第2話 首ちょんぱ埋め埋め
絶海の孤島『魔王の島』にそびえ立つ魔王城は岩山に彫りこまれていた。
討伐軍は入口付近へ本隊をとどめたまま先行部隊の悲鳴ばかり聞いている。
内部は複雑に入りくんだ洞窟になっていて、床や天井は鋭く尖った岩だらけで、暗がりのあちこちからは焼ける蒸気まで噴き出していた。
「割れ目からは離れろ! あせらなければ避けられるのに……うっ!? こっちも魔物だ!」
馬車より大きな魔獣が何人もの兵士をはねとばして暴走したかと思えば、子供みたいな背の獣鬼が何匹も足へとりついて牙を立ててくる。
そうなるとうっかり尖り岩を踏みぬいてしまったり、魔物ごと酸の池へ落ちたりする。
「どこからわくんだ!? これでは進むどころか……うわ!? 助けてえ!?」
そこかしこで天井の崩落まで頻発していた。
「これで魔王の元までたどりつける者などいるのか!?」
「弱音をはくな! 我ら王宮騎士の誇りをひぎゃっ!? いってええ!?」
「なんと恐るべき……なぜこんな不良立地に建設したのだ!?」
「先頭が突出しすぎだ……いや、行け! このままだと犠牲が増えるばかりだ! もはや一刻も早く魔王を討つしかない!」
その声がどうにか届いた地下深くの階段では、数十人の兵士がどうにか息をつける場所を維持していた。
その中心で豪勢な鎧の中年男は顔を苦らせる。
「じょうだんではない。この先の通路は特に苛烈であるのに、孤立したまま突撃など自殺行為である……」
「ひとりで様子を見に行っちまったガキはどこでくたばったかな……いいやつだったけど、いくら強くたって…………あれ? もどってきた?」
酸の落とし穴と尖り岩と蒸気噴射がやたらと多い通路の向こうから、小柄な鎧姿が角の生えている首を抱えて近づいてくる。
「魔王さんの首、とれましたー! もぎたて……だけど胴体はまだ動きそうなんで、いっしょにとどめ、手伝ってもらえますかー!?」
「えっ!? とれたのであるか!? いや、こら……反撃とかは? 負傷も返り血もぜんぜんないようであるが……」
「えっ!? あの……がんばったら、どうにかなりました!」
指揮官の中年男は目を丸くして黙りこみ、ほかの兵士たちは歓声をあげる。
「さすがは勇者ピオン様です! オレは信じてましたよ!」
指揮官は頭を抱えながら、どうにか指示をしぼりだした。
「うむううっ……すでに魔王の首を奪ったのであるなら……ピオン殿とは貴様の隊が合流して、確実にとどめを刺せ! 我らは本陣へ報告してから制圧にもどる!」
「ぼくは先にもどってまーす!」
ピオンは来た時と同じ勢いで駆けもどってしまう。
「待ってええー!? この通路、オレらにとってはかなり厳しいからー!?」
ピオンは笑顔で手をふるだけで、通路わきから飛び出してきた大木のような毒蛇までも足蹴に飛び越えて引き離してしまった。
首だけになった魔王ルゼルガはぼんやりささやく。
「……待たんで……よいのか?」
「だってルゼルガさんの首、早くもどさないと!」
「必死に……抱えこまれる心地……まんざらでもない……」
数分ほど前。魔王ルゼルガは自身の首へ両手をかけて呪文を唱えていた。
「調べてみたら一部分だけ、少しの間なら血管をふさいだままにできそうだったよ……あとは骨なんだけど、頚椎の隙間は狙えそう?」
「それは練習したから得意なほう」
「助かる~。大事だよね。戦場で相手への礼儀として。君はいい剣士だ。よし、それなら期待しちゃおうかな~。おいで~」
長い黒髪をかきわけて首筋をさらされると、ピオンは剣を振り上げた緊張とは別に顔を赤くする。
「これ……なんかちがう!?」
「なんのこと? ほら早く~う」
血は数滴も出なかった。しかし首の骨からじわじわとなにかが染み出ていた。
「心臓なし……だと、頭、ぼやける……死んだふり……長いと、きつそう……」
ピオンはあわてて抱えて走り出し、指揮官へ報告するなり玉座の間まで駆けもどった。
そして胴体へグリグリと押しつける。
