ばしながら下降し、階下の通路へ静かに着地する。

 脚を伸ばして塀を乗り越えたりもして、聖堂わきの街路まで抜け出た。


「顔や鎧を隠すのはこういうことか……あれ? 角は?」


 ルゼルガは霊廟を出る時にはターバンを巻いていたが、長大な角が納まる大きさではなかった。


「延ばして巻きつけておる。ややうっとうしくて気持ち悪い」


「羽もマント風に変形させたのか……しっぽはいいの?」


「おっと? 油断していた……客観的な視点は大事である」


 はたいて平べったく変形させ、腰帯のように巻きつける。


「ルゼルガさんも外に出るのは二年ぶり?」


「我だけでは怖いし……だが見ておれ、我の実力をぞんぶんにふるってくれよう」


 閉じそこねていた酒場を探して踏みこみ、酔っぱらいばかりの客へ呼びかける。


「誰ぞ、我へ勝負を挑む気概のある者はおらぬか?」


 そうして夜明け前、ルゼルガはまとまった金銭と焼きそばを得ていた。


「ふふんっ、思い知ったか!?」


 ふんぞり返る魔王と、頭を抱えてチェス盤をにらむ酔っぱらいたち。


「うぐううっ、五人がかりで四度も負けるなんて~!?」


「慈悲をくれてやろう。半分は返してやる代わりに、勝利の勲章として貴様らの衣服を一品ずつもらおうか!?」


 ルゼルガは奪い集めた上着やローブを得意げにかかげる。

 ピオンは隣でオムレツをほおばりながら苦笑していた。


「でも酔っぱらった人たちを相手に、一度は負けているよね? 飲む前だったら互角にならない?」


「そーだそーだ! いやしかし、いい勝負だった……また来いよ!」


 店主だけが「もうみんな帰ってくれよ」としょぼくれていたので、ルゼルガはチップを多めに握らせてから店を出る。



「これでまともな服を買う資金と、買い物をするためのマシな服は手に入った」


「朝の市場がはじまったら、ぼくの装備を売ろうかな?」


「それはピオンくんだとばれるだろう? それに……埋められた復讐はしなくていいのかい?」


 ピオンはオムライスと再会できてからずっと笑顔だったが、そのままゆっくりと首をかしげた。


「…………忘れてた。めんどくさいなあ? 二年も前のことだし」


「いや今日まで埋められていたわけだが。まあ……君がそういうなら忘れてもよかろう」


 ルゼルガは呆れたように苦笑したあと、ピオンの考えこんでいる様子に気がついて不安になってくる。


「どうした? 次にしたいことは? ドーナツ屋を買いしめるか? 城でかくれんぼでもするか?」


「オムライスを食べることはできたし……二年前まで、魔王さんを倒すことしか考えてなかったからなあ……?」


 暗い裏通りでピオンは笑ったまま、とぼとぼと頼りない足どりを止めてしまう。

 ルゼルガはとまどい、声にあせりがこもる。


「……やりたいことを失くしてしまったのか?」


 しかしピオンはすぐに首をふった。笑顔のまま。


「それを残念そうに言ってくれるルゼルガさんのために、なにかやりたい。ぼくにできることは?」


「なっ!? えあえっ…………!?」


「なにかない? ぼくにできそうなこと」


 のぞきこむピオンの視線から逃がれるようにルゼルガは顔をそらし、両腕をパタパタとはばたかせて自身の体温を下げようとする。


「そんなこと言われたって……ほら我、人づきあいとかないまま、長いことひきこもっていたから……」


「ぼくのしたいこともわいてきた。たった今」


「それはなにかな? そっちを先に済ませよう。そうしよう」


 ルゼルガは食い気味にぶんぶんうなずく。


「ルゼルガさんのことをもっと知りたい。ルゼルガさんはなんで魔王になったの?」


「ええっ……? あの、そういうのはちょっと……肉体なら好きにしてよいが……」


「ほんとに?」


「待てっ……!? なんだか急に、羞恥心がわいて……!?」


「なんだか急に、肉体にも興味がわいてきた」


「ひいっ!? 魔王の誘惑に屈するでない!?」


 ピオンにニコニコと迫られ、ルゼルガはあわてふためきながらも足を動かせない。

 赤面したおびえ顔に、ついうれしさも混じってしまう。




あとがき

 第一章、完? ここで終わらせたほうがまとまりよい気も。

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