館の魔女
王都ユニウルブスから離れた湖畔の森に建っている一件の館。
そこには魔女が住み着いていると噂されている。
その為殆ど人が寄り付かない場所なのではあるが住人は存在する。
湖を望むバルコニーに設置されたベンチに座して黄昏る美少女が一人。
ブロンドヘアを腰辺りまで伸ばし赤いドレスを纏い、群青の眼光はじっと湖を捉えている。
鳥のさえずりなどを聴きながら落ち着いている。
そこに燕尾服を来た黒髪の青年がカートを押してやってくる。
「アリスお嬢様、お茶を淹れて参りました」
アリスと呼ばれた彼女はチラッと青年の方に視線を向けるがまたすぐに正面を向いてしまう。
「……ありがとうギルバート。あ、お砂糖は入れてね」
「承知しました」
ギルバートと呼ばれた青年は紅茶の準備をし、言われた通りに砂糖も用意しアリスの前にあるテーブルに配置する。
「本日の紅茶でございます。茶菓子は後程。それと、
━━━お嬢様!覚悟ッ!!」
左手には魔力を帯びたナイフを手にしアリスの後頭部をめがけて振り下ろす。
しかしアリスに届く30センチほど手前でナイフは動きを止めてしまう。
赤い魔方陣がナイフの鋒を止めている。
「……ギルバート、その手段は使い古されてあんまり意味ないよ」
淡々と告げるアリスは一切動揺した素振りもなくギルバートの方を見ると右の掌を向ける。
「━━━【下がりなさい】」
その瞬間ギルバートの身体は思いっきり後方に投げ飛ばされるかのごとく吹き飛んでしまう。
バルコニーの扉にぶつかる直前でギルバートは身を翻し直撃を免れる。
体勢を整えたが視線の先にアリスはいない。
その瞬間ギルバートは察した。
(ヤバッ)
「━━━……ギルバート、今日のはいまいちね」
背後から囁くようにアリスの声が耳に届く。
振り替える間もなくギルバートはバルコニーから庭に向かって吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられたところでギブアップする。
「俺の敗けですお嬢様」
「……ふふ、迷走してるねギルバート。お茶菓子の準備、早くしてね」
バルコニーから見下ろしいたずらっぽく微笑むアリスに対してギルバートは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「しょ、承知……しました」
(クソ、まじで何をすれば死ぬんだ!?)
ギルバート・ローレンス。
ユニウルブスでは知らぬ者はいないほどの有名冒険者である。
ユニウルブス最高位の名誉であるステラ所持者である彼はいわば国内最高戦力の一角である。
では何故そんなギルバートは執事をし、あまつさえ使えるはずの主を殺そうとするのか。
それは遡ること1週間……。
━━━一週間前。
ギルバートはいつものように冒険者ギルドに向かい、今回受けるミッションを選択していた。
ただ難易度の高いミッションはギルバート当人が概ねやり尽くしており、正直彼がするには役不足なものばかりである。
あまり上級者が下級のミッションを受けすぎるのも下の育成に良くないとされており推奨はされていない。
かといって迷宮に関してはソロで潜るのはいくらギルバートが強いとはいえギルドからストップがかかるだろう。
そう言うときは決まって馴染みのあるギルドの受付嬢のもとに向かう。
「ミカさん良いですか?」
「はい。あ、ギルバートさん今日はどうしたんですか?」
馴染みの受付嬢のミカに声をかける。
ハーフエルフである彼女はやや黄緑がかった髪を揺らしながら用件を訪ねる。
「何かミッション受けようと思ったんですけど良い感じのがなくって。まだ出てないヤツとかありませんか?」
「うーんギルバートさんが満足できるヤツあったかな?時間が許すならちょっと探してみるんでロビーでお待ちいただけますか?」
「お願いします。時間はあるんであんまり気にしないで良いですよ。喫茶ペースの方にいるんで」
ギルドに併設されている喫茶スペースで一服する事にする。
喫茶ペースにいる馴染みのマスターのもとに向かう。
「いらっしゃいギルバート。いつもので良いか?」
「お願いしますマスター」
カウンターに座り注文を済ませる。
マスターは茶色がかった髪をオールバックで固めており楕円形のレンズのメガネをかけて渋いというような印象がある。
「何か良いのは見つかったか?」
「いや~中々。俺が取ると申し訳ないものばっかりで」
「まぁ上級のミッションとなれば君を含めた3人のステラ所持者の争奪戦だからな。迷宮はどうなんだ?最近行ってないだろ?」
