第15話 探りじわじわ
セントピオンズバーグを見下ろす位置にある高台は聖堂を中心に掘削工事の現場と作業員のための宿舎や食堂や雑貨店が連なっていた。
掘削現場は兵士詰所も兼ねた監視台が特に多い。
ルゼルガとピオンが所長に連れられて向かった集合場所には通常の魔物狩りよりも多くの人員が集められていた。
そのほとんどは王国軍で、傭兵は十数人しかいない。
総指揮官として序列五位の勇者ファンソンまで来ていた。
「ここではよく魔物まで掘り返して被害に遭っていますが、出どころがよくわからない襲撃もしばしば起きています。特に『大蛇の魔物』はかなりの巨体でありながら、いまだに巣穴は見つかっていません」
ファンソンは『ノッピ』や『ルルルガ』にも笑顔を向ける。
「スタルダミア王国に平和をもたらすため、連日の掘削工事で『魔王ルゼルガの首』を探し続けている作業員さんたちの安全確保が今日の目的です」
聖堂の裏手には島でも最も高い山々が連なっていた。
標高はさほどないが峻険かつ掘削も困難な硬い悪路ばかりで、魔物の潜みやすい洞穴まで散在している。
それでも人ひとりが通れる道は彫りつけられ、洞穴の入口には両脇へ岩を重ねた塔が建てられていた。
「かつて麓に村があったころは、そこの神官が魔力の修行に使っていたとか。今は亡きピオンさんから教えてもらった話ですけどね」
ノッピは返事をしたくてもこらえ、所長のほうが反応する。
「魔力が増幅しやすい環境へ追いこんで、暴走させないように耐える……勇者部隊の訓練と似ているような?」
「ここの修行方法をとりいれたのが勇者養成所ですね。先々代の王様はここの神官が短期間に魔力を急成長させることに目をつけて、技術協力を頼んだり、神官と婚約したり……まあ結局は破談になったり、魔王が現れたりで村は滅んだようですが」
ファンソンは表情や視線で気づかれないように、ルゼルガの様子を探っていた。
ピオンと同様に『裏庭のように』歩きなれているのん気さ以外に不審な様子はない。
参加した人員のほとんどは聖堂の近辺で迎撃守備にあてられ、山奥まで入った騎士部隊も数名ずつ数隊が分かれて別の道へ向かう。
最深部ではファンソンとその護衛六人とオガクズ傭兵団の三人だけになり、所長はきょろきょろと挙動不審になっていた。
「ここまで来ている人たち、王女殿下つきの護衛騎士とかまでいる精鋭ぞろいのような……なぜわたしがここに?」
ファンソンのゆるやかな態度に比べ、護衛たちはあふれる猛者くささを隠せていない。
「こんな地形だと、それなりの機動力を出せる人たちでないとエジキにされがちですからねー? ノッピさんたちは主力として頼りにしていますよ。なにせ人材不足なもので……」
「年くってろくに動けないわたしは、サボって逃げ隠れしてもよろしいのですね?」
「経験を生かして後方で警戒に専念とかなんとか、たてまえも少しは工夫してくださいねー?」
ファンソンは常に穏やかな笑顔と口調で、戦場には不似合いだった。
しかしピオンやルゼルガと同じタイミングで山ひとつ向こうの物音へふりむき、打ちあがった信号弾を確認する。
「問題なさそうですけど……あ、終わりましたね。最初の信号弾の色と数は『小型の魔物に遭遇。自部隊で対処』で、その次は『掃討完了、行軍再開』です」
風が強くて緑のろくにない岩肌は荒涼たる殺風景ばかり広げていた。
崖の途中や高所にある物陰はピオンとルゼルガが猿じみた身のこなしで確認へ向かう。
「指揮官の小生が動かなくていいのは助かります……ほんと、便利すぎ」
ピオンは本隊から遠く離れられる洞窟へ入るとルゼルガを奥へ誘った。
「さっきファンソンさんが言ってた麓の村……ぼくが小さいころは『神官の村』という名前で、そこの神官かその身内が魔王になったらしいけど?」
「まあ……だいたい……そんなようなもので……」
「先々代の王様となにか話がこじれたの?」
「わりとそんな感じ……」
ルゼルガが露骨に弱った表情で顔を大きくそらすので、ピオンは追求をあきらめる。
本隊へ引き返すと遠くに二度目の信号弾が上がり、そちらはしばらく待つことになった。
「また小物ですか……まあ、討伐ペースは悪くないです」
さらにもう一匹を掃討して北端の断崖が近づいてくるとファンソンは地図を広げて首をかしげる。
「これだけ手を広げて、それなりに狩れているのに『大物』の手がかりはどこにもないとは……このひと押しでロアダリス様を守るとどめになるのに」
「とどめ?」
ルゼルガの疑問にファンソンは苦笑する。
「ロアダリス様の婚姻話を進めたがっている人たちは『魔王はもう討伐した。その証拠に魔物は減っている』と言いはるために被害を少なく見せていたのですよ」
「それでこの島は魔物だらけのままほったらかしに?」