「おー。頭がすっきりしてきた……心臓ってコーヒーよりも効くんだな……」
「これでぼくが軍に殺されそうでなければ、今度は心臓の血流を止めてから刺すの?」
「そう。それですぐ避難して、血が抜けきるまで待てば対処しやすい」
「ルセルガさんが降参すれば牢屋入りくらいにできない?」
「そうさせる気がないから、なんの勧告もしないで殺し屋だけ流しこんでいるわけだし……まあ、どうしようもない大人の事情でもあるのかねー?」
ピオンはルゼルガの頭部を抱えたまま不満そうにふくれていた。
「……あれ? もうぼくが支えていなくてもだいじょうぶ?」
「念のため、もう少し……この体勢を味わいたい……」
すでに魔王は手を動かせるようになっていたが、腹で組むだけにしていた。
「……と思ったけど、君を追ってきた足音は三人ぶんしかなかったねー? しかも君を倒せない戦力っぽい……ということは……」
「ぼくをだますつもりはなさそう?」
「それはないよ。君を殺す気がなければ、すぐにえらい人がのりこんできて、いっしょにとどめを刺したような記録をつけたがる……だから……んん?」
微震がはじまり、だんだん大きくなってくる。
ルゼルガは飛び起きるとピオンを抱えて玉座へ走った。
「この城、自爆装置がついていたのだよ!」
「なんでそんなもの!? 建てかえ予定でもあったの!?」
大小の爆発が鳴り響き、倒壊の轟音まで足される。
ルゼルガは全身に闇色の魔力をみなぎらせ、自身の羽根を傘のような形状にして厚く硬く変質させ、玉座にすがってピオンを守れる空間を維持した。
様々な爆音が何分もしつこく続いたあと、ようやく話し声の聞こえそうな静けさになってくる。
「……我はここへ移り住んでから構造の不自然に気づいたが、自爆装置の操作手段までは見つけられなかった」
「でも討伐軍の誰かが、それを起動できたってこと? それって……」
「まあ、それよりもまずは……」
「誰かいませんかー!? 助けの必要な人はー!?」
ピオンはルゼルガに押し倒されたような格好のまま、暗闇ばかりの周囲へ視線をめぐらす。
「君が助ける側なんだ?」
「まあいちおう、勇者よばわりされているので」
「しかしだいぶ長く崩れておったし、この深さではな~?」
ルゼルガが角を発光させると、がれきだらけの隙間も同じような土砂ばかりでふさがっていた。
「我が肉体を変形させて削り掘っても何十日、何十年かかるか……いつどこから崩れるかもわからぬし、出られるかも怪しい。その前に君のほうはよくても飢え死にか、悪いと窒息しそうだが……」
「……ここでルゼルガさんと最期を迎えるなら、どんな感じがいいのかな?」
ピオンはしょんぼりと笑い、ルゼルガはそれをしげしげと眺めまわす。
「こら。魅惑的な誘いをかけるでない。まだ可能性のある手段を隠してしまいたくなる」
「あるの?」
「君を死なせないだけなら、石像に変えておける」
「お願いします」
「即決? 魔王は疑うように教わったであろう?」
「飢え死にとかの前に、トイレの限界が怖い」
「たしかに……勇者ならばそれしき、とも言えん事案か。しかし死なないで済んだところで、脱出はできるかどうか?」
「誰か助けに来ないかな?」
「埋めた相手に期待はできんだろう? 我が掘れるだけ掘ってみるが……無理そうなら石化はいったん解除するから、またおたがいの始末なりを相談しよう」
「こんな深さだと大変そうだね?」
「まあ、ちまちました独り遊びは得意なのでな……では、おやすみ」
ルゼルガは片腕を伸ばしてピオンを抱え上げ、歌うように呪文を唱えて額へ口づける。
そこからピオンの全身へ闇色の魔力がまとわりつき、みるみる衣服ごと石像に変えてしまった。
「さて、あとはひたすら地味な単純作業……いや、がれきでの支え合いを考えながらのパズルか?」
まずは指を巻尺のように伸ばして、周囲のがれきへ這わせて形状を確認してまわる。
鼻歌まじりだったが、ふと石像になったピオンが見えると、さびしげな音色がまじってしまう。