「行きたいんですけど基本ソロだし、多分いつの間にか深層の方に行っちゃうから止められてます。せめて何人かパーティーメンバーを揃えろと」
「まぁギルバートは無茶をする方だから仕方ない。ましてやステラ所持者だ。それはそうと、館の魔女の噂知ってるか?」
「……魔女?魔法使いではなく?」
魔女と言う呼称は古くは魔法と言う物への理解が及ばなかった時代の名残とされており、現代では魔法使いと呼び方を改められている。
現代では一般的に魔女とは悪しき魔法使い等を指すいわば侮蔑の類いの言葉として使われることが多い。
万が一その辺の魔法使いに魔女などと呼んでしまえば攻撃されても文句は言えないとされている。
ただ例外的に二つ名として魔女の名を敢えて冠する魔法使いもいる。
「ああ、魔女だ。何でもユニウルブスから外れの湖畔に館があるそうなんだがそこに住んでいるらしい」
「魔女って言うなら何か悪さでもしてるのか?」
「いや、それが特に聞いていない。その魔女自ら赴き何かすることはなく館に侵入したものを追い返すらしい」
「ならなんで魔女呼ばわりを?」
「あくまで噂だが、どうやら時折帰ってこない者がいるらしいんだ。冒険者の間じゃ捕まった人間は生け贄にされるとか黒魔術の材料にされるとか何とか」
「いや前時代的な……」
「まぁあくまで噂だ。最近は出てないけど十数年前までは定期的に館の魔女の討伐ミッションが出ていたけど暫く見ないな」
「それってギルド主催ですか?」
「いや、どうやらその魔女自身が出しているらしい」
「はぁ?」
「意図は不明さ。でも噂も相まって誰一人として請け負おうとはしないんだとさ。全く何を考えているんだが不明だね。……っと、いつものだ。サービスでクッキーもつけてやる」
「ありがとうマスター」
マスター手製のコーヒーとサービスのクッキーを頬張りギルドからの返事を待つこと十数分。
やや駆け足と言った様相でミカがこちらにやって来た。
「あ~居ました。お待たせして申し訳ありませんギルバートさん。一応候補を幾つか見つけましたので個室にて案内させていただきます」
「ありがとうございます。じゃあマスター、ご馳走さまでした。また来ますね」
「おう、頑張れよ」
お代をカウンターに置きマスターに別れを告げるとミカに続いてギルドの裏にある個室に通される。
ステラを獲得してからは秘匿性も高いミッションを請け負うことも多いためギルドからの斡旋のミッションに関してはこうして人目を避けたところで説明を聞くことが多いのだ。
「ではこの部屋でお待ちください。本日はギルドマスターがいるので、そちらから説明をしてもらいます」
そう言うとミカは別室にいるギルドマスターに声をかけに向かった。
(ギルマスがわざわざ?何かワケアリだな?)
過去ギルバートは幾つかギルドマスター直々のミッションを請け負ったことがある。
ただ何れも面倒かつ複雑で難易度の高い物が多かったと記憶している。
(面倒じゃなきゃ何でも良いんだけどな)
そんなことを考えていると部屋の扉が開く。
入ってきたのは身長2メートルを越す褐色の肌に銀髪が特徴的な筋肉質な男性が入ってくる。
「待たせたなギルバート」
「いえわざわざ時間を取ってもらいありがとうございます。ただ、ギルマス直々ってちょっと久々じゃないですか?どうせ厄介事を持ってきたんでしょうが」
「まぁそうだな。ただ今回に関しては今までと話がちょっと違うから覚悟して聞いてくれ。
━━━まず、このミッションは依頼主がお前を名指しで指名している。そしてお前の過去を知った上で言っているそうだ」
「!?……情報統制はされているはずでは?」
「……原文で依頼書を読み上げよう。
『国内最高レベルの冒険者であるギルバート・ローレンスに依頼です。皆が館の魔女と呼んでいる私自身を殺しに来てください。かつて【黒影】と呼ばれたユニウルブス最高の殺し屋だった貴方に依頼を求めます。何故私がそれを知っているか知りたければ館に来てください』
……だそうだ。一体どこで情報を仕入れたんだか」
「館の魔女ってさっき喫茶のマスターと話をしてましたが何人もの冒険者達が失敗し続けたってヤツですよね?」
「そうだ。かくいう俺も数十年前に当時のパーティーメンバーと共に挑んだが全く歯が立たなかったと言うことしか覚えていない」
「……分かりました。一旦受けてみます」
「いいのか?持ちかけておいてアレだがお前の秘密を知っているヤツは大体ヤバいヤツが多いと思うが?」