「マディクソン将軍とマディゲスさんに指揮を任せていた間は『書類上だと』平和そのもので……でもなぜか兵員が減り続けていたので、王女殿下が直接に乗りこんできたばかりです」
「そこへ我とノッピくんで大物の首を持ち帰りまくったということは……」
「おかげさまで実態が明らかになり、これまで『魔王が生きている可能性』を警告し続けていたロアダリス様の支持がさらに上がりました。マディクズ大臣からは予算の無駄だと批判されていた『首探しの掘削工事』も反対派閥が急にしぼみましたね」
「もはや魔王に死なれては困りそう?」
「そんなことはないですけど、増えてしまった魔物がロアダリス様の立場を守ってくれる妙な状況にはなっていますね。そしてこのあたりの『大蛇』はマディゲスさんが担当していて、あまり成果を出せていない標的というわけです」
「とても政治的な仕事なのだねー?」
「それだけでもないですよ? 魔王が飼い育てていた大蛇の被害は実際に続発していますし。小生の親友であるベノムファングさんは毒牙を首に打ちこまれてしまい、その戦闘では小生の従者でも最古参だったクリフフォールさんまで崖から転落し、つい先日も工事現場の監督さんは生まれたばかりの子供と会う直前で丸のみにされ……魔王ルゼルガのせいで」
自称ルルルガはだんだんと苦しげな猫背でうつむいていた。
「あうあの……魔王ルゼルガは城の排水溝を拡張して海中へ直接に廃棄物や魔物を流せるように改造した……かもしれぬという噂を屋台広場の通りがかりから聞いたような……?」
「なるほど海中……ヘビは泳ぎも得意ですし、今まで追いきれなかった死角として納得できます。すごいですねフードコートの通行人。排出口の位置も噂してませんでしたか?」
ふたりはぎりぎりの言葉を選んで笑顔のこわばりを抑える。
「さすがにそこまで通行人へ期待するのは……ただ魔王ルゼルガなら念のためいくつも穴を通してそうとは……言っていた気も……」
「なるほど。あくまで噂とはいえ、ありえそうですね」
奇妙な情報源から手がかりが出てきてしまい、護衛騎士たちはどよめく。
「ノッピ殿たちがフードコートに入りびたっていたのは、細やかな情報収集のためだったとは……王女殿下とは違っていたのか」
ファンソンは大きくうなずき、海岸ぞいに崖面を見てまわる。
「これでようやく友人や部下の仇討ちもできそうです……そういえばクリフフォールさんの容態は?」
「親父の脚まだ骨が折れだままなのに、弓なら使えるなんで言っで今日も海の掃討部隊にまぎれごんでいまずよ」
「ベノムファングさんも声は出せるようになったのですね?」
「まだガラガラでずげどね。でも首を咬まれでがらなぜが肩ごりになりまぜん」
見せた首には大きな刺し傷があった。頚動脈と頚椎をぎりぎりに避けてそうな位置と角度とはいえ、槍が貫通したような太さの傷だった。
「後ろまで抜けたから注入される毒が減ったのですかね……そういえば現場監督さんも胃酸ではげた後頭部にようやく髪が生えてきたそうです」
ルゼルガは『我、だまされた?』と抗議したくても被害は実際に出ていることもあり、釈然としなくても黙るしかない。
各部隊が北端へ到達してほどなく、二方向から次々と信号弾が上がってしまう。
「どちらも増援要請……ノッピさんとルルルガさんで遠いほうへ急いでください!」
残りは所長も含めてファンソンと共に『近いけど数が多い』信号弾へ向かった。
ピオンは期待されたとおりの機動力で山々を駆け抜けながら、ルゼルガへ困ったような視線を向ける。
「魔力についてはルゼルガさんのほうが詳しそうなのだけど……」
「なにか気になることでも?」
「勇者部隊が集まっただけにしては大当たりを引きすぎていた気がして。もしかしたら魔物が反応しているのは、ルゼルガさんのほうとか?」
ルゼルガのいなくなった海上作戦では釣果がなくなり、ルゼルガの来た島の北端で群れの続発がはじまった。
「…………客観的な視点は大事である。たしかに我こそが釣りエサの王だったやもしれぬ。ひきこもってばかりのせいで見落としていた」
「魔物まみれの城で暮らしていたなら気がつきにくいか。でもそうなると、ルゼルガさんの魔力は勇者部隊フルセットよりも圧倒的に大きいとか?」
「さすがにそこまではないはず。各国の首都では正体を隠さないと危ない。しかしこの島では魔力の発生源と特別に相性が合致していて……」
「水に慣れている感じの地元パワー?」
「血縁パワー。我の母は魔王城の地下で魔力にのまれた。この島の魔力を集めて引き出し続けるだけで理性はない『装置』と化してしまった」
理性を失っても母子であるための相性は残り、ルゼルガは魔王たる魔力を抱え、魔王城の魔力も制御抑止できた。
ピオンはルゼルガの出自についても推測できてくるが、王宮のろくでもない事情も関わってそうでもやつく。
大蛇の群れに襲われている騎士部隊が見えてきて、八つ当たりを急いだ。




