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第13話 小山こげこげ


 小型の悪魔鮫はすでに十匹ほど狩られ、姿を見せなくなっている。

 しかし致命傷を負った『巨大』悪魔鮫だけを載せたマディゲス部隊の艦を押しつぶして『超巨体』悪魔鮫が旗艦へ迫っていた。

 マディゲスの部下は海へ投げ出されていた者や負傷者も多く、旗艦に引き上げきれていない。


「レグマさんを!」


 ロアダリスが指示した時には、ファンソンがすでにかついできていた。

 すぐ後には兵士が四人がかりで巨大な鉄槌を引きずってくる。


「ノッピどの……まるで『天光の魔剣』かのような猛攻、お見事……』


 レグマは甲板でもうずくまるが、鉄槌の柄は握った。

 それを見てロアダリスは部下へ『脱出』ではなく『追撃』の準備を急がせる。

 鉄槌は棺桶に鉄槍が刺さったような馬鹿げた大きさをしていたが、レグマはその巨体をのばして立ち上がるとゆっくり持ち上げた。

 合金製の太い柄がミリミリときしんでたわむ。

 使用者の鉄靴も太い鉄棘スパイクをつけた特注品だったが、それでもなお人間の体重で振りまわせる重心バランスには見えない。


「ロアダリス様、どれだけ時間を稼げるかは読めません」


 棺桶じみた鉄塊はレグマからにらまれると震えてうなりだす。

 槌の頭は周囲で空気がゆらぎ、シュウシュウと音を立てて赤熱しはじめた。

 足音をドゴドゴと小型の悪魔鮫のように轟かせて船尾へ駆け、小山と旗艦の衝突へ割って入る。


「爆砕!」


 大きく振られた鉄槌は巨大な爆炎を吹いて瞬間的に加速し、落雷のように周囲の音を制圧しながら小山を殴り止めた。

 旗艦が人間ひとりの一撃で船首を浮かされ、いくらか前進までしていた。

 悪魔鮫はネズミとゾウほども体格差のある相手に鼻先をつぶされ、肉までえぐられる。

 旗艦の乗員は多くが転がり、どこかしがみつけている者は少ない中、ニードレイブは痛めた片腕に布を巻きつけて如意段平を固定し終えていた。


「レグマ先輩パイセンが『爆砕の鉄槌』で止めている間に削りきるしかねえのかよ…………いや、ピオンならやる。だからオレちゃんもできる」


 表情のとまどいも『ピオン』の名を呼んでからは薄れて、自身の奥底へ言い聞かせるように落ち着く。

 黒い小山へ駆け出していた。

 追いかけようとした自称ノッピはロアダリスに引きとめられる。


「ノッピさんたちの剣で削りきれるほどの時間は期待できません」


 一撃目の衝突に限っては、悪魔鮫の『超巨体』と勇者序列二位の『爆砕の鉄槌』で互角だった。

 しかし『超巨体』が正面突撃ばかりしてくれるとは限らない。


「レグマさんなら一撃の重さはピオンさんをも上まわり、魔力量でもまだ数回は振れます。でも機動力では……」


 動きを変えられてしまうと厳しい。

 さらにはもし数回すべてをたたきこめても、仕留めきれるかは怪しい。

 味方艦も援護の弩砲バリスタを撃ちはじめていたが、船体のゆれがひどくて狙いは乱れている。

 一撃目の『爆砕』の傷をじわじわふさぎつつある巨体魔力の回復速度も気がかりだった。

 二撃目の『爆砕』は爆音がやや小さく、それでも旗艦は多くの兵員がふたたび転がされる。


「紫電の魔槍を!」


 ロアダリスが指示した時には、ファンソンがすでにかついできていた。


「使ってみますか?」


 勇者部隊の重要装備だったが、司令官としての緊急判断でピオンへ差し出す。

 ノッピを自称する弱小傭兵団の新入りは即座に受け取った。


「お借りします、やきとり棒!」


「紫電の魔槍!」


 部下の騎士たちはとまどう。


「まともに扱える技量と魔力量があるのですか!? 姫様でも使いこなすにはどれだけの鍛錬を重ねたか……!?」


 ロアダリスの不安は技量と魔力量にはなかった。

 速さや精密さがそれほど必要ない相手であれば、ピオンなら即興でも活かしきれる。

 あの小山はここで止められないと、島へもどるまでに何隻を沈められるかもわからない。

 さらにピオンは、このままではレグマやニードレイブがつぶし殺されそうな状況も目にしている。

 守りきれない犠牲が大きそうなほど、勇者ピオンの意志は強まりすぎる。


 三撃目の『爆砕』と同時に飛び出したニードレイブは如意段平をピッケルがわりに悪魔鮫を跳び登った。

 渾身の一撃を眼球へたたきこみ、ふりまわされる自身の体を如意段平で固定しながら、さらなる追撃を加える。


「目玉しかつぶせてねえ……目玉のまわりってすげえ硬えよなあ!? ……んっ!?」