「だったらその魔女とやらを殺せばいいんでしょう?依頼もこなせて一石二鳥ですよ」
「そう言うところは変わらんな。分かった受理しておくから準備を進めるように。依頼主からは受領の可否は伝達不要とあるため準備が終わり次第に向かってもらって構わない。それとこれがその館の場所だ」
話が纏まり地図を受けとるとギルドを出て準備に取りかかる。
一先ず自宅に帰宅しクローゼットを開く。
そこには大量の武器やポーションが置いてある。
ギルバートの自宅にはいつでも冒険に出られるように最低限以上の店を開けるくらいには武具やポーションなどを常備している。
ギルバートはあらゆる得物に精通しており、極端な話ステゴロでもその場にある金属片や木の枝でも魔術を組み合わせれば十分武器として用いることも可能だ。
ただ今回の相手はギルバートの裏の顔を知っており、それだけで十二分に警戒するに値する。
(相手の素性が不明な以上遠近どちらでも対応できるよう剣と銃でなるべく身軽になれるようにしておくか。後は魔法具も幾つか見繕って……)
選ぶこと十数分。
大体の組み合わせは決まり黒と青を基調とした戦闘服に身を包む。
冒険者らしく正面から堂々と挑んでもいいが相手は殺し屋としてのギルバートに依頼をしている節がある。
ならば殺し屋らしく夜になるのを待てばいい。
幸い今夜は新月。
闇に紛れる殺し屋としては最大級の好条件とも言える。
あとは万が一のことを考えて館周辺の地形を確認して脱出経路も幾つかシミュレーションをしておく。
(地形的に森を使えば最悪脱出は出来るだろうが魔女というからには結界術なども警戒するべきか)
これまで魔女と呼ばれる存在と戦った経験は無いが冒険者として敵対する魔法使いと戦った経験はある。
その中で相手を閉じ込め自信に有利な環境を作り出す結界術と言うものも経験したことがある。
魔女というからには当然それも懸念して備える必要があろう。
結界術に対する対策として最もシンプル且つ簡単なのは使用者そのものを叩くことだ。
つまりは術の起点となる存在を押さえることで結界が維持できなくなると言うこと。
(一応飛び道具とか用意して気を散らすことが出来るようにした方がいいな。それと身体強化以外の魔法は恐らく通用しないと思っていくのがベターだ)
日没となりギルバートは部屋の窓から屋上に上がると館のある方角を確認する。
一応正体がバレぬようにという意味も込めて黒色のコートを纏い屋根伝いに館に向かって駆け抜けていく。
人間下は気にしても上というものは気にすることは稀だ。
ましてや新月であり明かりが少ないと成れば一瞬過るギルバートの影など誰も気に留めない。
一切の一目を避けてユニウルブスの境界門の上部を飛び越えて森の方に入る。
新月も相まってほぼ漆黒と言っても差し支えない森の中を迷い無く一切スピードを落とさずに走り抜ける。
最短距離を駆け抜けると小高い丘がありそこから館を視界に捉える。
(あそこか。灯りは……点いてない?)
少なくとも見える範囲からは人の気配や灯りの類いは見受けられない。
それどころかこういう深い森には生息しているはずの魔獣などの類いも見かけなかった。
特に魔獣は自身を越える実力を持つ存在と相対する場合逃げる事が多い。
魔獣が居ないということはつまりは相応の実力を持つ何かが居るという証明に他ならない。
一段と集中力を増すと館の敷地内に足を踏み入れる覚悟を決めた。
館の敷地の境界には不格好な鉄柵とレンガ造りの壁が建っている。
高さ自体は大したことがないので軽く飛び越えて敷地に侵入する。
特段結界などの気配もなくスムーズに侵入することに成功した。
(結界とかもなしか。無警戒なのか、おびき寄せる罠か、よほど実力に自身があるのか)
何れにせよ警戒を怠る理由にはならない。
右手にはナイフを、左手には指輪型の魔法具を5指全てに装着し先に進む。
壁伝いに館を進むと施錠されていない窓を確認する。
罠かはたまた閉め忘れか。
ただ入り口が見えない以上ここから入るしかない。
幸い立て付けは良いようで殆ど音を鳴らすことなく開いて館の内部に入り込む。
床は高級絨毯が敷き詰められており、着地に伴う物音は吸収された。
一層警戒感を高めて慎重に進む。
曲がりくねった廊下を進むととても広いエントランスのような場所にたどり着く。
大きな扉と反対側には2階に上がるための階段がある。
階段周辺には蝋燭で火が灯っており薄暗い中では十分目立つ灯りだ。
(蝋燭に火?それに結構長いし今日付けられたか?)
