第1話 捨てごまなでなで
「魔王ルゼルガ! この勇者ピオンがその命もらいうける!」
「いいよー。わきからプスッとどうぞー」
荘厳な玉座にはチェス盤を座らせて、長大な角と羽を伸ばした闇色のローブ姿は床に膝立ちで両側の駒を動かしていた。
その背後で剣と盾をかまえていた鎧姿はへなへなと不安顔になる。
「いいの……? 実は不死身とか? 復活しほうだい?」
「そういうわけではないが、もういいかなって。先着一名様で、あまり失礼でなければ」
「命はもう少し大事に使わない?」
「そう言われてしまうと……少し待ってくれる?」
もうしわけなさそうに照れた会釈を見せた。
「わかった! ……いや、あまり長く生かしておくと誤解されるから手短に」
つい笑顔でうなずいてしまった後で表情と剣をかまえなおす。
謁見の大広間にはふたりきり。
「それはだいじょうぶ。その魔力がゴツそうな剣、ここに刺してみてくれる? この角度なら心臓まで届くけど、先っちょだけ……」
「いいの? ここ……?」
手ぶりに誘われるまま、胸骨の隙間へ切先をめりこませた。
「押しこむのは待ってね? ……痛あっ!? 光属性、痛あ~!? 効く~う……」
「ほんとにだいじょうぶ!? これなにやらされてんの!?」
ピオンはうろたえて首をぶんぶんふり、剣を握る自分の手から逃げたがる。
ルゼルガはいい笑顔でうなずきながら親指を立ててはげました。
「もう少しだけ、少しずつ奥へ……あせらないで……」
「え? ええ? なんか変な気分になりそうだからもうやめていい? うあ……血が……え?」
床へしたたる鮮血はへばりつかないで跳ね踊り、脚、腕、角、羽を飛び出させて何匹もの悪魔の姿に変わっていく。
ピオンは一息に数歩も跳びすさり、赤面したまま叫んだ。
「だましたな魔王!? ずるがしこいから気をつけろとは言われていたけど……こんな特殊な手口で!?」
しかし鮮血色の悪魔たちは一瞬につぶされる。
ルゼルガは蚊でもたたくように、城門のように巨大化させた手を振って、悪魔たちをまとめてぺしゃんこにすると元の大きさにもどした。
「我の流血からは魔物が生成される。少しずつのほうが対応しやすかろうと思ったが……なにも教えられておらんのか?」
「えっ? 魔物は魔王が製造しているとは聞いたけど……」
ルゼルガはきょとんと首をかしげる。
「ピオンくん、捨てごまにされるようなおぼえはない?」
「えっ? ぼくが?」
「我の肉体をぶっ刺せる光属性で魔力のごつい武器を用意できて、ずるがしこいとも警告されていたのに、返り血の対策だけしていないとは……相打ちになって得をしそうな人は?」
「そんな人、いない…………はず……」
ピオンはうつむき、声も表情もしぼんでいく。
「ふーん? まあ、それならば血の対策は我がどうにかしてみよう。一時的にはどうにか……なるのかなあ?」
ルゼルガは玉座の後ろにある壁をペシペシとたたいてまわり、収納書棚をいくつか引き出して魔術書を流し読んでいく。
ピオンはどんな顔で待てばいいのかとまどった。
「なんでそこまでしてくれるの? 死にたがっていただけでは……?」
「とりたてて生きるつもりはなかったけども。命は使えと言われてしまったからなあ? 余計なお世話へのお返しだよー」
ルゼルガは穏やかに楽しむような声のまま。
ピオンはどちらへ向けるべきか迷っていた刃をいったん鞘へ収める。
「ルゼルガさん……もしかして、わりといい人ですか?」
「そうでもない。そんなわけない。人でもない……魔王だからね」
その時だけは目をつむって、笑顔にさびしさがこぼれていた。
「魔王たる身分証明書の代わりに、諸国の王様つめあわせセットでも君へ渡しておこうか?」
「いりません。……でも魔王城にはまだそんなに余力があるの? あちこちの国と争ってきたのに……」
「余力もなにも、我は自らの封印しかやってないし。この地下城塞へ討伐部隊をつっこませすぎて、勝手に経済破綻した国はあるけどね」
「でもこの城は魔物をばんばん出撃させて、まわりの国を荒らして……それもルゼルガさんの意志ではないの?」
「わざわざそんな手間かけてなにか楽しいのー? 取引条件もせびらないで脅す意味はなかろう? そもそも我をこのような肉体に変えたのは……」
「え……え? 魔王城には毎年、たくさんの貢物が捧げられていると……」
しかし神殿風の広間は飾りけのない殺風景だった。
チェスも木彫りの安物。
「いろいろ知らされておらん上に、いろいろまずいことを知りはじめておるみたいだね? 我の首を手に地上へもどっても、はたして国へ帰れるかどうか……?」
ルゼルガは天井を見上げ、ピオンは頭を抱えてしゃがみこむ。
「もしかすると……『魔王を討った英雄』はもらえる景品を『王子様』『王女様』『女王様』の3コースから選べるのだけど、ぼくは貧しい平民の出身だから……」
「釣りエサに嫌われているか、エサを別の方向へ投げたがっている者がいるか?」
「そういう王宮のややこしいこと、よくわからないし考えるのも苦手です」
ピオンの声はますます沈む。
「こらこら。英雄なんて戦後はまっさきに暗殺されやすい邪魔者であろうに」
長身のルゼルガはピオンのとなりにしゃがんで視線の高さを合わせた。
「どうだ? 君が生きて帰る間だけでも、我を利用してみないか?」
「え……えええ?」
「少しの間だけだ……魔王の誘惑に屈してみよ」
ゆるやかに頭をなでくられると、逃げにくくなってしまう。
あとがき
両者の性別は読者さんまかせで。




