第10話 悪魔さめざめ
船体の破片がばらまかれた海上で、マディクソン将軍の部隊は泣き叫ぶ負傷者と動かなくなった犠牲者だらけの地獄絵図を広げる。
少しでも大きな破片へしがみついて這い上がろうとして、奪い合って蹴落としたり、ひきずり下ろしたり。
しかし刃を抜いて部下へ斬りつけているのはひとりだけだった。
「貴様ら戦え! 指揮官のために命をかけんか!? 軍規を乱す者はこのマディクソン自らが粛清する! 逃げるなバカモノ! なんなのですかこのろくでなしは!? ……いひいいっ!?」
混乱に拍車をかけて、弩砲の槍のような大きさの矢が次々と着弾しはじめる。
「違います王女様!? 逃げるつもりなどまったく……このとおり奮戦しきったので、どうか救助を早く! 撃たないで! 撃つなあ!?」
ロアダリスは船足の速い先頭の一隻で舳先に立っていたが『紫電の魔槍』をかまえながらげんなりとつぶやく。
「そちらへ無駄弾を分ける余裕などありません」
マディクソンは周囲で部下が次々と襲われている状況すらろくに見ていないため、砲撃が慎重に悪魔鮫だけを狙っていることにも気がつけない。
すでに二発が命中して、浅いがヒレを裂いて刺さったままになり、動きを鈍らせつつある。
「救助よりは、無力化を急ぐほうが……足場の展開を優先!」
ロアダリスは跳躍の着地先を増やすため、自艦を囲むように船団を広げさせ、脱出用の艦載船まで使わせて補った。
救助には一時しのぎの木箱やタルもばらまかれ、衣類や旗も浮かせることで魔物の狙いを散らす。
各船への細かい指揮は副官のファンソンが代行していたが、ロアダリスの近くでふとつぶやいた。
「これもしやチャンスですかね?」
ロアダリスは一瞬『魔物狩りでの事故に見せかけてマディクソンを消す機会』かと思ってしまう。
しかし対象は『魔王ルゼルガ』のほうだと気がついた。
ファンソンも悪魔鮫にへばりついていた不審物を見逃さず、正体を察していたらしい。
いまだルゼルガとピオンがどのような関係かは把握しきれていないが、見る限りではやけに仲がよいため、今の状況は都合がいいかもしれない。
ロアダリスは静かに狙いを定め、暴れる巨影が海面へ浮き出ると穂先から紫電を噴き出す。
「お覚悟! マディク……いえ悪魔! 紫電撃!」
砲弾のように飛びかかり、刺さると同時に周囲の十数メートルほどへ雷電が炸裂した。
兵士のひとりがまきこまれて気を失い、騎士のひとりも槍をとり落としてうめく。
悪魔鮫の巨体もびくりと跳ね、動きがぎこちなく鈍った。
ロアダリスが槍を蹴り抜いて離れるなり、巨体へここぞと弓矢と弩砲が撃ちこまれる。
しかし悪魔鮫は不意に向きを変え、船腹へ槍を立ててぶらさがっていたロアダリスへ突進した。
「くっ……!?」
ロアダリスは船腹を蹴って槍を突き出しながら『わたくしの魔力では、この重量の体当たりだと骨折を防げるかどうか?』と苦しい覚悟をしていた。
その背後で船上から落下してきて、船腹の隣を蹴って追い抜かしていく剣を抱えた勇姿……そうできる能力という以上に、その判断を無意識にできる迷いのなさ、その姿にわいてしまう安心感が『ピオンしかありえない』と確信させる。
たたきつけられた『閃光の刃』が巨大な上アゴを半分ほども断ち切り、さらには追撃して背へ突き刺さる。
巨体の勢いがだいぶ弱められ、ロアダリスは槍を頭骨まで一気に突き通す衝撃にも耐えきってしがみつけた。
「紫電撃! つあつうっ!?」
「ふぎゃっ!?」
二撃目の雷電が炸裂し、ピオンもロアダリス自身も感電して悲鳴をあげる。
しかしふたりとも跳躍がいくらか鈍っただけで、近くの船にはしがみつけた。
悪魔鮫はさらなる一斉射撃を浴びて、それ以前からの出血量もひどく、ほとんど動けなくなる。
ロアダリスやピオンほど異常な機動力がなくても槍で刺しやすくなり、一斉にたかって決着をつけられた。
「わたくしとノッピさんは問題ありません。他の巻きこみ感電の救助をすぐに」