エントランスの方に足を踏み入れようとした瞬間、トン……と足音が響いた。
咄嗟に動きを止めて静かに身体を少し後ろに隠す。
階段の奥から足音が段々近付いてくる。
「……あら、妙に暗いと思ったら電気が切れているのね」
美しい声がする。
バレないように少し顔を出すと声の主を見つける。
赤いドレスを見にまとった少女がいるのは分かった。
ただ暗すぎるため顔までは確認できない。
「……面倒ね、明日また交換しましょうか」
そう呟くと踵を返し階段の奥に戻っていく。
好機と捉え足音を殺して少女の後を着いていく。
少し奥まった場所に灯りの漏れる扉が見えた。
少女はその部屋に入っていく。
聞き耳を立てているとその少女は小さく呟く。
「……それにしても、私を殺す依頼……受理されたのかしら」
(間違いない、この子が依頼主の魔女か)
「…………。成る程、そう言うことね。どこかは知らないけどもう入り込んでるのね」
(!?バレている。まさか俺の眼が結界を察知できなかったってことか)
「……聞こえてるか知らないけど、いつでもどうぞ?私は、ノーガード……よ?」
明らかな挑発。
だが好機であることは間違いない。
扉の隙間から部屋の照明に向かいポケットから取り出した小石を投げる。
━━━フッと灯が消えると部屋は暗闇に包まれる。
その瞬間に扉を開くと一気に少女に肉薄する。
右手に持ったナイフが少女の頸に当たる。
その瞬間に魔力を込めると肉を断つ感触がしそのまま振り切って対面の窓辺に着地する。
手応えは十分。
魔法具で蝋燭に火を灯すとターゲットを確認する。
見事に頭と胴は分かれている。
だが一つ違和感か。
(……何だ、なにか変?)
眼に入るのは頭と胴が分かれた少女ととても綺麗な部屋の装飾。
(━━━ッ!?何でコイツ、頸を落として血が出てない!?)
そう、少女の頸からは一切の出血が認められない。
すると少女の指がピクッと動く。
それを察知したギルバートは反射的に構える。
次の瞬間衝撃の出来事が。
「……凄かった。私の認識より早いのね」
何と胴から離れているはずの頭部から声がする。
そうかと思えば胴が起き上がり頭部を掴み元あった場所に宛がう。
みるみるうちに綺麗に繋がっていき傷一つない綺麗な首筋が見える。
軽く首を回すとギルバートの方を見る。
「……はじめまして【黒影】。私が貴方に暗殺依頼をしたアリス……だよ」
深紅の瞳に映るギルバートは額に汗を滲ませる。
(……こいつ、マジで不死身なのか)
経験上魔獣、魔物をふくめて頭と言うのは共通して致命的な弱点であった。
複数の頭があったり、生命活動の核となる部分が別の場所にあると言うような例外を除けば頭を落とせば絶命するはずだったのだが、目の前の少女━━━アリスはどうだろうか。
魔女と名乗る以上素体は人間と同じ存在のはず。それは魔法使いも冒険者も一般市民も共通しているのだが、それが適応されていない。
その常識が通じない例外側の存在であるのは明白。
ただの魔女のレベルではない。
間違いなくギルバートからしても過去最難関の討伐対象だ。
「……まさか頭を落として死なないとは驚いた」
「……残念だった、ね?でも今まで見た人で一番早いし一番痛くなかった。流石は【黒影】だね?」
「何であんたがその名前を知っている?ここに来たらそれを教えてくれるんだろう?」
「……強いて言えば、伊達に長生きしてないって話だよ」
「答えになってないな!」
埒が明かない為暗殺からはかけ離れるが真正面から実力行使に出る。
炎の指輪を起動させ床に延焼させようと試みる。
しかし、
「……ボヤ騒ぎは、面倒だからダメ」
指をピンッと鳴らすと瞬く間に消火され床や絨毯の焦げすら消えていた。
「……あと、魔法具くらいじゃ……私の前では意味ないよ?」
「忠告どうも。じゃあ、これならどうかな!」
自身に対して身体強化の魔法を付与する。
元々ずば抜けたフィジカルエリートであるギルバートに更なる膂力と俊敏性が加わる。
熟練の冒険者ですら見逃す速さをもってアリスを狙う。
部屋を縦横無尽に駆け抜ける。
家具や照明を薙ぎ倒し壁にも踏み込みに伴うへこみが生じる。
それを見るとアリスは少し不満そうな顔を見せる。
「━━……片付けめんどくさいから、走るなら外に行って」
一瞬指先を目にも留まらぬ速さで動くギルバートに合わせるとスッと窓の方へスワイプするように動かす。
その瞬間にギルバートの身体は強い重力を真横に曲げられたかのごとく凄まじい速さで窓の外に放り出される。
パリンと窓が割れ身体の制御を失ったギルバートは地面に叩きつけられる。
遅れて数秒ゆっくりとアリスは窓から降りてくる。
「……窓割れたから、あとで直してね」
「……グッ……割ったのは……あんただろっ……!」
(クッソ、何だ今の技は)
風力魔法?重力操作?