 どこから降ってきたのか、紫電の魔槍が追い討ちを深く突き刺す。


「逃げて!」


 魔槍にしがみついていたノッピはニードレイブを蹴り飛ばし、穂先へ全力で意志を集中させた。


「やきとり!」


 小山すら跳ねさせる巨大な落雷。

 ピオン自身も跳ね上がって倒れたが、まだ魔槍をつかんでいた。

 焦げた外套から煙をあげながら、なおも叫んで自身ごとさらなる落雷で打ちのめす。

 それで『超巨体』は頭を内部から焼かれすぎて、ふらふらと崩れはじめた。


 見上げるロアダリスは覚悟していた以上に表情を苦らせる。

 ピオンに使わせたら、自滅しかねないほど威力を上げられそうな予測はしていた。

 それでピオンまで倒れたら、安心してしまいそうな自身の卑劣を恐れていた。

 実際は自身や祖国の末路を見たような不安ばかりわく。

 どう感じたにせよ、あえて使わせた卑怯に変わりはない。

 二度も躊躇なく自身ごと打ちきった意志の硬さだけは予想を超えていた。


「なぜそこまで『勇者』であろうとするのです?」


 ロアダリスは超巨体に刺さっていた弩砲バリスタの矢を蹴って跳び上がり、ピオンと槍を抱えるなり飛び降りる。

 指示を叫ぶ前に、着地先にはファンソンがすでに走りこんでクッションがわりの竜巻を投げつけていた。

 小山の沈む勢いで高波が発生し、しかし乗員たちはしがみつきながら歓声をわかせる。

 ロアダリスがピオンの脈拍と呼吸を確認していると、かすかなつぶやきが聞こえた。


「ひれ……」


「悪魔鮫になったフカヒレは食感が落ちますよ? まだカマボコのほうが……いえ、医療術士を!」


 すでに呼ばれていた白衣の兵士たちはノッピの全身へ薬液をぶっかけ、護符を手に呪文を唱える。


「主には切り傷をふさぐ用途の魔法なので、感電やけどへの効果は限定的ですが」


 しかし呪文が終わる前にノッピは起き上がっていた。


「なんて防御魔力……レグマ様なみか、それ以上!?」


 ふらふらと救護班やロアダリスもふりきって、船尾から超巨体を見下ろし、見まわす。

 背びれ、胸びれ、特に尾びれがボロボロにされていた。

 ピオンの観察眼を知るロアダリスはその視線を盗み読んで『超巨体』がひれに受けている傷は新しい上、弩砲バリスタにしては胴体へ刺さっている量よりも多すぎることに気がつく。

 小山のような巨体ゆえの鈍重単調かと思いこんでいた。


「ルルルガさんは……?」


 ピオンがつぶやいた時、ロアダリスはオガクズ傭兵団の船から「なんでまたルルルガは消えてるんだよ!?」という声も聞く。

 ふりむくとピオンは海へ消えていた。


「落ちた……いえ、飛びこんだのですか!?」


 まだ小型の悪魔鮫が隠れ潜んでいる危険もありうる。

 それでもピオンは超巨体の胴部やその付近の海底まで潜ってまわった。

 見覚えのある『長大な二本角』が砂地で明滅していたので、ピオンは引っこ抜いて海面へ持ち帰る。


「だいじょうぶ? 感電に巻きこんだ?」


「そうなの? 我は全然……なにか光っているのは見えたし、ピリッとした感じはしたが……まわりの魚も気絶しておらんし」


「海面で散ってくれたのかな?」


「巨体すぎて、我のしがみついていた尾びれ近くの水中までは届かなかったとか?」


 各艦で小船による救助作業がはじめられ、ピオンとルゼルガは乗って来た艦の船室に寝かされる。

 医者を元気に追い返して、ふたりきりになった。


「やけにボロボロだけど?」


「君のほうが焦げくさい上に薬くさいよ? 我は空気だけ肺に溜めこんでヒレの解体作業をしていたら意識が飛びかけて……水圧の影響に不慣れだったのだよ」


「なんでそこまで……無茶しすぎだよ」


 ピオンは心配顔から、だんだんと不機嫌になってくる。


「その格好の君が言うかね……まあ、我は魔物被害の元凶であるし。以前はほっとくつもりだったが、目の前で被害が出そうだとねー?」


「それのどこが魔王なの?」


「悪いことをしてきたのに、気まぐれでいい人ぶって好かれたがる卑怯さとか? ……うむ。我は君からそんな風にかまってほしくて、君が守ろうとしているものに便乗しておるだけだよー?」


 ルゼルガが意地の悪い微笑を見せても、ピオンは冷めたふくれっつらでつぶやく。


「理由なんかどうでも、いいことしていたぶんは、いい人だよ」


 ルゼルガは返答につまり、身をよじってとまどう。


「ん~? そういうわけでは……? んん~? そういうもの……?」




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