ロアダリスはファンソンに引き上げられつつ、耳打ちされる。
「あの巨体で深い傷は少ないわりに、弱まりが早かったような?」
「それ以前から攻撃も散漫になっていました。へばりついて、なにかしていたようですね?」
しかしエラ呼吸の困難な状態が続いていたことまでは察しようがない。
ルゼルガはいつのまにか悪魔鮫の腹から消えていた。
そして自称ルルルガなる不審者はしれっと小船に這い上がってくる。
「しがみついてばかりで大変だったよー」
「いきなりミキサーかけられて、その後も阿鼻叫喚フェスティバルだったもんなあ……生きててグッジョブじゃーん!?」
などと話していたが、ウソはついてなくても『しがみついていた対象』は船かのように誤解させている悪質なとぼけだった。
しかしもし悪意があるなら、先ほどの状況こそ『対ルゼルガの主要戦力』をつぶせた好機のはずでもある。
ロアダリスは紫電の魔槍をファンソンへ返した。
「自爆の危険も高くては、魔王ごと焼けるほど電流を強める『意志』は高めにくいですね?」
「それで結局、あのふたりはどうするつもりです?」
ロアダリスは笑顔でゆっくりうなずいてから、頭を抱える。
「どうしましょう……? あれだけ目立っているのに正体に気がつかない我が軍もどうかと思いますし……」
「埋って二年も経っていますからねー。どう脱出できたのか、なぜ今まで隠れていたのかもさっぱり……なぜか海上掃討作戦は初日から大成果にしてもらえましたし」
「それも半分は魔王のおかげ……便利すぎて困ります……」
重傷者は先に島へ送られる。
マディクソン隊の被害が深刻で、マディクソン自身も片腕と片脚をズタズタにされる深手を負っていた。
それを部下の誰もが無視するほど信頼関係もズタズタになっていた。
護衛には身内の率いる艦が名乗り出る。
「この勇者マディゲスにお任せくださいって。こうなるからマディクソン兄さんには『無理に前線へ出て人気とりなんかしないほうがいい』と何度も言っておいたのですけどね……なんでたいして強くもないくせに……あ~あ、あんな深手だともう現場は無理だよ。マディクズ伯父さんになんて言おう……」
ロアダリスとしてはマディゲスがいちおうは勇者部隊で序列六位の端くれでありながら、今まで姿が見えなくてどこにいたのかを尋問したかった。
しかし実の兄が引退もやむない重態であるため、今日に限っては見逃しておく。
救助作業が終わると、小船を広げて船体の残骸なども回収をはじめる。
ピオンはルゼルガとふたりだけで話せる位置をまわった。
「ロアダリス様は結局、ぼくたちを殺すつもりはなかったみたいだね?」
「うむ……そのはずなのだが。我あの電撃を直刺しでもっと強く流しこまれていたら、水中で意識を失っていたかもしれぬから……」
「わりと惜しい線だった!?」
「うむ。これからは魔物の王といえど陸棲生物たる限界はわきまえ、海上戦は避けておくべきか」
しかしふたりは翌日以降も参加することになった。
夜明け前の砂浜で、ピオンは焚火にトウモロコシをあぶる。
遠くでは悪魔鮫の解体で十数人の漁師が作業していて、船の修理ではその何倍もの大工が徹夜で動きまわっていた。
「ごめん。ロアダリス様からじかに頼まれると、つい……」
「我はかまわぬよー。でもピオンくんはもう少し警戒したほうがよくない?」
「ぼくだって、そんなに生き続ける目的とかないし」
「迷わないで動けることの多い君なら、目的なんてどこかにごっそり埋まっているものだよ」
「そうなの……?」
「そう思えないなら、あるいは考えないでおきたいなら、どこか遠くへ我と旅してまわるもよし」
「それは魅力的な誘惑だね……ぼくはどう生きればぼくらしくなれるのか、どんどんわからなくなっているよ。ルゼルガさんのおかげだ」
はたから見れば、ふたり並んで楽しそうにトウモロコシをかじっている姿より良い時間などなさそうだった。