色々な選択肢が頭を巡るが結論は出ない。
唯一出たのは目の前の魔女は信じられないくらい強いと言うこと。
「……逃げても、良いんだよ?」
「あぁ?誰が!」
痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がる。
だが一方的な攻撃により既に満身創痍に近い状態。
客観的に見ても勝機はほぼないに等しい。
にもかかわらずギルバートは立ち上がる。
それを見てアリスは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
「……不思議。貴方ほど優秀なら分かるでしょう?私には勝てないって。引き際は、大事だよ?」
「分かってる。けど、俺はあんたから自分を殺してくれって依頼されてるんだ。おめおめと撤退なんてしてられるかよ」
「……フフ、面白いことを言うのね。なら、一つ提案してもいい?」
「提案?」
「……貴方、私の使用人にならない?」
「はぁ?ふざけてるのか?」
思いもよらぬ提案に思わずそんな返事も出てしまう。
「……大真面目。この館は私一人でとーっても暇。だから誰かいてくれると嬉しい。それに、私の使用人をしていれば24時間いつでも私を狙い放題。もしかすれば私も知らない私の弱点があるかもしれないし、そういう隙を伺い放題。勿論お給金もいっぱい弾む。……悪くないでしょ?」
(……コイツの言うことは一理ある。正直今これ以上戦ってもますます俺が不利なだけ。なら、乗せられるのも手か?)
このまま戦うよりはマシであり、メリットは十分と判断した。
「━━、わかった。その提案、承諾しよう」
「……フフ、宜しくね【黒影】」
「その呼び方は止めてくれ。知ってると思うが俺の名前はギルバートだ」
「……じゃあギルバート、私の使用人になるなら私のことはお嬢様って、呼んでね?」
「………」
「……返事は?」
「わ、分かりました……お嬢様」
「……じゃあ早速だけどギルバート。エントランスの電気替えて頂戴?部屋が暗いのは嫌いだから。特別にお部屋は私が準備してあげるから。あと窓はサービスで直しておくわ」
そう言うとアリスはフワァっと浮き上がると窓から部屋に戻る。
一瞬窓が光ったかと思うと瞬く間に窓は元通りになる。
かくしてギルバートの使用人としての生活が始まった。
━━━そして現在。
おおよそ1ヶ月ほど経過したが未だ館の魔女アリスを殺せる気配は無かった。
土ぼこりを払うと館に戻り言われた通り茶菓子の準備をする。
5分ほどしてバルコニーで紅茶を嗜むアリスの元へと茶菓子を運ぶ。
「お待たせしましたお嬢様。クッキーです」
「……手作り?」
「いえ、市販品ですが贈答用に売り出されている物です」
「……ありがとうギルバート。貴方も一緒に休憩しましょう」
「いえ、これから庭の清掃が」
「……それは後回しで良いわ。前に言ったでしょう?一人でとーっても暇だって」
「では、ご相伴にあずかります」
予備のカップに紅茶を淹れてアリスの対面に座る。
「……ギルバート、私を殺すこと出来そう?」
「今は無理ですね。けど、依頼を受けたからには絶対にお嬢様を殺してみせましょう」
「……フフ、本当に期待してるね?」
殺しの依頼主と請負人とは思えないほどほのぼのした時間が今日もこの館には流れているのだった。




